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広島投手からパティシエへ 「元選手」は売りにしない店主の決意
おしゃれなカフェや雑貨店が並ぶ東京・代官山。路地の一角に、カフェレストラン「2-3Cafe Dining」はあります。プロ野球の広島で投手だった小林敦司さん(43)が現役引退後、お菓子作りの修業を積み、2011年、オープンした店です。引退後飲食店を開く元選手は多いですが、パティシエになったのはこの人ぐらいかもしれません。
千葉・拓大紅陵高から1990年秋のドラフト5位で入団。99年には30試合に登板、同姓の小林幹英投手との継投は「あつかん」リレーと話題になりました。「懐かしい。幹英がよく投げていた時に僕も乗っからせてもらって。達川監督が、独特の『達川節』でうまいこと宣伝してくれた。充実していた」
しかし、00年に広島を戦力外になり、テスト入団したロッテも1年で解雇されました。2001年に引退。数年間父の経営する和食店の手伝いをした後、カフェを出店した母の方を手伝おうとケーキ作りの道を志しました。
アルバイトをしたのはタルトの名店「キルフェボン」。修行生活は、広島の猛練習に耐えた小林さんが「つらくて厳しかった」と語るほどでした。
衛生面、手洗いに始まってテーブルのふき方、生地の作り方。うまくできず、10歳も下の女子に怒鳴られました。「僕は社会に出たことがなかったので、抵抗があった。何度もくじけそうになったけど、やめて別のところに行っても、また一からのスタートになる。おいしいケーキを作れるようになるしかないと思った」
戦力外通告をされたプロ野球選手の「セカンドキャリア」の難しさが、たびたび話題となっています。
小林さんの成功の鍵は、元野球選手のプライドを捨てたことです。
「ケーキ屋に来て野球をやるわけじゃない。これが実社会なんだと、自覚することで前に進めた」
「プロ野球の上下関係は年齢で決まるけど、実社会は入った順番なんだなと」
別の店でもバイトしながら約5年の修行を経て、11年にカフェをオープンさせました。イチオシのメニューは「チーズケーキ」(700円)。濃厚だけど甘すぎず、おいしいと評判です。
小林さんは「元野球選手の店」を売りにしていません。「自分から元選手だとお客さんに言ったことはないですね。自分の作ったものを純粋に味わってほしいから」。それでも、口コミなどで店には徐々にカープファンが集うようになりました。
今季、広島は25年ぶりの優勝。小林さんが新人の年以来でした。「黒田や新井は一緒にやったメンバー。緒方さん(現監督)にもかわいがってもらった。やめてずいぶんたつけど、本当にうれしいものですね」
11年間で通算1勝1敗。1軍で1球も投げられずにやめる選手も多い中で、胸を張れる成績です。その経験を踏まえ、小林さんは夢を語ります。
「野球は3割打てば一流だけど、ケーキは100人が100人おいしいと言ってくれるものを作らないと。スイーツの世界で完全試合を目指しています」
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