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話題

人生を見つめ直せる絵本 俵万智さん訳『クマとこぐまのコンサート』

PR by ポプラ社

シリーズ1作目『クマと森のピアノ』を朗読する俵万智さん(2017年11月)
シリーズ1作目『クマと森のピアノ』を朗読する俵万智さん(2017年11月)

目次

 絵や言葉が美しい絵本は、何歳になっても記憶に残る。その両方の美しさで評価が高い、累計5万部超のシリーズの最終作『クマとこぐまのコンサート』が刊行された。大人の心にも染みるストーリーの絵本について、翻訳を手掛けた歌人の俵万智さんに話を伺った。
 

子どもはこぐまの気持ち、大人はクマの気持ちに

——『クマと森のピアノ』から始まるシリーズの3作目となりますが、どんなお話ですか?
 
 この絵本に出てくる森の仲間の一員になりたいな、という気持ちにさせてくれる魅力的なお話です。音楽を通してアートの素晴らしさについて考えたり、友達や故郷に思いをはせたり……。大人にとっても、生きるうえで何を大事にしていくかという、広がりのある問いかけが流れている物語だと思いました。子どもに読んであげようと義務感にかられるのではなく、大人も子どもも一緒に楽しんでもらいたいですね。
 
——好きな場面を挙げるとしたら?
 
 1作目や2作目は、「ダメかな?」と思った後にグッとくる物語の構成で、巧みだなと思います。今回の作品でも諦めかけていたところに、すてきな音楽が流れてきて、かつての仲間が集合する場面は、物語のピークです。その仲間たちが川を渡って帰っていくのも、シリーズの集大成という感じがして、大好きな場面です。
 
『クマとこぐまのコンサート』より
『クマとこぐまのコンサート』より
——前の作品を読んだ人にとっては、さらに面白いポイントですね。
 
 登場人物との再会を楽しむという読み方もありますね。もちろん、この3作目だけ読んでも物語はちゃんと完結しています。こちらを先に読んでから、クマのブラウンが初めて森でピアノを弾いたのはどんなお話だろうと、1作目を手に取るという楽しみ方もできる気がします。
 
——子どもを見守る立場になった主人公のブラウンに対して、どんな思いがありますか?
 
 子どもと一緒に読んだら、たぶん子どもはこぐまの気持ちになって、大人はブラウンの方に思い入れができる。その仕組みは面白いですね。でも、この物語は、ブラウンがこぐまを通して自分が初めてピアノに触れた感覚を取り戻すお話でもあると思うんですよ。私自身も実際に子どもを育てる中で、自分の子ども時代を味わってきたように感じるので、大人の読者が自分自身も重ね合わせて読めるのかなと思います。
 
 たとえば夏休みに子どもがアサガオを育てるのに付き合ったりすると、植物を育てて観察するのってこういう意味があったんだなとか、私はちょっとズボラしていたなとか、いろんなことをもう一回味わい直すような感覚があるんですね。だから、子育てを通して自分の人生をもう一度味わい直す、というテーマもこの作品には含まれていると感じています。
 

いろんな家族があるというメッセージ

——普段の創作活動と比べて、絵本の翻訳ではどんなことを心掛けていますか?
 
 私はプロの翻訳家ではないので、まず自分自身が読者としてその作品に愛情を持てるかどうかが、すごく大事で。そういう気持ちがあればこそ、この絵本を日本の子どもたちにも日本語で届けたい気持ちになれると思うんです。あと、読む人は原文の英語と日本語を見比べるわけではありません。私が訳した日本語を通して世界観が伝わるように、日本語として美しく心地よい言葉でありたいな、と常に思っています。
 
——短歌は31字という制約がありますが、絵本も絵のスペースに合わせて文字を配分する制約があります。
 
 絵をじゃましたり、絵を説明することは、したくないなと思います。絵に語ってもらって、それを言葉でアシストしていく感じで。言葉の使い手としては、制約があればあるほど燃えるというか(笑)、やりがいがあって楽しいですね。
 
——ラストシーンの「心のおみやげ」という表現は、いろいろ想像させられました。
 
 みんながいい思い出を持ち帰って、それをこの後も大事にしていくであろうことを、象徴的に伝えられる言葉として、「おみやげ」という日本語を選びました。原作にはない表現で、ちょっと踏み込んだ訳という意味では、冒険でもあったし、工夫したところでもありました。
 
『クマとこぐまのコンサート』より
『クマとこぐまのコンサート』より
——こぐまが男の子なのか女の子なのか、最初は気にならなかったのですが、ある箇所の表現で気づくことができました。こぐまは突然やってきて、ブラウンの実の子かどうか言及されていないことも印象的です。
 
 一つ思ったのは、子どもが出会う絵本の全てが「お父さんがいて、お母さんがいて、子どもがいる」というパターンだけだったら、世の中はそういうものだと子どもも思い込んでしまうかなと。だから、パパが一人で子どもを育てているという設定が、何の説明もなく自然に出てきて、いろんな家族の形があるのを描いていることが、すてきなメッセージになっていると思いますね。
 

肉声の語りかけで、親子をつなぐツール

——俵さんご自身が子どもの頃に好きだった絵本は?
 
