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映画「his」公開 多様な社会を生きるために私たちができることとは

PR by ファントムフィルム

松岡宗嗣さん、アサダアツシさん、田中洋美准教授(左から)
松岡宗嗣さん、アサダアツシさん、田中洋美准教授(左から)

目次

2人の青年の恋愛を題材に、彼らの抱える葛藤や周りの人々への理解を求めて奮闘する姿を描いた映画『his』(今泉力哉監督)が1月24日(金)から公開される。恋愛の行く末だけではなく、同性の二人が「家族」として世間とどう向き合い、生きていくのかを描いた本作。公開に先駆けた1月20日(月)、明治大学(東京都千代田区)で、試写会と出演者らによるトークイベントがあり、映画の制作秘話やLGBTQの現状などを語った。
 
今回、withnewsでは、本作の企画・脚本を担当したアサダアツシさん、オープリンリーゲイであり一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣さん、明治大学情報コミュニケーション学部の田中洋美准教授(社会学)の3人による特別インタビューを実施。映画の感想や、そこから見えてくる多様性のあり方について、たっぷりと話を聞いた。
 
(取材・文・撮影:五月女菜穂 )
©2020 映画『his』製作委員会
©2020 映画『his』製作委員会
映画の舞台は、岐阜県白川町。井川迅(宮沢氷魚)は周囲にゲイだと知られることを恐れ、ひっそりと一人で田舎暮らしを送っていた。そこに6歳の娘・空(外村紗玖良)を連れて、元恋人の日比野渚(藤原季節)が突然現れる。「しばらくの間、居候させてほしい」という渚に戸惑いを隠せない迅であったが、いつしか空も懐き、周囲の人々も3人を受け入れていく。
 
そんな中、渚は妻・玲奈(松本若菜)との間で離婚と親権の協議をしていることを迅に打ち明ける。そして、ある日、玲奈が空を東京に連れ戻す。落ち込む渚に対して、迅は「渚と空ちゃんと三人で一緒に暮らしたい」という気持ちを伝える。しかし、離婚調停が進んでいく中で、迅たちは玲奈の弁護士や裁判官から心無い言葉を浴びせられ、自分たちを取り巻く環境に改めて向き合うことになるーー。

同性カップルがリアルに描かれて「良かったが、同時に苦しかった」

一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣さん
一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣さん
ーー松岡さんはゲイの当事者でいらっしゃるということで、どういう風に「his」をご覧になられましたか。
 
松岡さん:最初に見たときに、同性カップルの描き方のリアルさにすごく驚かされました。理由は2つあります。1つは生々しさ。男性同士の恋愛を綺麗にラミネートして届けるというよりは、そのままリアルに直接的に描いていたと思います。キスシーンなどはリアルでしたね。そういう映画は少ないので、いいなと思いました。
 
もう1つは、同性カップルや同性愛者が直面しやすい困難や負の部分を描いているところもリアルだったなと思っていて。印象的だったのは、迅が会社の同僚たちと話す居酒屋のシーン。より現代的で、最近あり得そうなハラスメントが描かれているように感じました。LGBTQという言葉は認識されてきて、直接的な差別発言は良くないよねという認識は持ちながらも、でもどこかでゲイをさげすむように笑いにしている部分がすごくリアルでした。
 
覚えているところだと、「ゲイなの?」と聞く同僚に対して、ツッコミ役の人が「最近そういうのは冗談でも言っちゃダメなんですよ」と言いながら、「お前がホモだったら、俺も試してみたかったな」というセリフがありました。そして、それを当事者である迅が自分で「ゲイとかホモとかじゃないです」と打ち消す。当事者が自分で自分を否定するこの場面はすごく“あるある”だと思います。すごくリアルでよかったですし、同時に苦しくなりましたね。
 
それから、映画では「完全な悪役」がいなかったこともよかった点だと思います。例えば、渚の妻で、空ちゃんの母親の玲奈も、シングルマザーに対するバイアスを一部描いていると感じました。この作品はどちらかというと同性カップルに対して肯定的な感情を持ってもらえることが多いと思うんですけど、同時に、玲奈も世の中から、女性であるからこそ、母親であるからこそ押し付けられる「らしさ」があって、葛藤していましたよね。最後の結末も含めて、みんなが悪役にならなくて、よかったなと思いました。
そして、舞台が地方の田舎町じゃないですか。私の経験や、いろいろな当事者から聞く声からすると、今回描かれていた地方は素敵すぎるぐらいだと感じたんですね。あんなに周りの人がすんなり受け入れてくれる所はなかなかないと思うので、ある意味違和感を持ったんです。でも、違和感を持ったということは、裏返すと現実世界ではまだまだ理解が進んでいないということですよね。

