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鍛えすぎは禁物?!スポーツ科学が解き明かす効率的なトレーニング法
PR by 東洋大学
「コンディショニング」という言葉をご存じですか?心身の状態を整え、競技スポーツで最高のパフォーマンスを発揮できるように様々な角度から研究が進んでいます。2023年4月、東洋大学赤羽台キャンパスに開設予定の「健康スポーツ科学部」では、世界で活躍するトップアスリートから高齢者の健康づくりまで、運動・スポーツと健康の関係について、幅広く学ぶ場を目指しています。ここでアスリートのコンディショニングやトレーニング法について研究する今有礼(こん・みちひろ)教授(運動生理学)に、スポーツ科学の知見をご紹介いただきながら、日常生活にも役立つ、大事な場面を控えた時の体調管理や、効率的な身体の「鍛え方」について、レクチャーいただきました。
今先生によれば、競技スポーツにおける「コンディション」とは、選手の筋力や持久力、疲労などの身体状態はもちろん、技術面の到達度や精神状態、競技によっては使用する道具の状態まで、パフォーマンスの発揮に影響を及ぼす全ての要素のことを指します。さらに大会などに向けて、すべてのコンディションを良い方向に整えていくことを「コンディショニング」と呼ぶそうです。
とても幅広い概念で、研究範囲も多岐にわたりますが、今先生はその中でも唾液(だえき)に含まれる分泌型免疫グロブリンA(SIgA)の量に注目し、研究を進めてきました。SIgAは病原体が粘膜へ侵入するのを防ぐ抗体の一種で、感染症などから体を守るバリア機能を持っています。SIgAの量が多ければ、免疫機能が高く、風邪などの感染症にかかりにくい、つまり、身体のコンディションがいい状態に保たれていることを示す指標になるわけです。
この研究に取り組んだ背景には、「スポーツ選手は風邪を引きやすい」という意外な現実があるからだそうです。
今先生が研究で携わったスピードスケートのナショナルチームの現場では、秋から翌年春までの競技シーズン中に、選手の約半数が風邪に罹患(りかん)していたというデータがあるそうです。また、オリンピック開催期間中に医務室を利用した選手で最も多い理由は、上気道感染症(風邪)であることも報告されています。
「体を鍛えれば鍛えるほど免疫力は上がると思いがちですが、実は違います。運動強度と感染リスクの関係を調べると、適度な運動をしている人はしていない人に比べ免疫力が上がり感染リスクは低下しますが、激しい運動をしている人は逆に免疫力が下がり感染リスクは上昇します」
剣道強豪校の厳しい「寒稽古」に参加した選手を対象とした先行研究でも、この傾向ははっきりと示されていたそうです。朝5時から2時間、10日間続く寒稽古の前日から稽古終了10日後まで選手の唾液を採取して調べたところ、稽古が始まるとSIgA の量は急激に下がり、その後寒稽古期間中はそのままの状態が続き、稽古が終了した4日後、10日後に調べても、稽古前の水準まで回復していなかったことが報告されています。
「非常に高い強度の運動を行った場合、風邪などの感染症にかかりやすい身体状態になることは研究結果からも明らかなので、通常よりいっそうの注意を払う必要があります。一般の方でも、例えばフルマラソンを走ったあとに、体調を崩して風邪をひくことが多いと経験的に感じる人もいるのではないでしょうか? これも過度な運動によって免疫力が低下した影響です」
SIgAの量は、運動だけではなく、様々なストレスに影響を受けるそうです。例えば飛行機での長距離移動前後にアスリートの唾液を採取して調べると、移動後には移動前と比べてSIgAの量が著しく減少することも、今先生の研究で明らかになりました。
では、日常生活の場面では、体調管理のためにどんな対策がとれるのでしょうか?「適度なトレーニングを行うことでSIgAの量が上昇し、感染症への感染リスクが低下します。一般の方は、まず適度なトレーニングを習慣的に行って自分の免疫力を高めておくとよいと思います」と今先生は言います。
