『ソーシャル・ネットワーク』でアカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞を受賞し、『マネーボール』『スティーブ・ジョブズ』と、栄光を手にした実在人物の知られざる裏側に光を当ててきた天才脚本家アーロン・ソーキン。今回、ソーキンはジェシカ・チャステインを主演に迎え、自らの脚本で待望の監督デビューを果たした。それが本日5月11日(金)から公開となる『モリーズ・ゲーム』。オリンピック候補のトップアスリートの挫折から、突如セレブが集う高額ポーカールームの経営者へ華麗なる転身を遂げた、実在の女性の半生を描いた作品だ。ソーキン作品は、ほぼすべて観ていると言う映画監督・大根仁さんにソーキンの魅力と本作の見どころを聞いた。
――脚本家として非常に高い評価を得ているアーロン・ソーキン。大根さんが感じている彼の作品の魅力をお聞かせください
最も斬新な脚本を書く脚本家の一人です。『マネーボール』『スティーブ・ジョブズ』『ソーシャル・ネットワーク』などは、いずれも実在の成功者を描きながらも、決してサクセスストーリーだけにとどまっていない。「悲しき成功者」という切り口で見事に人間を描き切っています。
単純な起承転結では進まないところも大きな特徴です。いや、基本は起承転結になっているのですが、そのメソッドを崩しながら、ハズしながら展開していく。それでいて破綻せずにちゃんとエンターテインメントになっているところがすごい。終わり方も、決して分かりやすいハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、ちょっとビターなオープンエンドといった感じで。そういうエンディングがとても僕の好みなんです。
――特に彼の作品で好きなのは?
『ソーシャル・ネットワーク』です。映画の構造を知りたいというのもあって劇場で5、6回は観ました。でも、映像的にも脚本的にもどういう構造になっているのかつかめなかった。もちろん、『ソーシャル・ネットワーク』を撮った監督のデヴィッド・フィンチャーの実力もあると思うのですが、ソーキンの脚本力もこの映画には相当貢献しているはずです。
――映画において脚本というのは本当に大きな役割を果たしているということですか?
もちろんです。つまらない脚本を面白く撮ることは絶対にできませんから。
特にソーキンの脚本は、全体のセッティングが特殊。時間軸をシャッフルさせ、現在軸が進みながら、過去がカットバックしていく。この手法はわりと使われるものですが、彼の場合、過去のカットバックの時間軸もシャッフルさせてしまう。だから、だんだん何を見せられているのか分からなくなっていくのですが、それでも不思議に混乱を招くようなことはないんです。また、実際にあった事実や実在の人物を元にしつつ、大胆不敵に、すごくハッタリの効いた脚本とセリフを作り上げてきます。『ソーシャル・ネットワーク』は原作も読みましたけど、普通に考えたら評伝ですよね。でも、あんなに座りっぱなしの映画にしてしまっても、しっかり観客を引きこませ、持たせる力がある。そこはもうすごいとしか言いようがないです。
――アーロン・ソーキンの作品で初めて女性を主役に据えたのが『モリーズ・ゲーム』。ご覧になっていかがでしたでしょうか。
脚本の構成としてはいかにもソーキンらしいなと。いくらでもドラマチックに展開できそうなのにわざとハズしている。パターン化するのが嫌な人なんでしょうね。主人公のモリー・ブルームのサクセスストーリーか、もしくは悲劇のヒロインものか、どちらかに寄せてストレートに描くこともできると思うのですが、あえてそれをしないようにしている気がしました。
映画を作っていると、よく「主人公に感情移入できるかどうかが大事ですから」とお約束のように言われます。実際、主人公に感情移入してもらうことで、物語を引っ張っていくというのが最もスタンダードなやり方で、そのために主人公をより魅力的に描くわけですが、ソーキンはとてもあまのじゃくで、それをしないんです。非常に変化球的な主人公の描き方をしています。
感情移入で観客を引き込まない作品は他にもありますが、『モリーズ・ゲーム』は、主人公だけでなく、ほかの登場人物にもあまり感情移入できないのに、なぜかいろんな感情が揺さぶられ、気づいたら目が離せなくなっていたという、ちょっと珍しいパターンの映画だと思いました。
――本作はソーキン初の監督作です。脚本も彼が手がけ、約2年間にも及ぶ取材によって生まれたそうです。いつものソーキン作品と同じく、圧巻のセリフ量です。
確かに多いのですが、退屈なセリフは一切なかったです。どこまで事実に基づいているのか分からないけれど。先ほども言ったように、ハッタリをかましているところもあると思うのですが、セリフに無駄がないし、セリフの応酬のテンポも良いのでグイグイ引き込まれます。
――印象に残ったシーンなどはありましたでしょうか?
