2018年2月18日(日)に、東京のベルサール汐留で出版社が一堂に会したイベント「築地本マルシェ」が開催され、その中のプログラムでHanako編集長 田島朗さんが登壇しました。田島朗さんによる、Hanako30年の歴史やマガジンハウスの雑誌づくりの醍醐味についての話を、来場者が聞き入りました。
Hanako編集長 田島朗(たじま・ろう)氏
たじま・ろう/1974年生まれ。1997年マガジンハウス入社、翌年『BRUTUS』に配属、2010年、同誌副編集長に。2016年10月6日発売号より『Hanako』編集長に就任、「東京を、おいしく生きる。」をテーマに掲げリニューアル。今年、Hanakoは創刊30周年を迎える。
本日は、雑誌を読むことの楽しさをスライドを使ってお話ししていければと思います。
前半ではHanakoの誕生と歴史を。後半では私が『Hanako』に来る前は『BRUTUS』を約20年やっていたので、それを含めたマガジンハウスの雑誌作りをお話しできればと思います。
私がこれまでどんな編集者生活をしてきたかというと、97年にマガジンハウスに入社し、まずは宣伝部に配属されました。当時『relax』という雑誌があって、岡本仁さんが編集長だったのですが、『relax』は宣伝予算があまりなかったので中吊りポスターも出稿できない。そこで、八つ折りにしたフリーペーパーを編集させてもらい、 日本中のカフェを回って置いてもらうなど、そういう宣伝活動をしていました。
翌年、BRUTUS編集部に異動しました。とにかく旅に行きたい、島に行きたいと言い続け、結果、世界60カ国に行かせてもらいました(笑)。2010年にBRUTUSの副編集長となり、2016年にHanakoの編集長に就任したのです。
『Hanako』という雑誌は、88年5月に創刊しました。当初は週刊で、日本初の女性向けリージョナル誌というふれこみでした。毎週オーストラリアから、アーティストのケン・ドーン氏に表紙を描いて送ってもらっていたらしいです。創刊の少し前に雇用機会均等法ができ、女性が社会進出を始め、街に女性が増え始めた時代。『Hanako』はブランドやグルメ情報の強化を図り、「Hanako」、「Hanako族」で1989年の流行語大賞も受賞しました。
実はこの頃は、ドラマもやっていた。TBSで、松下由樹さん主演の「オイシーのが好き!」という、Hanako編集部が舞台のドラマがあったんです。村井國夫さんが編集長で、石田純一さんが副編集長で、編集部もピンク色の編集部で……(笑)。その当時の女性の強さ、たくましさを感じるドラマで、まさにその象徴としての『Hanako』だったんです。
例えば、創刊6号目のタイトルが、「仕事ができる女性は銀座に一流の根城を持つ」。こういうふうに仕事したら格好いいよね、という提案をしていたんだな、と。それを支えていたのがHanakoだったんだなと思います。
他にも80年代のタイトルを引用しますね。「女性ニュースキャスターのプレッシャーは「時間の使い方」を教えてくれる」、「いま、どの会社のどのポジションについたら、50万円のサラリーになるか」、「下北沢は十字路のひとつの涙」、「カルティエが女王をつくる」、「なにげない仕事の服にもクラース(階級)が出てきた」
当時の女性誌にはない世界観を作ってきたんだなぁと思いますね。
No.6 / 1988.7.7 / 仕事のできる女の銀座
Hanakoの代表的なコンテンツのひとつに、エリア特集があります。中でも銀座の特集が多い。30年間で70回も作っていて、この3月22日にも銀座の特集をします。なぜかというと、マガジンハウスが銀座にあるということも関係あるかもですが、女性の輝く舞台はやはり銀座であるから。
銀座特集のアーカイブを見ると、女性の興味の移り変わりも読みとける。非常に資料価値の高いものだなと思います。
例えば創刊年の88年には「銀座のディスコは古くない」という特集を組んでいます。当時は銀座にディスコがたくさんあったんですね。実際にディスコに遊びにきた女性たちに取材して、銀座がとても魅力的な街だということを切り取った面白い特集だなと思います。
No.28 / 1988.12.15 / 銀座のディスコは古くない!