むしろこの映画で描かれているような地域が増えると、より当事者が生きやすくなるなと思いました。日本中がこんな地域になっていったらいいなと思います。

映画の中で、あえて悪人を出さなかった意図

映画「his」の企画・脚本を担当したアサダアツシさん
映画「his」の企画・脚本を担当したアサダアツシさん
ーー松岡さんの感想を受けて、アサダさんにお尋ねします。撮影されるにあたって、気をつけられたことなどを教えてください。
 
アサダさん:この作品をつくると決めたときに、LGBTQを題材にした作品が日本でも海外でも数が増えてきている印象がありました。過去の作品を焼き直ししても仕方がないということで、極力リアリティというものにこだわりたいなと思って。この作品をつくるまでは、すごく薄い知識しかなかったのですが、いろいろなことを調べていくと、知らなかったこととかがいっぱいありました。
 
映画って、どんな映画にしても作り物じゃないですか。だた、フィクションにするにしても、見た人が「これは想像で作っているな」というものにしたくなかった。できる限り当事者の人に話を聞きにいって、調べられることはギリギリまで調べた上で、2時間の映画というフィクションに置き換えるという行為をしないといけない。フィクションだから想像半分で大丈夫とか、都合のいい展開にしていいんだとか、そういう風にはしたくなくて。それが性的マイノリティの人への礼儀だと思ったし、それぐらい自分たちも覚悟してやらないとちゃんと届けられるものも届けられないなと思ったので、そこはすごく気をつけましたね。
 
さっき、松岡さんも仰ったように、見てくれた人が言ってくれるのは、この映画には悪人が出てこないということ。今までの作品だったら、村の中に1人は、ゲイのカップルの受け入れについて反対する人間がいて、最後にその人間が心変わりするという展開だったはず。悪人を出すとすごく話を作りやすいし、便利なんですけど、それをやるとすごく嘘くさいなと思ったんですね。
 
舞台になっている岐阜県白川町で取材をしたときに、地域の人たちに「ここにゲイのカップルが移住してきたらどう思いますか」と聞いたんですよ。全然こういう映画をやるということも言わずに、フラットに聞きました。そうすると、住んでいる人の半数くらいがお年寄りということもあって、ゲイという言葉に馴染みもないし、ほとんどの人が「男も女もこの歳になるとどっちでもいい」と言うんです。そこでは性差を超えた環境が出来上がっていて、特に性を意識することがない。それがすごく新鮮だなと思いました。
少し話はずれるかもしれませんが、今、日本全国に、あと何年か経ったら村が滅んでしまうような限界集落がありますよね。今回の白川町もいつの日かそうなる可能性があるのですが、そういう状況にある中で、移住者というものを大切にしなくてはいけないという思いがあるんです。今後自分たちの村に住んでもらって、自分たちに代わってその村を繁栄させてもらう。自分たちの村を気にいって、そこに住んでくれる人がいるのなら、ゲイであろうがレズビアンであろうが、気にしない。村の存続の方が大切で、いちいち排除をしていたら、自分たちが生きてきた歴史も場所もなくなる、と。
 
その話を聞いたときに、人間だから人に対して警戒したり排除したりすることが出てくるのかもしれないけれど、自分たちの村がなくなるかもしれないという大きな危機がある中で、そういう瑣末なことに反対するスイッチが入らないのかなと思ったんです。それで、作為的に悪人を出して、反対するとストーリーは描けないと思って。そういう経緯があって、今のような形になったんですよね。
 
ーー例えば東京を舞台に同性愛を描くこともできたわけですが、それでも地方を舞台にされたのは、最初から構想としてあったのでしょうか。
 
アサダさん:ありました。東京っていろいろな人がいるから、迅にしても渚にしても自分たちを受け入れてくれるコミュニティが必ずある。そこに行ってしまうと、そこで分かってくれる少数の人間に囲まれて、生きていくということにして、彼らの成長がないのかな、描きづらくなるのかなと思いました。なので、とりあえず一旦外に出さなくてはダメだなと思い、地方を舞台にしました。

