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又吉直樹が語る「宇多田ヒカルさんの言葉」
提供:スカパー!
「Automatic」というデビュー曲を初めて聴いたとき、そのリズムと不可思議な歌声に一瞬で魅了された。印象の強い要素が重なっているのに、言葉が際立つことにも驚いた。「七回目のベルで受話器を取った君 名前を言わなくても声ですぐ分かってくれる」という冒頭の歌詞。恋愛の渦中にいる時、相手への電話は勇気がいる。ベルの回数が増すにつれて待つか切るかの葛藤は激しくなる。そして「七回目のベル」が鳴る緊張のなか、この詩は幕を開ける。詩で描かれるまえの世界を含んだ一行目の豊かさ。「受話器を取った君」によって感情は緊張から不安に変わり、「名前を言わなくても声ですぐ分かってくれる」ことで、不安から安心、喜びへと移行する。繊細な感情の動きが鮮やかに表現されていた。
それから二十年。彼女の詩は変化と深化を続けている。あくまで私見だが、「はじまり」を描くなかに「終わり」の予感を含んだり、「一瞬」から「永遠」を発見する詩などから、相反するものが共存する世界が特徴として見える。曖昧な明るさではなく、暗闇のなかでこそ宇多田ヒカルの言葉は鮮烈に光る。そして、その光が歌として響くとき、あらゆる認識を超越し、それは自動的に「祈り」へと昇華される。