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自動車教習所「いっそのこと食べ放題!」 快適化が止まらない理由
時に気むずかしそうな教官に指導を受けるというイメージは遠く昔。自動車教習所が、なにやら居心地のいい場所になっています。少子化に加え、若者の車離れで厳しい市場で、利用者に響くサービスって何なの? 現場で聞いてきました。(朝日新聞大阪生活文化部・北村有樹子)
それは昨年暮れのこと。友人から聞いた話です。大阪北部のベッドタウン・阪急池田駅前で、何げなく受け取ったティッシュに「食べ放題!飲み放題!」の目立つ文字があったそうです。
広告は居酒屋でもカラオケでもなくて「箕面(みのお)自動車教習所」のもの。なぜ教習所で、と調べると、ホームページに「お食事だけのご利用も可能です!」しかも「全て無料」と出ています。教習がない日に、食事だけの目的で行ってもいいというのです。ほんまに?
お昼時に訪ねました。施設は住宅街にあって、カーブやクランクが設けられたコースを、教習車がゆるゆると走っています。見覚えのある光景です。
建物に入ると2階の休憩スペースで、カウンターにスタンプカードを手にした生徒たちの列ができていました。
スパゲティ、ピラフ、トーストサンド――。メニューは学食のカフェやドライブインのようで、ドリンクには大阪の定番・ミックスジュースも。これらの食べ物10種、飲み物14種が「食べ放題・飲み放題」というから太っ腹です。
記者もいただきました。トーストをほおばっていると喫茶店にいるみたい。カレーライスは、いわゆる普通のカレーですね。満腹。ごちそうさまでした。
大阪大3年生の高橋建気(たつき)さん(22)は「下宿生にはとてもありがたい。食費を節約できますから。1日で何度か食べることもあります」。春から岐阜県の歯科大に通う伊藤公敬(まさたか)さん(20)は、「外で食べものを買ってこなくて済んで、教習の待ち時間にちょうどいい」。
この食べ放題サービスは、梶山四郎社長(71)が、「地域の若い人に何がうけるか」を考えてきた結果です。施設は近隣から生徒を集める通所型で、大阪大学に近いことから、一人暮らしの学生が多い。「食」に着目したのが10年ほど前でした。
当初は飲み物だけでしたが、次に回数制限付きで食事の提供を開始。2009年の秋には「いっそのことケチケチせずに」(梶山社長)、食べ放題飲み放題へとバージョンアップしていきました。「調理場がある教習所は大阪では珍しいです」と総務部長の桐村敏昭さん(69)は言います。
いまでは先輩からの申し送りで代々、教習所はココという大学サークルもあるそうです。あえてゆっくり免許を取ろうとしたり、1日3食をまかなったりする猛者もいるそうで。
「食べ放題飲み放題がなかったら選ばなかった」(男子高校生 18歳)、「ミックスジュースがおいしい。ここに通っていた姉から聞きました」(女子高校生 18歳)。確かに、胃袋で若者をがっちりつかんでいます。
「閑散期が減りました。生徒が増えて大成功です」と梶山社長。最近、無線LANも設置しました。
教習生の獲得がどれだけ大変かというと、全日本指定自動車教習所協会連合会(東京都千代田区)によれば、2016年に教習所を卒業したのは全国で約153万人、ピーク時の1990年の6割になっています。
一方で、指定教習所の数は全国に1280校(16年)と、ピーク時の91年が1477校なので1割減程度。従業員のためにも値引き競争にはいきたくない。そんな事情がうかがえます。
ネット検索での「インパクト」を重視したのが、神奈川県川崎市の向ケ丘自動車学校で、若者の注目を集めるプレゼントを多数用意しています。
たとえば今年1月だと、人気テーマパークのペアチケット▽老舗の中華料理店「聘珍樓(へいちんろう)」のペアお食事券▽現金1万円のキャッシュバックから一つを選ぶ。過去には「Newニンテンドー3DS」も投入しましたが、担当者によると、「現金1万円のキャッシュバックが一番人気」なのだそう。
「女性にやさしい」をうたうのが東京都練馬区の北豊島園自動車学校で、「レディース安心パック」を申し込んだ教習生は、ソファやマッサージチェアなどがそろう専用ルームでくつろげます。喫煙所だったスペースを改装したもので、子育てや介護の必要に迫られ、免許取得を目指す人たちに人気があるといいます。
遠隔地からも生徒を集めたい「合宿免許」の場合はどうでしょう。熊本県菊池市の城北自動車学校では、「ケーキバイキング」作戦を展開していました。
春の繁忙期に入った1月下旬の昼下がり。教習所の敷地内にあるレストランに、スイーツがどんどん運ばれてきます。イチゴタルト、シュークリーム、コーヒーゼリー、お団子――。チョコレートフォンデュもあって、まるでホテル気分。ピザやローストビーフなど軽食も充実しています。
五島聖(ごとう・せい)シェフ(52)によると、全てが手作りとはいかないものの、バイキングの準備は3日前から始める大仕事なのだそう。
会場にはやはり女性が目立ちます。
森千紘(ちひろ)さん(20)は、北九州市からの合宿生。ネットで調べるなか「バイキング」の文字に心躍ったといいます。この日はランチを我慢。友達になった合宿生とケーキやお団子を楽しんでいました。
隣接する大津町の高校3年、栗原唯さん(18)は4月から通学で運転が必要です。「午前中で教習は終わったけれど、待っていました」。幼なじみと午後のひとときを過ごします。
記者も途中から「参戦」。イチゴたっぷりのタルトは大人気で、最後の1ピースをもらってしまいました。チョコレートフォンデュは、なかなか食べる機会がないので、テンションが上がります。
総務課長の長尾武さん(41)によると、単調になりがちな合宿生活にイベントを、とケーキバイキングを始めたのは数年前で、月2回で定着しました。ほかにステーキのイベントもあります。
「教習所にリピーターはいない。口コミで魅力を伝えてもらうことが経営的にも大切。接客にも力をいれてスタッフと生徒さんの会話を大事にしています」と話していました。免許を取ってからも教習所を訪れ、レストランで食事する卒業生もいるそうです。
取材前は、何もそこまで、と思ってましたが、パンチの効いたサービスが必要だと納得しました。
この記事は3月4日朝日新聞夕刊(一部地域5日朝刊)ココハツ面と連動して配信しました。
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