「ただし、激しい運動やストレスで免疫力が低下すること自体は避けられません。その際は、人混みは避ける、手洗い・うがいの徹底、マスクの着用など一般的な感染症予防の対策をとった上で、しっかり休息することが基本になります」
また、国立スポーツ科学センターがアスリート向けにまとめた「免疫コンディションニングガイド」 も参考になるとのことです。このガイドでは、免疫低下のサインとして「休養してもいつもより疲労が抜けない」「いつもより寝付きや寝起きが悪い」などが挙げられています。一方で、乳酸菌などのサプリメントの摂取や高強度運動後の針治療が、免疫機能のリカバリーに効果的であることが紹介されています。
効率的なトレーニングという意味で、最近脚光を浴びているのが、今先生のもうひとつの研究テーマでもある「低酸素トレーニング」です。マラソン選手らが心肺機能や全身持久力を高めるために、気圧が低く酸素が少ない高地で練習を積むことはよく知られていますが、近年、人工的に作り出した低酸素環境でトレーニングすると、通常環境以上に筋機能が向上するなど様々な効果があることが報告されています。民間の低酸素トレーニングジムなども開設されてきており、トップアスリートの競技力向上のためのトレーニングとしてだけではなく、一般の人々の健康増進にも役立つトレーニングとして期待されています。
「私たちの研究でも低酸素環境でレジスタンストレーニング(筋トレ)をすると、筋肥大や筋力の増加に加え、通常環境よりも筋肉内の毛細血管を増やし、筋持久力が向上するといった結果が得られています。また、低酸素環境でトレーニングをした方が、脂肪分解作用を持つ成長ホルモンの分泌が高まり、運動後の脂肪分解が高まることもわかってきました。これは体脂肪の減少や生活習慣病の予防など、一般の人々の健康づくりにも大きなメリットがあるでしょう」
また運動などせず、ただ低酸素環境にいるだけでも脂肪の蓄積が抑制されるという、ダイエットに悩む人には夢のようなデータも報告されていると言います。
「先行研究で、低酸素環境への滞在や低酸素環境でのトレーニングが脂肪の蓄積抑制にプラスの影響を与えていることが報告されています。今年4月に開設する『健康スポーツ科学部』では、低酸素環境を実現できる実験施設や、動物実験や細胞レベルでの実験ができる施設が整うので、なぜ低酸素環境での滞在やトレーニングにより脂肪の蓄積が抑えられるのか、そのメカニズムの部分を明らかにし、アスリートだけではなく一般の人々にも研究成果を還元できるよう、これから取り組んでいきたいと思っています」
今先生のお話から、ハードな運動を続けることが必ずしも効果的ではないことがわかってきました。では「コンディション」を整えること、効率的なトレーニングとは何かを考えるとき、大事なことは何でしょう? 「ストレスをかけないと筋肉は成長しません。しかし過剰なストレスは禁物です」と今先生は言います。
「筋トレでは負荷強度を上げれば上げるほど筋肉が効率よく肥大するわけではありません。最大負荷の75%程度で筋タンパク質の合成が最も進み、それ以上の負荷(90%など)を与えても筋タンパク質の合成は高まらず、むしろ低下する傾向にあります。セット数に関しては、3セットから5セット程度で筋タンパク質の合成が頭打ちになります。休息に関しても、72時間程度しっかり筋肉を休ませたあとに次の負荷を与えた方が筋タンパク質の合成は高まる、といったデータが報告されています」
「また、筋肉を伸ばす収縮様式、エキセントリック筋収縮と呼ばれる伸張性の筋収縮の方が、筋肉を縮める収縮様式であるコンセントリック筋収縮よりも筋肥大や筋力の向上に効果的だということが示されています」と今先生。階段の上り下りの運動でいえば、上りの方(コンセントリック筋収縮)がきつくて筋力がつきそうにも感じますが、肥満の高齢女性を対象にした研究では、下る方(エキセントリック筋収縮)が筋力の向上に加え、骨密度の増加や糖脂質代謝の改善にもより効果的であったことが報告されているそうです。
