「走ることを、誰にとっても、当たり前にしたい」──そう語るのは、義足エンジニアの遠藤謙さん。
2014年に株式会社Xiborg(サイボーグ)を立ち上げ、競技用義足の開発に取り組んでいます。遠藤さんが目指すのは、世界最速の義足をつくること。と同時に、走ることを“当たり前”にすること。その一歩として、高価な競技用義足をレンタルし、施設内で走ることのできる「ギソクの図書館」を、昨年オープンしました。
今回、この「ギソクの図書館」を訪れたのは、パラアスリートの支援を続ける大島伸矢さん。義足エンジニアってどういう仕事? という興味から、お二人の話は始まりました。
大島:ギソクの図書館、初めて拝見しました。義足には微妙に違うだけでこんなに多くの種類があるんですね。
プロフィール:大島伸矢(おおしま・しんや)青山学院大学卒業。2007年に(株)プライム・ラボを設立、2014年に一般社団法人スポーツ能力発見協会(DOSA)を設立し、理事長に就任。子どものスポーツ能力の測定や向上を支援、またスポーツ選手のサポートを続ける。
遠藤:ありがとうございます。競技用(スポーツ用)の義足は高いし、子どもは成長が速いので、今年つくったものが、1年後、2年後にははけなくなります。また、練習場所がないという声も多いんです。そこで、競技用義足を気軽に試せる場として、ここをオープンしました。もちろん、子どもだけではなく、おじさんも、おじいちゃんも、誰もが義足で走れるようになってほしい。
プロフィール:遠藤謙(えんどう・けん)慶応義塾大学で修士号、米マサチューセッツ工科大(MIT)で博士号を取得。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイトリサーチャー。2014年に競技用義足などの開発を手掛けるサイボーグを設立し、代表取締役に就任。
大島:一方、トップアスリートの競技用義足でも、サイボーグは世界に知られる存在になっていますね。
レンタルした義足は併設のトラックで試すことができる。
遠藤:私たちの会社としては大きく2つの方向性があって、1つは、トップアスリートがもっと速くなるにはどうしたらいいのか、という研究開発ですね。根底にはテクノロジーで世界を驚かせたいという気持ちがあります。最近では、乙武洋匡さんの義足を開発するプロジェクトを始めました。色んな声がありましたが、話題になりました。
大島:僕は乙武さんと友人ですが、あれには驚きましたし、彼の意思に感動しました。
遠藤:年1回は何かサプライズを届けたいんです。2017年からは、渋谷の街を義足のトップアスリートが疾走する「渋谷シティゲーム 世界最速への挑戦」を実施し、これも話題を呼びました。
2017年11月に行われた渋谷シティゲームの模様
提供:ソニー株式会社
そしてもう1つの方向性が、ギソクの図書館のような、走ることのハードルを下げていく取り組みです。普通の義足をはいている子が、競技用義足をはくと、感動で目を輝かせるんです。「跳ねる」感覚が、すごく気持ちいいみたいで。そうした喜ぶ顔を見たいというのが、僕たちのモチベーションになっています。
大島:そもそも、遠藤さんが義足エンジニアになられたきっかけは何だったのでしょう。
遠藤:子どもの頃からモノ作りが好きで、大学ではロボットの研究をしていました。その頃、後輩が骨肉腫になって、脚を切断しなければならなくなった。それをきっかけに義足に興味を持って、アメリカ(マサチューセッツ工科大学)に留学しました。
大島:アメリカに行って、パラアスリートに対する見方などは変わりましたか?
遠藤:研究室の先生が義足だったんですね。そういう環境にいたことで、脚がないことを特別視しなくなりました。後輩が骨肉腫になったときは、脚がない状態で暮らしていくのは不便だろうな、かわいそうだなと思ったんです。でも、アメリカから帰ってくる頃には、義足というテクノロジーがあればなんとかなるし、なんとかなるように僕がしてやるぞと。
大島:僕はアキレス腱を切って、車椅子生活をしていたことがあるんです。その経験から、人は誰しも、いつ障がいを持つかわからないと痛感しました。でも義足があれば運動ができる。それはとても心強いことです。ただやはり、誰もがパラスポーツを楽しめる環境ではまだないですね。
遠藤:そもそも、パラスポーツに関心を持たれたきっかけは何だったんですか?