性的マイノリティを描く映画はまだまだ少ない

明治大学情報コミュニケーション学部の田中洋美准教授(社会学)
明治大学情報コミュニケーション学部の田中洋美准教授(社会学)
ーージェンダーの研究をされている田中先生にお伺いします。研究者として映画をご覧になって、いかがでしたか。
 
田中准教授:今、アサダさんが性的マイノリティを描く映画がだいぶ増えてきたと仰っていて、私もそんな印象があるのですが、ここで、アメリカの調査を紹介したいと思います。2007年から毎年トップ100の映画を対象に、セリフが一言でもある登場人物の属性、つまり男女やセクシュアリティ、人種などを調べるという調査を南カリフォルニア大学の研究者がしています。それによれば、2018年は、トップ100の映画作品のうち、1人でも性的マイノリティを登場させている映画は24本。ほとんどがゲイで、レズビアンとバイセクシュアルの人が何人か、トランスジェンダーはゼロ。
 
同じ方法で、国際ジェンダー学会メディアとジェンダー分科会映画班と私のゼミ生と一緒に日本の映画トップ10本を調べたところ、2008年も2018年もどちらも1作品だけ。いずれもゲイの登場人物なんですが、2008年はセリフのある登場人物が135人いて、そのうち3人で、2018年は504人のうち1人でした。ですので、やはりまだまだ少ない現状があるんですね。
 
なので、今回の「his」のように、男性同士のカップルを取り上げる、描くということ自体がまだまだ重要だと思っています。「象徴的抹消」という概念があるのですが、これは実際の世界に存在している人がメディアの描く世界の中で象徴的に消されたり不可視化されることを言います。それがまだメディアの中では強いですよね。
 
今回の映画は男性同士の関係をある意味「普通」に取り上げている。日本ではバラエティ番組などでのイメージが強いので、コメディなどの方が受け入れられやすい土壌があるかもしれませんが、そうではなくて、本当に隣に住んでいそうな存在として描いている。それにより、見ている人たちにとっては、よりとっつきやすいのかなと。そこがいいなと思いました。
ーー学生に対して、この映画をどのようなポイントで見てほしいですか。
 
田中准教授:今LGBTQという言葉を使われましたけれど、SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)という概念もあります。性的指向と性自認(ジェンダー・アイデンティティ)のことを言うのですが、SOGIをめぐる問題がたくさんある。そういうことを映画を通して、学生たちにまずは知ってもらいたいですし、気づいてもらいたいですね。
 
また、それをきっかけに、性的指向やセクシュアリティに関することだけではなくて、性別や「人種」、民族など、いろいろな属性に基づく違いをもとに誰かを排除したり、あるいは、誰かが生きづらさを抱えていたりする現状など、より広い意味でのダイバーシティにも関心を持ってもらえたらいいなと思います。
 
映画の中でも、渚が「普通の男になりたかった」といったような発言をしていました。社会の中で何が「普通」と捉えられているのか。こうあるべきという社会の規範と結びついた考えというのは、暴力になりうるということですよね。殴られたり刺されたりして血が出るわけではないけれども、人を傷つけたり、生きづらくしたり、私たちが自分らしくありたいというときに足かせになったり、生き方を制約しうるわけで、そういう暴力の存在にもっと敏感になってもらいたいですし、この映画がそのきっかけになるといいと思います。

誰もが生きやすい、多様性のある社会になるために

松岡宗嗣さん、アサダアツシさん、田中洋美准教授(左から)
松岡宗嗣さん、アサダアツシさん、田中洋美准教授(左から)
ーー最後に、この映画のテーマでもありますが、どうしたら生きやすい多様性のある社会になっていくとお考えでしょうか。
 
松岡さん:先ほど田中先生も仰っていたSOGIという概念は、全ての人に関係する属性です。例えば異性愛者の男性の場合、女性を好きになるという「性的指向」を持っていて、自分を男性だと認識しているという性自認を持っています。私はゲイの当事者なので、男性という性自認を持っていて、性的指向も同じ男性に向く。全ての人にあてはまる性的指向・性的自認にかかわらず、平等に、同じ人間として生きられるような社会を作っていこうという意味で、このSOGIという概念が大事だと思っています。
 