監督としてのソーキンの力が発揮されたのは、世界中の誰もが知っているハリウッドスターや映画監督、大物実業家といったセレブが集まる伝説のポーカールームのシーン。あんなエグゼクティブで、ラグジュアリーなポーカールームが実際あったなんて! あのシーンの描写はすばらしかった。ちょうど良いさじ加減のゴージャスさだから、彼女が違法ではなく、場所を提供しているだけの経営者だという説得力がありました。あのシーンが嘘っぽく見えてしまうと、この映画全体が崩れてしまうので、ソーキンもそこを意識して綿密に演出したのではないでしょうか。
――キャストに関してはいかがでしたでしょうか?
ジェシカ・チャステインは、モリーになり切っていましたね。モリーは顧客を売るようなことは絶対にしない。真実を話せば、金持ちの有名人になれたかもしれないのに。その揺るがない強さを見事に演じ切っていました。『女神の見えざる手』での彼女の演技も素晴らしく、まだ印象が残っているほどですが、いずれにしてもこういう不屈の精神で戦う女性の役がとても上手な女優だなと思いました。
弁護士役のイドリス・エルバも良かったです。つかみどころのないモリーに惹かれていく気持ちの変遷の表現が実に見事でした。
モリーの父親役、ケビン・コスナーはすっかり脇役として抜群の安定感を発揮する存在になりましたね。世代的にケビンのサクセスをずっと観てきているので、彼が脇役で活躍することに感慨深いものがあります。若い世代は知らないかもしれないですが、ケビン・コスナーは『アンタッチャブル』『JFK』などの名作に主演し、一世を風靡した俳優です。『ダンス・ウィズ・ウルブズ』は製作・監督・主演を務め、アカデミー賞も受賞しています。
――本作の主人公、モリー・ブルームは実在の人物で、オリンピック候補のトップアスリートから高額ポーカーの経営者へ華麗なる転身を遂げた女性です。このような女性がいたことに対してどのようなことを感じられましたか?
顧客にこびを売らない姿勢がカッコいいですよね。こんなマダムがいたらいいなと思いました。僕もこういう女性、好きですが、ポーカールームに集まる男性みんなが彼女と付き合いたがるのが観ていて面白かったです。あるポジションまで上り詰めたセレブや芸能人たちを楽しませることができたモリーは、間違いなく頭とセンスの良い女性。特に会話のセンスが抜群に素晴らしく、突出していたんだなと思いました。
――ソーキンはキャリアを築くという面で「モリーは女性たちのロールモデルたり得る人物だ」と指摘しています。
そうかもしれません。最近の潮流として、女性主役の映画では、男には頼らないという強い女性が主人公のケースが多いです。例に出すにはやや陳腐ですが、もはや『プリティー・ウーマン』の時代ではない。あの映画の主人公は非常に古典的なヒロインです。誰もリアリティーを感じないし、共感も憧れも持たない。そう考えると、モリーはまさに今の時代を象徴する女性です。新しいヒロインというか。もしかしたら、ヒロインという言葉すら当てはまらない、新しい女性像のように思いました。
――確かに「ヒロイン」という言葉には、どこか男性にぶらさがっているイメージがあります。
早くモリーのような女性を称する新しい言葉が出てくるといいんですけどね。かなりモリーは規格外の、アウトローな女性。生き様がカッコいい女性です。こういう女性が登場する映画の流れを作ったのは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』。あれはもはやマックスではなく、男に頼らない女たちの物語ですから。
――最後に、本作についてwithnews読者にメッセージをお願いします。
セレブたちが集う世界一魅惑的で破滅的なゲームも面白いですし、何よりモリーが自身の人生に何度、逆境が降りかかっても、それをリカバーし起死回生し続けます。そんな彼女の不屈の精神に注目しながら楽しんでほしいと思います。
それとソーキン作品は、王道からわざとハズれていて、他の作品では味わえない面白さがあります。そんな彼ならではの世界を『モリーズ・ゲーム』で体感してみてください。
『モリーズ・ゲーム』5月11日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
オフィシャルサイト:
http://mollysgame.jp/
予告編:
https://youtu.be/BeoGYC_V3qU
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