体のどこかが痛いとき、病気の心配があるとき、「体のどこで何が起きているか」を検査で突き止めることが適切な治療への近道です。特に、体にメスを入れることなく「体の内側」を撮影できる画像診断装置は、医療現場で大切な役割を担っています。
※本記事で「従来型CT」「従来製品」と表記しているものは「Siemens Healthineers製従来製品」を指します。

「次世代CT」でどう変わる? 医療被ばくを低減し、納得できる判断へ
そう語るのはシーメンスヘルスケア・CT事業部プロダクトマネージャーの田中秀和さんです。
田中さんが思い浮かべたのは、乳幼児である娘が頭から落ちて救急車で運ばれた日のこと。突然の出来事でした。
「頭を打っていたので、担当医から『CTを撮りましょうか』と提案されました。詳しく調べてほしい気持ちがある一方、子どものことなので、どうしても被ばくをセンシティブに感じてしまいました」
CTは詳細な「体の断面」を撮影できるとして、日本では病院の規模にかかわらず広く普及しています。特に日本は、OECD加盟国のなかでも人口あたりのCT装置数が抜きんでて多い「CT大国」です。
一方で、CTはX線という放射線の一種を使用するため、「医療被ばく」への懸念があります。1回あたりに照射される量は少ないながらも、特に子どもが検査を受ける場合は、より慎重に判断されるべきだとされているのが現実です。

「たまたまその病院が、弊社製の低被ばくで撮影可能な装置を導入していて、更に医療被ばく低減施設の認定を取得している施設ということがわかりました。私自身で装置の性能を理解していたので、不安に振り回されず、落ち着いて『撮ってほしい』とお願いできたんです」。検査の結果、娘さんも問題ないことがわかりました。
CT装置の課題とされている「医療被ばく」の低減。いま世界的に注目されている「次世代CT」の飛躍的な進歩のひとつが、「低線量」で検査を受けられることです。
たとえば、鼻の内部を撮影する場合、従来型CTの1回の被ばく量は「日常生活で被ばくする放射線量」の約1カ月分(0.2m〜0.8mSv)でした。しかし、次世代CTでは、その1/30以下にあたる1日分程度の線量(0.0063mSv)に抑えられています。まさに桁違いの低線量です。
「次世代CTの『低線量』という条件によって、私の娘のときのような突然の出来事にも、患者さんやその家族が納得のいく判断ができるようになるメリットは大きいと思います」と田中さんは語ります。
わずか1.2mmの骨もくっきり コロナ禍で需要増
たとえば、足の踵を撮影した画像を撮影した画像を比較すると、従来型CTとの違いは一目瞭然です。

では、次世代CTでは、どれくらい小さなものも見えるようになるのでしょうか。
CTの性能を測るベンチマークのひとつとされるのが、人体の中で最も小さな骨である「アブミ骨」の撮影。耳の奥にある、音を聞き取るための役割を担うこの骨の大きさはわずか約1.2mm。1円玉硬貨の厚みよりも小さな骨です。

左下の画像が従来型CTにおいて最も高分解能なモードで撮影されたもの。一方で、右の画像が次世代CTで撮影されたものです。従来のCTに比べて、三角形状の骨の輪郭がはっきりと写っているのがわかります。
こうした高い性能を持つ次世代CTの需要は、新型コロナウイルスの感染拡大によっても高まっています。たとえば、新型コロナウイルスによる肺炎の予後を観察する際の検査です。

従来のCTでは肺炎の様子は白い「もや」のように写る程度(左図)でしたが、次世代CTではこれもくっきりと見ることができます(中央図)。
また右図でカラーで表示されているのが、次世代CTの新しい技術「スペクトラルイメージング」で撮影されたものです。モノクロの濃淡だけではなく、体内の組織や細かい状態を色分けできるようになりました。血流がまだ肺の隅々に行き渡っていない(左下の青い部分)ことまで、画像だけでわかるようになっています。

なぜ技術革新が可能だったのか 25年の歴史を変える発想
「現在普及しているCT装置は、1997年ごろに開発された技術をベースに発展したもの。言ってしまえば25年近く、本質的な技術革新が起こっていなかったんです」と田中さんは話します。
CT装置はX線を人体に当て、体を通ったあとのX線の強さを検出することで、体の内側の様子を画像にしています。この画像の鮮明さを大きく左右するのが、X線を受け止める「検出器」の性能です。