LGBTQという概念は分かりやすいかもしれないですけど、ある種LGBTQとそうではない人と境を作るものでもあります。なので本当は、みんなが多様な性のあり方の一人なんだという認識を持ってくれると、より問題を自分ごと化して、解決に導くために何ができるかを考えやすくなるかなと思います。
 
それから、アライ(Ally)という概念についてもお話ししたいと思います。アライは、「味方」や「理解者」「支援者」を指す言葉で、LGBTQではないけれど、理解したい/支援したいと思う人のことを指す言葉です。でも、アライという概念をLGBTQを理解したい/支援したい、LGBTQではない人という枠組みから広げてもいいと思っています。
 
私はゲイの当事者ですが、レズビアンやトランスジェンダーの境遇や困難を全て理解しているかというと当然そうではありません。例えば私は男性なので、女性の置かれる状況に対して全てを経験できているわけではない。そういう違いがあるときに、味方、つまり自分自身もアライであることができるよなと思いました。それこそ自分のことをLGBTQではないと思っている人の中でも、男らしさや女らしさに無意識にがんじがらめになっている人がいたら、その人に対する味方や理解者になれるかもしれない。
 
つまりアライというのは、お互いに対して味方である。そういう概念でもあるのではないかと思うんです。いろいろな違いを認識しあって、同時に味方であることができるんだという意味で、アライがもっと増えていくと、みんながより生きやすい社会になるんじゃないかなと思いますね。
アサダさん:何か変えようと思うと肩肘張ってしまうじゃないですか。そんなに自分一人で頑張ったときに何も変わらないなというのは思ってしまうんですけど、僕もこの映画を作ったときに最初から今の現状の社会をどうこうしたいというのは正直一切なかったんですよ。
 
この映画を作るきっかけは、20年以上前なんですけど、深夜番組をやっていたリサーチャーの方でゲイの方がいて、その方と一緒にご飯食べにいったときに、言われたことがあるんです。放送作家として活動していた僕は映画やドラマが好きだったので、いずれ脚本を書きたいと話したら、「自分たちが高校時代に見たら、こういう恋をしてみたいと、ときめくような話を書いてよ」と言われたんですよ。
 
当時のトレンディドラマは、ほぼ100%ぐらい男女の恋愛モノ。それを見ている人は、将来自分が大人になったら、こんな恋愛をできるかもしれないというような希望を抱いて、ワクワクしながら見るじゃないですか。でも、ゲイの立場から見たら、ゲイというのは主人公の物分かりのいい相談役か、もしくはそこで描かれるときにシリアスな問題を抱えている負の存在でしか描かれない。だから見ていて、全然将来に希望的な恋愛が待っているとは思えない。そう言われたんです。
 
そこから20年ぐらい経って、その人とも全然付き合いがなくなってしまったのですが、この「his」を考えたときに、ふとそのことを思い出して。その人がこの映画を見てくれて、ちゃんとその世界に入り込んでくれて、何か希望を感じてもらいたいなという思いが、まずありました。その人が見てくれたら喜んでくれるものを作れたら、と。最初から大勢の人を喜ばせようと思っていたら途中で挫折したり、迷ったりすることもあったと思うんですけど、今回はぶれることなくできたかなと思います。
 
なので、何か変えようと思ったら、とりあえず自分の身の回りの誰か一人でもいいから、その人に理解してもらうこと、分かろうとすること。その強い意志を持ってほしいですね。この映画がきっかけになってくれて、考え方をそういう風にしてもらえると、理想論かもしれないですけど、今までと違う流れというのは作れるのかなというのは思います。
田中准教授:先ほど、学生たちに対して知ってほしいとお話ししたと思うのですが、知った後にどうするかというところもポイントかと思います。いきなり法律を変えようというのはすごく大きな話で、すぐにはできないかもしれないけれど、まず自分が変わること。新しい気づきを得たあとで、自分がどう考え、他の人にどう接するか。自分が変わるとその波及効果があると思うんですよね。
 
なので、今回の「his」を多くの人がご覧になって、何らかの気づきを得たとしたら、その気づきをもとに今までとはちょっと違う考え方や振る舞いを試してもらえたらなと思います。それがきっかけになって、その人の周りのところで小さな変化が起きていく可能性があります。そんな小さな変化がじわじわっと社会に効いてくることを期待したいです。
©2020 映画『his』製作委員会
©2020 映画『his』製作委員会
映画『his』公式サイト
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