死刑執行の失敗で生きながらえた元死刑囚、幻聴に苦しむ元サラリーマン、DV(家庭内暴力)を受ける女子高生。居場所のない3人が互いを思いやり、絶望の淵から一歩前へと踏み出す……。
帚木蓬生さんの大ベストセラーがついに映画化。元厚生労働事務次官で、虐待や性被害などに苦しむ若い女性の支援活動に取り組む村木厚子さんに、この作品はどのように映ったのか。
――まずはこの作品をご覧になった感想をお聞かせください。
私は厚生労働省で精神科医療や児童虐待に関する仕事に携わってきたので、この作品はすごく胸に迫りました。とくに現在、虐待や性被害に苦しむ若い女性の支援をしているので、暴力を受ける女子高生、由紀(小松菜奈)の苦しみや悲しみは、胸が張り裂けるほどリアルに伝わってきました。途中からは「とにかく死なないで、生きて!」と、祈るような気持ちで観ていました。この映画は胸が締め付けられるようなつらいシーンもありますが、最後はほっとしました。人はどんな状況に陥っても、一人でも自分のことを思ってくれる人間がいれば、前へと一歩踏み出せる。そんな人間の強さも描かれていて感動しましたね。
――主要な登場人物の3人はみな、つらい過去を持ち、居場所をなくし、精神科病棟で暮らしています。
近年、世界的に、精神疾患を抱える人は施設に閉じ込めるのではなく、地域でケアする方向へ向かっています。私もそのような政策に携わってきましたが、日本ではまだまだ精神疾患への偏見があります。ですからこの映画でも、偏見を助長するような描かれ方がされていないか、少し心配だったんです。でもこの作品を観た人は、精神科病棟に入院している方々はちょっと風変わりなところはあっても、自分たちと変わらない普通の人たちなんだと感じていただけるのではないかと思います。一人ひとりの人間性や個性を、丁寧に温かな眼差しで描いているからです。
――家族からひどい目にあい、心を閉ざしていた由紀が、チュウさん(綾野剛)や秀丸(笑福亭鶴瓶)の優しさに触れるなかで前向きになっていく姿が感動的でした。
私もすごくうれしかったです。行政の立場で長年、働いてきて痛感してきたのが、由紀のように大きな心の傷を負った人の救済は、制度や専門家の支援だけでは難しいということです。原作者の帚木蓬生さんが「精神疾患や依存症などで困難を抱えている人の特効薬は人だ」とおっしゃっていましたが、本当にその通りだと思います。この映画の英語タイトルは「Family of Strangers」というそうですね。血のつながった家族でなくても、偶然知り合った周囲の人のちょっとした優しさが、どれだけ人の救いとなり、生きるうえでの力になるかを改めて痛感しました。
――とくに幻聴が原因で家族から疎まれ、入院を余儀なくされているチュウさんの優しさが印象的でした。
彼がつぶやいた「事情を抱えていない人間なんていないからね」との言葉、まさにその通りだと思います。多かれ少なかれ自分ではどうすることもできない業のようなものを抱えているといった意味では、人間はみんな一緒です。また家族から見放されたチュウさんは、秀丸や由紀を気遣うことが自分自身の癒やしや回復にもつながったのだと思います。
――そして何といっても、笑福亭鶴瓶さんが演じる秀丸が圧倒的でした。
テレビで見かける鶴瓶さんとあまりにも印象が違って驚きました。最後の裁判のシーンでは一言も発していないのに、表情だけで様々な思いが伝わってきました。この作品は原作も素晴らしかったですが、改めて映画の力を強く感じましたね。そしてこの映画を観た人が、ほんの少しでも周囲の人に温かい眼差しを向けるようになれば、現在の日本社会の生きづらさも少しは和らぐのではないかと思います。
映画公開に先立ち開催された試写会では、村木厚子さんと平山秀幸監督、原作者で精神科医の帚木蓬生さんによるトークショーも開かれた。
若草プロジェクトとは
虐待、性被害、貧困などで生きづらさを抱える少女や若年女性の支援を目的に、瀬戸内寂聴さん、村木厚子さんらの呼びかけで発足。LINE相談や若草ハウスの運営、少女や若い女性の現状を理解するための講座、この問題を広く社会に訴える活動などを通し、支援者のネットワークを広げている。
STORY
母親と妻を殺めた罪で死刑となりながら死刑執行が失敗して生きながらえた秀丸(笑福亭鶴瓶)、幻聴により暴れだすようになり妹夫婦から疎んじられているチュウさん(綾野剛)、暴力を受けた女子高生の由紀(小松菜奈)。家族や世間から遠ざけられ精神科病院で暮らす3人は、互いに助け合って前向きに生きようとしていた。ある日、そんな日常を一変させる殺人事件が起きる。