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待機児童問題 「遠くて遠い」話だった僕が保活イベントで感じたこと
フショウダク通知……ん? 何それ?
保育園に子どもを入れることができない待機児童問題。世間の関心が高まりつつある中で、正直自分にはピンと来ていません。だって、全く身近じゃないから。そんな時、この問題の取材を続けてきた女性の先輩記者から、ある仕事を命じられました。それはまさに、待機児童問題を考えるイベントを取材すること。え? 僕、赤ちゃん得意じゃないけど大丈夫ですか? 30歳独身。どぎまぎしながら、行ってみました。(朝日新聞編集センター・軽部理人)
日本の中枢である首相官邸や国会議事堂が並ぶ東京・永田町。その一角にある衆議院第2議員会館に3月上旬、赤ちゃんを連れた母親など約150人が集まりました。イベントのタイトルは「#保育園に入りたい! を本気で語ろう。」
主催は「希望するみんなが保育園に入れる社会をめざす会」。保育園に子どもが入れるかどうかの通知が届き始めた今年1月ごろ「保育園に入りたい」という言葉にハッシュタグをつけて、思いを述べるよう勧める投稿をツイッター上で始めました。
イベントの参加者の多くは、実際に待機児童問題に直面した人たち。リュックのような肩ひもを掛けて赤ちゃんを体の前や後ろに抱く道具(エルゴベビーと呼ぶと、後に知りました)を身につけていました。ほとんどが女性でしたが、男性の姿も。途中で泣き出す赤ちゃんも多く、泣き声に慣れていない自分はタジタジ。会場後ろには、子どもが遊ぶことができるマットも敷かれていました。
第1部は、識者によるディスカッショントーク。冒頭に、前AERA編集長の浜田敬子さんが参加者に問いかけました。
「この中で、フショウダク通知が届いた人はいますか?」
ポツポツと上がる手。ん? フショウダク通知?
急いでスマホで調べると「不承諾通知」のことだと判明。保育園に落ちた際に受け取る通知のことです。というか「不承諾」って、随分とまた上から目線な名称ですね……。
浜田さんは、AERA時代に経験したエピソードを披露。「力を入れて特集を組んでも、関心のない人は読み飛ばしてしまう。問題の共有は非常に難しい」と話します。編集部内でも、「認可保育所」と「認証保育所」の違いについて分かっていない部員もいたといいます。もちろん、私も分かっていませんでした。
認可……施設の広さや保育士の数など国が決めた基準に基づいて都道府県や政令指定市などが審査し、認可した保育所
認証……東京都が独自の基準で認めた保育施設。自治体による保育料の補助があることが多い
小規模保育園などを運営する認定NPO法人「フローレンス」代表理事の駒崎弘樹さんは、こう話していました。「待機児童問題は、国家存亡の危機。女性だけでなく、男性がいかにこの問題に気付けるかが大事だし、変わらなければいけない」。この問題に取り組む男性政治家がまだ少数であることを指摘した発言でしたが、私も思わずドキッとしてしまいました。
結婚をしている友人は周りにいるものの、子どもがいるとなると、まだ少数。しかも、待機児童問題にぶつかっている人は、偶然にもいません。
そのため自分の中で待機児童問題は「遠くて遠い」話。褒められたことではありませんが、当事者意識は持っていませんでした。育児中の親御さんは、何に悩んでいるのか。参加者の方々に聞いてみました。
江東区の女性(33)は先月、地元の認可保育所から不承諾通知を受け取りました。大手メーカーの事務職として働いており、現在は育休中。8カ月の長男がいて、4月から職場に復帰する予定でした。しかし保育所が見つからないため、1年間の育休期間を半年間延長するとのこと。上司に相談したら、「1年間のはずではなかったのか」と小言を言われたそうです。
「職場に戻りたい気持ちは強いけど、物理的に戻ることができない。保育所を増やしてもらわないと、半年後にもどうなっているか分からない」と不安が強い様子でした。
次に話を伺ったのは、3人の子どもがいる港区の女性(32)。それぞれ4歳・2歳・0歳で、上の2人が品川駅近くの認証保育所に入っています。
ところがこの保育所は2年後、駅の再開発に伴ってなくなってしまうそうです。そのため、区の認可保育所に3人を預けようとしましたが、結果は「不承諾」。ひとまず一番下の子どもも同じ認証保育所に預けることは決まったものの、「2年後のことを考えると不安です」。
現在保育士として働いていて、育休を取得することに対する職場の理解はあるといいます。とはいえ、3人目を妊娠した時は「また?」という反応をされたとのこと。「皆が気持ちよく育休を取ることができる社会になってほしい」と話しています。
会場には男性の姿もありました。8カ月の子どもを抱きながら熱心に話を聞きメモを取っていた男性(31)は、夫婦で育休取得中。日々、食事作りや洗濯などの家事を分担していて、妻にも自由な時間を過ごしてほしいといいます。
男性は、待機児童問題の解消が経済的な豊かさにもつながる、と主張します。「例えば年収300万円でも、30年間働けば9千万円の収入になる。一方、保育園が見つからずに仕事を辞めてしまっては、収入はゼロ。どちらが良いかは、一目瞭然です」
待機児童の問題を真剣に考える、当事者たち。中には、当事者ではないけれど参加していた人もいました。
制作会社に勤める男性(28)は、独身。保育園に子どもを入れることができず、困っている友人がいるとのことです。4年前にも同様の問題が別の友人に起こったものの、当時は今よりも「待機児童」という言葉が知られていない時代。「4年前より社会の認識は変わっているけれど、それでも問題は解決していない。すぐにでも『待機児童』という言葉を死語にしてもらわないと」
会では半年に1回のペースでイベントを開き、子育て予算に1.4兆円を追加するよう求める署名を集め、政府に提出する予定です。
育休後に職場復帰したいのに、保育所が見つからないために復帰できない。中には、やむなく仕事を辞めてしまう人もいる。「働き方改革」が叫ばれるこの時代において、働きたい人がいるのにそれを後押しできない社会のひずみ。何て理不尽なことなのだ。
頭では、そう分かっていました。だけど、実際の私はどうだろう。
同じ部署には、子育て中の人が何人もいます。育休を取得する人もいます。例えば勤務表を見ると、どうしても自分の方が負担を押しつけられているのではないか、と疑念を抱くこともあります。子育て中の女性の先輩の方が、勤務時間が短い場合もあります。給料は同じはずなんだけど……。男同士で飲みに行った時など、その愚痴を言い合ったことも一度や二度ではありません。言い訳ではありませんが、その度に心の醜い自分が嫌になりましたが……。
でも取材を通して、何となく気づかされました。いかにその考えが独善的だったかと。
子育て中の方々は仕事を終えても、家で「育児」という仕事が待ち受けています。今回のイベントでお話を伺った育休中の女性の中には、毎日朝6時前に起きて、日付が変わる頃に寝るという方もいました。子どもの泣き声で夜中に起きてしまうこともあるそうです。ただでさえ体力的にきついのに、加えて子どもの面倒を見るとなると、私は同じ事ができるだろうか。自信がありません。
正直言って、今回の取材で私が待機児童問題について100%理解したかと聞かれると、「はい」とは言えません。取材で芽生えた問題意識も、日が経つにつれて薄れていくのが自分でも分かります。とはいえ、私がその当事者となる可能性だって、もちろんあります。だからこそ、今のうちからもっと知識を蓄え、考えておく。そう再認識させられた取材でした。
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