こちらは91年なのでバブル崩壊直後、「連れてってもらう銀座」特集。高いレストランは連れて行ってもらおう、と高らかに宣言していた。
No.153 / 1991.7.4 / 連れてってもらう銀座
ところが、1993年には崩壊、一転、「2000円で夕食、1000円でランチ」といった特集が。銀座の街もHanakoも、バブルの影響を受けたんですね。
No.202 / 1993.3.18 / 銀座 2000円で夕食、1000円でランチ
1998年になると、銀座周辺の再開発も進んできた頃。丸ノ内が大きく取り上げられています。
No.486 / 1998.4.8 / 銀座は24時間おいしい+丸の内
90年代後半になると、「検索カンタン」というキーワードが。インターネットの脅威が出てきた頃で、雑誌のほうが検索性があると強調していますね。
No.564 / 1999.11.10 / 丁目ごとで検索カンタン。銀座
2005年になると、情報を詰め込むよりも切り口を強くして、雑誌の個性を強くする流れに。90年代は、こういったジャンルの切り口よりは、検索性や値段で切ることが多かったんですが、提案型の新しいトピックが増えてきた。
No.853 / 2005.11.11 / 銀座のスペインバルはいま最高潮!
そして2010年からページも写真もより美しくなり、その世界観に憧れを持ってもらうという誌面づくりが増えてきた。
No.968 / 2010.4.8 / 憧れの銀座
こちらは去年作った、「夢見る銀座」という特集なんですが、乃木坂46の西野七瀬さんに資生堂パーラーの制服を着てもらって撮影しました。私がやりたかったのは、銀座の街の奥深さや、やはり女性が楽しめる街なんだよということを、親しみのある著名人の力をお借りしてより伝えていくということ。ストーリー性を強めることに注力しました。
No.1142 / 2017.10.12 / 夢見る銀座!
12年前に週刊から月2回刊になりました。情報の鮮度最優先よりも、より濃度のある物語を伝えていくための変化だったと考えます。
結果、Hanakoは基本的に食の情報が多かったのですが、女性の生活にリンクするような特集、ライフスタイル特集が増えてきた。例えば「恋人ができるカラダづくり」とか。
そして今、Hanakoがどこを向いているかというと、ひとつエピソードがあって。今、ちょうど出ているのが、安西水丸さんのイラストが表紙の、「喫茶店に恋して。」という特集なのですが、元々は違う表紙にしようと思っていたんです。校了直前に部員から話があって…安西さんからイラストを借りることができたので、ページを作りたいと。そしてこのイラストを見せてもらった時にピンときて、ぜひ表紙にしたい!と伝えたんです。
ただ、安西さんは亡くなられていてご遺族が作品を管理されているんですが、そもそも表紙にするなんて可能なのかなと思って、娘さんに改めてお話をさせていただいたんです。そうしたら娘さんが「安西はイラストレーターなので、雑誌の表紙になってうれしいと思います」と仰って。感動しました。
周りの人には、「コーヒーがメインの喫茶店特集なのに紅茶のイラストでいいの?」なんて言われたりもしたんですが(笑)、雑誌の個性を強く出したことが結果的に読者に支持されて、いろんなところで「この表紙、かわいいよね」と言われました。私は毎日のようにエゴサーチしているんですけど(笑)、若い読者の方が、このイラストを描いている人誰なのかな、とつぶやいているのを見つけた時はうれしかったですね。Hanakoを通じて、はじめて安西水丸さんのことを知ってくれた人がいた。これこそが、これからの雑誌にできる役割だと思っています。
一言でいうと、うっかりどこかに連れて行ってくれる。探しにいったんじゃないけど、心おどるなにかに出会える。それこそが雑誌の醍醐味だと思うのです。
喫茶店特集のような号がつくれたのは、やっぱりBRUTUS編集部での経験が大きかったなと思います。私が2010年に副編集長になった以降で手がけたもので思い出深いのは、2012年の「うまい肉」特集や、2013年の「あんこ好き」特集ですね。