つまり、懸垂でいえば、腕を曲げて体を持ち上げる時よりも、曲げた状態から腕を伸ばす時の方が、ダンベルなら持ち上げる時よりも下ろす時の方が効率よく体を鍛えることができる、ということになります。コンセントリックに比べるとエキセントリックは身体的にも楽で、運動が苦手な人でも取り組みやすく長続きもしやすいというメリットもあるようです。
スポーツ科学のアプローチによって、こうしたより効率的で効果的な「鍛え方」のメカニズムが明らかになってきました。
今先生自身、小学生時代から剣道とアルペンスキーの二刀流で打ち込んできたスポーツマン。現在、東洋大学体育会剣道部の部長を務めていますが、「稽古は嫌いでしたね、きつくて」と苦笑いします。
特に中学校の部活動時代は、「練習中に水を飲んではいけない」といった指導がまかり通っていた頃でした。「自分は汗かきだったので、特に夏場は本当につらかった。稽古中も水分補給ができれば、もっといい稽古ができるのにと思っていましたね」と振り返ります。効率的なトレーニングについて考察する今先生の原点はこのあたりにあったのかも知れません。
「運動やトレーニングによって身体がどう変化し適応するのか、実験を繰り返し、データを集め、どのような現象が起きているのかを明らかにする。そこからヒトや動物の体液・組織といった試料を用いて分析することで、その現象のメカニズムを解き明かしていくのが運動生理学です。エビデンスに基づいて研究を積み重ねていくことで、トップアスリートのパフォーマンス向上から、一般の人々の健康づくりにまで幅広く役立つことも、この学問の魅力だと思います。スポーツが好きで自然科学系(理系)からのアプローチに興味がある人に、ぜひチャレンジして欲しい分野です」
「ストレスなくして成長なし」という今先生の言葉は、スポーツだけではなく、人生全般にもあてはまる名言かもしれません。ハードルを乗り越えることで人は成長しますが、高すぎればくじけてしまうかも知れません。成長を促す効率的な鍛え方を考え、学ぶスポーツ科学の知見は、生活の様々な場面に生かすことができるのではないでしょうか。
東洋大学赤羽台キャンパスは、新時代を担う「情報」「福祉」「スポーツ科学」「デザイン」の拠点へ
2023年4月、東洋大学は福祉・健康・スポーツ科学・デザインに関わる2学部5学科を赤羽台キャンパスに開設します。
※1 開設にともない社会学部 第1部 社会福祉学科(白山キャンパス)とライフデザイン学部 生活支援学科 生活支援学専攻・子ども支援学専攻/人間環境デザイン学科(いずれも赤羽台キャンパス)は2023年度に募集を停止します。社会学部 第1部 社会福祉学科の在学生の修学キャンパスは、2023年度から赤羽台キャンパスとなります。
※2 開設にともないライフデザイン学部 健康スポーツ学科(赤羽台キャンパス)と食環境科学部 食環境科学科 スポーツ・食品機能専攻(板倉キャンパス)は2023年度に募集を停止します。食環境科学部 食環境科学科 スポーツ・食品機能専攻の在学生の修学キャンパスは、2024年度から赤羽台キャンパスとなります。
新キャンパスは隈研吾氏がデザイン
現在、赤羽台キャンパスは福祉社会デザイン学部、健康スポーツ科学部の設置に向けて建設中です。工事では、体育館棟、図書館棟、食堂棟などからなるHELSPO HUB-3の建設を予定しており、2023年1月完成予定です。INIAD HUB-1(2017年完成)、WELLB HUB-2(2021年完成)に続き、隈研吾氏の設計によりキャンパス全体に統一感を演出します。体育館の屋根には鉄骨と木のハイブリッド構造である「木屋根架構」を採用することにしています。
(左)HELSPO HUB-3(体育館棟・図書館棟)(右) 体育館内イメージ