 『三びきのやぎのがらがらどん』(絵:マーシャ・ブラウン、訳:瀬田貞二、福音館書店)は、まだ字が読めないうちから一字一句を覚えていましたね。自分の本を買ってもらえたのがすごくうれしくて。今にして思えば、一字一句を覚えるまで読んでくれた親の方が、私よりも偉かったんだなと感じています。それぐらい、一冊の本を大事に読んでいました。
 
——親として読み聞かせる立場になってから、どんな絵本との思い出がありますか?
 
 久しぶりに絵本と出会い直してみて、素晴らしいツールだなと思いましたね。絵本を読むことは、ただの読書ではなくて、子どもとのスキンシップの時間であり、コミュニケーションをスムーズにさせてくれます。
 
 『花さき山』(作:斎藤隆介、絵:滝平二郎、岩崎書店)という切り絵の絵本は、いいことをすると山に一つ花が咲くというお話です。その絵本を読んで、息子に「あなたの花は咲いている?」と聞くと、たとえば「白い花が咲いている」と答えるんです。どうしてかと尋ねると、「幼稚園で牛乳をこぼしたのを拭くのを手伝ってあげたから、白い花が咲いている」って。子どもに「今日は幼稚園で何かあった?」と聞いても、「普通」とか「楽しかった」とかいう答えしか返ってこないんだけど、「何色の花が咲いている?」と言えば、すごく自然にいろんな話をしてくれて。私は『花さき山』のおかげで、自分が見ていない時の子どもの様子を知ることができました。
 
——親子のコミュニケーションをつなぐツールだと言えますね。
 
 子どものペースに合わせて親が読んであげたり、好きなところは何回も読んだり、脱線したり、わからないところをもう1回詳しく話したり。肉声で語りかけるということ自体が、スキンシップの一環だと感じました。読み聞かせの上手下手はあまり関係なくて、一緒に笑ったり一緒にハラハラしたりすることが、子どもはうれしいと思うんですよね。
 
俵さんのSNSでは高校生の長男との会話も垣間見られる
俵さんのSNSでは高校生の長男との会話も垣間見られる
——息子さんは現在高校生ですが、幼い頃の読み聞かせが成長にどうつながったと思われますか?
 
 動画なども見たりするんですけど、小さい時から本を読む楽しさを知っていて、文字を読むのが息子の生活の中にあるのは良いことだと思いますね。お母さん方やお父さん方から「子どもが本を好きになるのはどうしたらいいですか」と質問された時、私は「ご自身が楽しそうに読んでいればいいと思います」と答えているんです。親がスマホばっかりいじっていたらスマホの方が楽しそうですし、大人が楽しそうにしていることを子どもはマネすると思います。
 
——今後、絵本との関わりは?
 
 子育てを通して、絵本はすごく豊かなものだとつくづく感じましたので、絵本に関われるというのはすごく幸せなことです。絵本に関わる仕事はできる限り続けていきたいでし、今回のような魅力のある作品に出会えたらいいですね。
 
——大人の読者の方々に向けて、絵本の楽しみ方を教えてください。
 
 絵本を子どものものだけにしておくのは、もったいないなぁって感じます。シンプルなストーリーだからこそ、自分の人生をいろいろ重ね合わせて読むことができます。やさしい言葉で書かれている物語は、日々の潤いになってくれるので、大人の方も絵本を手に取ってみてください。
 
【プロフィール】
俵万智(たわら・まち)
 
歌人。大阪府まれ。早稲田大学在学中に短歌を始める。1987年の第一歌集『サラダ記念日』(河出書房新社)が260万部を超えるベストセラーとなり、翌年に第32回現代歌人協会賞を受賞。2006年に『プーさんの鼻』(文藝春秋)で第11回若山牧水賞受賞。歌集のほか、小説、エッセイなど著書多数。作詞も手掛けている。絵本の翻訳作品に『ドリー、泳ぎつづけてごらん』(講談社)、『ずっといっしょ』(WAVE出版)など。1児の母で、2009年に第2回ベストマザー賞を受賞。
 
『クマとこぐまのコンサート』(ポプラ社)
作:デイビッド・リッチフィールド
訳:俵万智
 
クマのブラウンは、小さいときからピアノがだいすき。森から街へ行き、大スターになりました。けれど時はながれ、夢のような日々は終わりました。ブラウンは引退して、ふるさとの森へ帰ることにしました。パパになったブラウンは、森のピアノを見つけたこぐまにむかしの話をします。パパのかなしい顔を見て、こぐまはあることを思いつきました・・・。
『クマと森のピアノ』(第11回MOE絵本屋さん大賞2018第10位入賞)、『イヌと友だちのバイオリン』に続く感動の最終作。
 
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