大島:2007年に株式会社プライムラボを設立して、子どもの運動能力の測定を始めたんです。子どもの能力をきちんと測定した上で、長所を伸ばしていく、向いているスポーツを紹介する活動です。2014年にはDOSA(一般社団法人スポーツ能力発見協会)を設立し、測定機材や測定方法の改良にも乗り出しました。
ただ、この測定会、健常者は抽選になるほど多くの方が集まってくれるのですが、障がいのある方はほとんど集まりません。なぜだろうと調べてみたら、人前に出たくない、障がいを持っていることを知られたくない、という思いを抱えている方が多かった。
じゃあ、障がいのある方の測定は、家に出向いて測定しようと、「出張型」を始めたんです。すると、能力のある人材がたくさんいることがわかりました。
遠藤:能力はあるけれど、心のバリアもあるんですね。
大島:そうです。で、心のバリアを取り除くために僕ができることの一つは、成功事例をつくる手助けです。義足で凄いタイムを出す選手、大会で優勝する選手を見て、カッコいいな、自分もやってみようという気持ちになってもらいたい。そのために、トップアスリートを支援したいと考えたのです。
遠藤:具体的にはどのような支援をされているんですか?
元ラグビーU20日本代表の佐々木選手はいま大島氏の支援を受けながら、車いす陸上のトレーニングを積み世界を目指している
大島:たとえば、生活費を稼ぐアルバイトに練習時間がとられている選手にはアルバイト代を支援する。仕事と育児の両立が必要であれば、ベビーシッター代を支援することもあります。金銭面の援助のほかにも、指導者を求めている選手には適切な指導者を紹介することが大事です。選手ごとに何が必要かを相談して決めています。
大島:とはいえ、強化指定選手や育成選手に選ばれているトップアスリートはほんの一部です。まだ実績はないけれども、能力や可能性のある選手の支援も行いたい。
そういう思いで活動を続けている中、リクルートキャリアさんからお声かけいただいて。パラスポーツへの挑戦自体を後押ししたり、ハードルを取り除くような支援を世の中に呼びかけてみましょう、ということで「アスリート応援プロジェクト」を始めました。
大島氏のDOSAとリクルートキャリアが始めたプロジェクト。リクルートキャリアが企業に呼びかけパラアスリートへの支援を募る。
大島:パラスポーツやパラアスリート支援に関心のある企業とともに、一人ひとりの個性を尊重し、可能性を信じようというこのプロジェクトの理念に共感してくれている企業ですね。
遠藤:それは素晴らしいですね。日本のパラスポーツの環境は、ここ数年でとてもポジティブな方向に変わってきています。実際、企業の支援も増えていると思うんですね。その上であえて言うなら、どこに支援をしてもらえるのか、という点に難しさを感じています。たとえば「ギソクの図書館」は、ほとんど企業の支援が受けられず、クラウドファンディングで資金を集めました。
大島:活躍している選手や、たとえば体験会など、目立つところに支援は集まりやすい。対して、パラスポーツの裾野を広げたり、これから「やってみたい」という気持ちを後押しするような分野には、支援が集まりにくい。これは一つの課題だと思います。
ただ、今回の「アスリート応援プロジェクト」では、リクルートキャリアによって、そうした「見えにくい」部分にも企業支援が集まり始めています。こういう支援も必要だという声を、パラアスリートも、僕たちも、もっと挙げていく必要があると感じています。
遠藤:そうですね。ある時、初めて競技用義足をつけて走った人が、「風を感じる」と言ったんです。僕はその言葉に感動すると同時に、少し淋しくもなった。これまでは風を感じられなかったのか、と、思わず胸を締めつけられたから。誰もが風を感じられる社会を目指して、これからも頑張っていきたいですね。
「アスリート応援プロジェクト」とは?
リクルートキャリアが一般社団法人スポーツ発見能力協会(DOSA)を通じて、障がい者アスリートを支援するプロジェクトのこと。アスリートが個々に抱える課題や制約の解決に向けて、プロジェクトへの参加を企業に募ります。世界で活躍することを目指して挑戦を続けるアスリートの練習環境を整え、強化指定選手や代表選手までの「あと一歩」に伴走します。
詳しくは以下のサイトをご覧ください。
「アスリート応援プロジェクト」