「この『別の光に変換する』というプロセスを挟むことで、本来のX線の情報が失われてしまい、細かな部分まで鮮明に画像にできませんでした。また、変換でエネルギーが失われるため、ある程度強いX線を照射する必要もあったんです」

「フォトンカウンティングCTは、X線を別の光に変換することなく、直接検出できるというのが大きな特徴です。X線のエネルギーが失われにくいことから、低い放射線量でも高画質の画像を撮影することができるのです」
従来の常識を塗り替えるこの方法は、「白黒テレビからカラーテレビへの進化を飛び越えて、いきなりハイビジョンテレビになるようなもの」と表現されるほどのインパクトです。
そんなフォトンカウンCTティングの開発には、「これがなければ実現しなかった」といわれるほど核となる存在がありました。検出器に用いられている、カドミウムテルライドという半導体です。開発したのは、沖縄・うるま市に拠点を置く半導体ベンチャー「アクロラド」でした。
理想的な半導体メーカーとの出会いと、シーメンスの「哲学」
アクロラドは、欧州宇宙機関(ESA)が2002年に打ち上げた宇宙放射線の観測衛星向けに世界で初めてカドミウムテルライドの素子を供給するなど、この分野の草分け的な存在です。

しかし、開発は一筋縄ではいかなかったようです。宇宙で観測する微弱な放射線の検出と、CT機器で同時に多く照射されるX線の検出にある技術的なギャップ。また、検出したX線の膨大なデータを解析するための集積回路の開発、高速演算を可能にする技術も追いつく必要がありました。
田中さんは「従来のCT技術の知見が半分以下も通用しない世界。全く新しいアプローチだったからこその、大きな壁が各プロセスにあった」と振り返ります。
「ふつうの開発なら2〜3年で、ある程度は製品化までもっていける」という通例のなかでも、フォトンカウンティングCTが研究から実運用に至るまでかけた時間は約15年。シーメンスヘルスケアがここまでCTに投資できたのは、10年先、15年先を見据えた開発をおこなう理念が根付いていたからでした。
「弊社のフィロソフィー(哲学)として、『イノベーションの会社であるべきだ』という考えがあります。だからこそ研究開発への投資を惜しみません。社の財務状況にかかわらず、売り上げの35%以上は研究開発にあてられています。当然成功していないプロジェクトもあるのですが、これを諦めてしまったら、我々のアイデンティティーがなくなってしまうんですよね」
いざというとき、多くの人が納得できる医療へ
そして2022年6月、国内で初めてSiemens Healthineers製のフォトンカウンティングCTの初号機が、東海大学医学部付属病院で稼働開始。国内で2号機、3号機の稼働も始まっており、今後の展開が期待されています。
田中さんはアクロラドとの研究を振り返りこう語ります。
「半導体分野で日本は、台湾などに押されてシェアを落としてきた経緯があります。しかしカドミウムテルライドのような『これまでにないもの』を作るとき、やはりものづくりにおける日本の技術力の強みが発揮されると感じます。厳しい状況のなかでも、日本の企業が生き残っていく体制があるというのは励みになりますね。
これまで私は日本の医療機関にドイツ製機器の導入を進めてきたわけですが、日本人がつくったものをベースにした機器を日本の病院に使ってもらえることも、誇らしく感じています」

フォトンカウティングCTによる検査では、「スペクトラルイメージング」をはじめ多くの情報が得られるため、複数の検査を1度のフォトンカウンティングCT検査で完結できるケースが増えるとされます。これにより、検査でたらい回しになる事態や、経済的負担も減らせるメリットも見込まれています。
また、従来のCTよりも撮影時間が短縮できるため、病院の予約枠が増やせるようになるといい、田中さんは「検査にアクセスしやすく、より細かく患部の状態が見られるようになり、さらに適切な治療につながるはず」と期待を込めます。
「10年後にはCT装置の多くがフォトンカウンティングCTに置き換わっていくことが理想です」
いざというときに必要になるのが病院。ふだんは意識しない世界かもしれませんが、私たちの健康を支えているのはこうした医療技術の発展です。日本から生まれた最先端の技術が、これから生まれうる不安を小さくしてくれているのです。
Siemens Healthineersとは
(* 出典はhttps://www.siemens-healthineers.com/press/releases/naeotomfda)