お金と仕事
Bリーグトップが突然「ちょいワル」化 元銀行マンに何が起きた?
9月に開幕する男子バスケットボールの新リーグ「Bリーグ」。その「顔」であるチェアマンの大河正明さん(58)が「ちょいワル」にイメチェン中です。ブルーのツイードのジャケットを羽織り、胸のポケットからは同系色のチーフがのぞく。夏らしい爽やかなスタイルで、取材場所に現れた大河さんは、「青なんて着たことなかったんですけどねえ」とぽつり。1年前は「まじめでお堅い銀行マン」風だった大河さんをおしゃれに大改造したのはBリーグの女性広報部長。その戦略とは…(朝日新聞スポーツ部記者・伊木緑)
大河さんは京大卒業後に三菱銀行(現東京三菱UFJ銀行)に入行し、1995年から3年間、Jリーグに出向。銀行に戻って鎌倉や町田の支店長などを歴任したが、サッカー界から請われて2010年に退社し、再びJリーグへ。総務部門の担当を経て、常務理事などを務めた。経験を生かして、クラブの健全経営に厳しく目を光らせていた。
一方のバスケット界は14年、男子のリーグが二つに分裂していることを国際連盟から問題視され、国際試合に出られないなどの制裁を受ける危機に。当時日本サッカー協会最高顧問だった川淵三郎さん(79)が再建への舵取りを担うことになった。その川淵さんが右腕として白羽の矢を立てたのがJリーグ時代からよく知る大河さん。昨年5月、日本バスケットボール協会の事務総長に就き、さらに同9月、Bリーグのチェアマンに就任した。
――大河さんの「改造計画」は昨年8月にBリーグの広報部長に就いた経沢希志子さんが仕掛けました。なぜ?
新卒で就職したのは女性服ブランド「FOXEY」。そこで「トップのイメージが組織価値を創造する」という哲学を学びました。その後は「楽天」に13年間勤務。広報やマーケティングの仕事をしつつ、三木谷浩史社長のスタイリングもしていたんです。
その経験は、新たな勤め先となったBリーグでも生かすつもりでした。Bリーグの合言葉は「バスケで奇跡を起こそう」。新リーグの開幕は日本のバスケットが、野球とサッカーに続く「第3の団体競技プロスポーツ」となるためのまたとないチャンスです。「この人なら本当に変えてくれそう」と思わせてくれるような「革新的なイメージ」をコンセプトにしようと考えました。
――大河さんの第一印象は。
やさしくてまじめそうな、まさに「銀行員」。でもよく見ると脚が長くて胸板が厚く、おなかも出ていない。これはいける、と思いました。
――そしてついに実行に移しました。
昨年11月のある日、楽天時代から親しいスタイリストさんに来てもらい、六本木ヒルズにあるセレクトショップ「ESTNATION」へ大河さんを連れ出しました。
事前にスタイリストさんと相談しながらリストアップしていた服を次々に試着してもらい、最終的に表面に光沢のある濃いグレーのセットアップなどスーツ2組と、ノーネクタイで着られるカジュアルなスタイル2組を選び出しました。そしてごくふつうの銀縁だったメガネを、太い黒縁のものに変えました。さらにその足で今度は表参道の美容室へ。前髪だけ少し長さを残した「今風」の短髪に切りそろえました。
――大河さん、意見は聞いてもらえたんですか?
まるで着せ替え人形。どんなふうになるのかもまったく聞かされず、2人(経沢さんとスタイリスト)の協議で全部決まっていくの。僕は蚊帳の外。
――そうは言っても、「改造計画」、やぶさかではなかったですよね?
やぶさかでしたよ! 銀行員時代の服の選び方の基準は「お客さんが大事なお金を安心して預けようと思ってくれるかどうか」。Jリーグの幹部もみんな普通のダークスーツ。服装を変えるなんて発想も価値観もなかった。大変なことになっちゃった……と思いましたよ。
でもBリーグのターゲットは20~30代の若い層。さえないおじさんが渋いスーツにネクタイを締めているよりはこういう感じの方がいいのかもな、と。
それと、松下幸之助の名言を集めた日めくりカレンダーを10年ほど愛用しているんです。その中に「青春とは心の若さである」「年をとっても精神面では若さを失わないで生きることができるはずだ」などの言葉があって、その通りだなと。「心の若さ」の証しの一つがこの服装でありメガネであり髪形。ここで嫌だと言っちゃいけないなと思うようになりました。
――なんだかずいぶん悲壮な決意ですね……。周りの反応はどうだったのでしょうか。
なんて言われるか不安でしたが、昔の職場の仲間に会うと、お世辞も含めて、7~8割は「いいじゃん」とか「若くなりましたね」って言ってくれますね。もちろん「前の方が落ち着いていてよかった」という人もいますが。
古巣のJリーグ関係者にも聞いてみました。
インパクトは大きかったようです。
――ところで「ちょいワル」はメディアの前に出る時だけらしいですね。
これは「衣装」なの。経沢さんが選んで出しておいてくれたものを着るだけ。何着あるかも知らない。だって常にこのテンションでいるのはしんどいですよ。でもこういう格好をして出ていく時は普段と気持ちが変わっていい。
――自分で選ぶ服装に変化はありましたか?
スーツを新調する時、上着の丈を1~2センチ詰めてもらったり、ズボンもダボッとしていない細身のものを選んだりするようになった。あと、美容師がつけてくれたジェルやワックスを自分でも買ってみたの。「髪を上げる時はジェル、下ろす時はワックス」みたいな探究心が出てきたかな。
――そろそろ次に挑戦してみたいスタイルもあるんじゃないですか?
薄いピンク色なんかいいかもしれないなって思うんだけど……、そんなこと言ったら本当に着せられちゃうでしょ!
(横で経沢さんが「きっと似合いますよ」と目を光らせていました。経沢さんは近々、靴下を履かずにくるぶしを見せる「石田純一」スタイルに挑戦させたいのだとか)
――ちょっと気持ちが追いつかないながらも、改造計画は成功ですね。イメチェンしたいけど勇気が出ない人にアドバイスをお願いします。
僕の場合は背中を押してくれる人がいた。自分だとどうしてもセーブしてしまうので、任せてしまうのもいいのでは。つべこべ考えていたら、自分の発想を超えられない。まったく違うイメージを持っている人のアドバイスが大切だと思います。
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