肉特集の表紙は、肉のイラストを書いている女子大生がいたんで、その子にいきなりメールを出したんです。新手の詐欺じゃないかって思ったらしいですけど…(笑)。彼女が、ぶ厚い肉を描けと言われても、そんな肉を食べたことがないっていうので、この店に行ってスケッチをしてきなさいって行かせて…ということでできた表紙なんです。一学生というか、イラストレーターになるかならないかの方の絵を使ったのは思い出深いです。
あんこ特集も、表紙をどうするかすごく悩んでいた。だいだい団子って串に3つついているんですよね。でも自分としては表紙にはバランスが悪すぎた。そこで思ったのが、都立大学に『ちもと』さんという和菓子屋さんがあるんですけど、ここの団子だけは2つ。ココだ!と表紙に決めました。こういった今の考え方の支えがどこにあるかというと、新人時代からの先輩である西田善太(現BRUTUS編集長)という編集者がいるんですが、彼がよく「みんなで決めたことは正しいけど面白くないよね」というんです。みんなで決めると最大公約数に落ち着いてしまう。それが今の雑誌作りに一番いらないことなんじゃないか。だれかひとりの熱量とか、それが雑誌作りを支えるものなんだと。
「犬だって。」という特集もやりました。2016年ごろって、なんだかすさまじい猫ブームだったので、「犬もいるんだ!」と言いたかった。自分自身が小さい頃から柴犬を飼っていたので。表紙はわさおとまるちゃん。わさおの住む秋田までまるちゃんを連れていって会わせたのですが、すごい緊張感で。この2匹が向かい合って、闘いになったらどうしよう―― その瞬間、カモメが一羽、彼らの間を飛んだんですね。それを切り取った写真を見開きページで大々的に使ったのですが、とても印象に残る特集になりました。
私は常に、紙の雑誌でしか届けられない喜びはなんだろう、紙にしかできないものをやってみようということを考えています。ハワイ特集では、観音開きのページに、ハワイでできることを100コ詰め込む。それは、デジタルでスクロールされるのとは全然違うんじゃないかと。
チョコレートの特集では、サロン・デュ・ショコラに行く人はスターのショコラティエにサインをもらうということに目をつけて、サインを描いてもらえるショコラティエのトレーディングカードを付録にしました。もっとも、26歳の担当編集部員に、プロ野球カードのチョコレート版を作ってよと言ったら、プロ野球カードってなんですか?と言われたんですけどね(笑)。
モノとして愛おしいこと。とっておきたい。部屋に置いておきたい。ページをめくる喜び、紙の違いの楽しみ。フロウに乗ってもいいし、かいつまむもよし。紙の雑誌は、実は便利で最先端なデバイスなんです。
この3月には30周年記念号として、「大銀座百科事典」という特集を作ります。銀座エリアに、Hanakoラッピングのロンドンバスを走らせるのですが、読者の方を乗せて雑誌で紹介される場所をめぐったり。これからは、雑誌で紹介したさまざまなことをリアルで体験できるような仕掛けをいろいろ取り組んでいこうと思っています。
—-紙の本でしかできないこととおっしゃってましたが、これからの雑誌のあり方、こういうことをやっていくかもな、という展望はありますでしょうか。
Hanako.tokyoというサイトをローンチしました。いわゆる「今の雑誌はウェブサイトも持たないとね」という理由ではなくて、雑誌とデジタルではその目的は全く違う。例えば「気分検索」という検索システムをつくったのですが、冬だったら、「あったかスイーツ」とか、普通の検索サイトにはないキーワードで、気分でお店を検索できる。それも「編集」ですし、デジタルと連動することで、雑誌の世界観をもっと深めていけるんじゃないかと。
雑誌は手触りや世界観をさらに大事にしていき、情報や検索性などで読者に寄り添っていく部分をデジタルで補完していくと考えています。
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