普段から病気をしない人を見ていると、うらやましく感じてしまうもの。病気のリスクは誰にでもあるはずなのに、いつ会っても元気な知り合いが身近にいる、という方も多いでしょう。自分も同じように健康でありたい。そんな願望がかなう日も近いかもしれません。カギを握るのは、ゲノム(全遺伝情報)とビッグデータの解析。そして、それを支えるICT(情報通信技術)です。
ゲノム解析はここ十数年で飛躍的に進み、遺伝子治療や創薬といった医療の分野で活用されつつあります。難病などの治療だけでなく、普段の私たちの健康づくりに生かされるのも、遠い未来の話ではなさそうです。
「今ある遺伝子検査は、ゲノムと疾患の関係の研究などから、疾患リスクをレポートするものです。我々は、これらに加えて、過去の健康診断や問診に基づく生活習慣のデータをビッグデータ解析します。その結果から、疾患のリスクは保有しているが健康な状態を維持している“スーパーヒーロー”の方々を見つけ出したいと思います」
そう語るのは、NTTライフサイエンス社長の是川幸士氏。10月に東京都内で開かれた国際シンポジウム「朝日地球会議2019」で講演し、ICTを活用した予防医療サポート事業の一端を明らかにしました。
NTTグループと東京大学医科学研究所は、病気の新たな予防モデルとなる“スーパーヒーローモデル”を共同研究によって確立しようとしています。先天的な遺伝子情報だけでなく日頃の行動情報なども詳しく分析することで、生活習慣病などの病気を予防する秘けつを科学的に探ろうというものです。
是川氏は「“スーパーヒーロー”がどのような生活習慣や行動を行ってきたのかを解析し、得られた知見を元に、予防行動のレコメンド(推奨)として情報提供を考えています」と取り組みを紹介。研究成果の社会実装をめざしていることを説明しました。広大なビッグデータの海の中から予防医療のヒントが見つかりそうです。
NTTライフサイエンスは、企業の健康経営をサポートする会社として今年7月に設立されたばかり。「なぜNTTグループがヘルスケアの分野に?」という疑問を解くキーワードは、ビッグデータ解析です。
大量の健康診断データとゲノムを解析するためには、高速処理の技術のほか、病気の発症しやすさを比較するなどのために、AIによるディープラーニングなどが必要です。また、個人のデータを扱うので、暗号化・匿名加工などのセキュリティ技術も重要となります。これらのICTを結集して高精度なビッグデータ解析を実現できるのが、NTTグループというわけです。
今や少子高齢化社会を迎え、医療費の負担は増大するばかり。企業にとっては、将来にわたって生産性を維持するために、従業員の健康管理を実践する「健康経営」は重要なファクターです。政府も健康経営を後押しする動きを見せています。
一方で、健康経営の重要性はわかっていても、具体的にどんな施策をすればいいのかわかりにくいため、手付かずの企業が多いのが実態です。従業員の側も、疾患のリスクを自分ごととして捉えにくく、健康目的で継続的に行動するまでに至らないのが現状だと言えます。
そこで、是川氏が着目したのが「約6200万人」という数字。これは、日本で1年間に健康診断を受ける従業員数の推計です。労働安全衛生法により、企業は定期健康診断を年1回以上実施するよう義務があり、企業の従業員だけでこれだけの人数に上ります。
「健康診断は、検査値データや問診の結果から、生活習慣などの個人のデータを把握できる重要な機会です」と是川氏。この健康診断という機会を通して得られるビッグデータを活用して「個人の健康意識を高め、また持続させるようなソリューションを提供できれば」と語ります。
日本は世界と比較しても、国民が定期的に健康診断を受ける割合が多い国です。「長寿国」と言われてきた日本は、「健康寿命」という意味では将来に不安がありますが、健康診断というチャンスを予防医療に生かせたら、本当の意味での長寿国になれるかもしれません。
具体的にNTTライフサイエンスで予定しているサービスは、「遺伝子検査」「行動変容支援」「健康経営コンサルティング」の3つ。是川氏は、それらの概要について講演で説明しました。
「従業員の皆さまには、健康診断の機会を通じて遺伝子検査を受診していただき、疾患リスクの判定と予防行動のアドバイス、そして継続的な行動変容につながる支援のサービスを提供します。企業の皆さまには、従業員全体の統計的な傾向を踏まえ、健康経営の促進に関するコンサルティングを提供します」
病気を予防する“スーパーヒーローモデル”の解明が進むと、遺伝子検査で得られたゲノム情報に基づいて個々の疾患リスクがわかるだけでなく、一人ひとりに合った具体的な予防行動もフィードバックすることができます。同社では、疾患リスクに対してなすべき行動を提示し、さらにスマホのアプリを使って運動や食事管理の動機づけを行うサービスを提供していくそうです。
ゲノム情報を核としたパーソナルデータのプラットフォームも構築していく計画。是川氏は「我々のプラットフォームを多くの皆さんに活用していただき、企業価値の向上はもとより、個人の健康増進につなげていきたい」と抱負を語りました。
これまでは、個人の健康に関するデータが蓄積されることは多くありませんでした。母子健康手帳をなくしてしまったために、予防接種などの記録がわからないというケースもよく見かけます。もし、自分が生まれてからのさまざまなデータを蓄積することができれば、プレシジョン(個人に最適化された)な予防医療や治療に活用することができるでしょう。一人ひとりに合った医療や健康法を選べたら、心身ともに健康で過ごすことができそうですね。