『ダークナイト』『インセプション』『インターステラー』と新作ごとに圧倒的な映像表現と斬新な世界観で、観る者を驚愕させ、映画史を塗り替えてきたクリストファー・ノーラン監督。彼が初めて史実に挑んだ『ダンケルク』が9月9日からいよいよ公開となる。全米2週連続興行ランキング1位、イギリスでも4週連続1位で、すでにアカデミー賞最有力との声もある。 ーノーラン監督の最高傑作として今、話題沸騰の本作。今回、『のぼうの城』『村上海賊の娘』など相次いで時代小説をヒットさせている人気作家・和田竜さんに本作を観ていただき、率直な感想、魅力に感じたことをうかがった。
プロフィール)
作家/和田竜さん
わだ・りょう/1969年、大阪府生まれ。早稲田大学経済学部卒業。デビュー作『のぼうの城』が第139回直木賞候補作に。同作は映画化され、2012年公開。14年、『村上海賊の娘』で吉川英治文学賞および本屋大賞受賞。『忍びの国』も今年7月に映画化、大ヒットした。
陸・海・空の3つの視点と、3つの時間で繰り広げられた救出作戦
――第二次世界大戦中の出来事、「ダンケルクの戦い」についてはご存じでしたか?
史実そのものについては知りませんでした。ただ、クリストファー・ノーラン監督が実話を描き、しかも、『ダークナイト』で話題になった超高画質のIMAXカメラで撮影していると知ってからずっと気になっていて、公開したら絶対、観に行こうと思っていました。
――ノーラン監督の作品はいくつかご覧になっているんですか?
ええ、けっこう好きで、ほとんど観ています。『メメント』(2001年日本公開)などは、すごくストーリー構成が面白くて、映画館に2回ほど足を運びました。
――では今回、映画『ダンケルク』をご覧になっていかがでしたでしょうか?
臨場感と迫力があって、すべてがリアルで面白かった。観客として客観的でいながらも、目の前のスクリーンで繰り広げられる出来事にどっぷりつかっていて、時に呼吸するのも忘れてしまうような映画でした。
どのシーンのどこが良かったということよりも、全体に流れているトーンがずっと頭を押さえつけられているようなんだけど、それが妙に心地良いというか。何とも不思議な魅力に満ちた作品だなあと思いました。
映画の作り方も実に挑戦的でいいですよね。
陸・海・空の3つのストーリーラインが交錯しながら、同時進行していくのですが、陸の兵士たちは1週間、海軍の救出作戦は1日、空を飛ぶ戦闘機は1時間とストーリーラインごとに時間の取り方が違うんです。
その構成の複雑さ、巧妙さが面白いなと。背景説明もセリフも最小限に抑えており、「分かりやすく伝えよう」といった工夫がなされていません。
いまどき珍しいなと思うほど。観る側に対してそういう「不親切」をやってのけるところがチャレンジングだなと思ったし、そこが映画としてのクオリティーの高さを感じさせました。
そして、特定の誰かを英雄的に賛美したりしない、ところも好きです。
だからこそ、強くリアリティーを感じたのだと思います。そうそう、同時に進行するストーリーの時間の取り方が違うという手法は『インセプション』でも使われているんですよね。でも、映画のテイスト、毛色は全然違う。そこがノーラン監督のすごさでもあります。
――本作の題材でもある「ダンケルクの戦い」では、敵に向かうのではなく「撤退」することで兵士を救いました。しかも、兵士を救出したのは市井の人々でした。この撤退戦についてどう思われましたか?
ダンケルクに追い詰められた英仏連合軍の兵士が約40万人。彼らを救出するため、イギリス国内の民間船が総動員された、まさに史上最大の撤退戦ですよね。市井の人々は意思を持ってダンケルクへ向かったわけです。
戦争ものの映画の場合、兵士同士が戦うだけでは、どこか他人事になってしまうとことがあります。でも、ダンケルクの場合、多くの市井の人々が実際に戦争に関わったという事実があるので、それをきちんと描くことで、観る側もこれを自分の物語だと受けとめることができますよね。
この撤退戦は一般の人たちを奮起させる、当時の人の人情にかなった何かがあったのでしょう。
「自分と意見の合わない人は排除する」という人が多い不寛容な現代社会において、正義を振りかざし、悪いやつ、敵を倒すといった戦争映画は安易に作れない。
では、どうするか。僕の『のぼうの城』は、敵にも味方にもそれぞれ事情、言い分があるというのをしっかり描くことで成立させた作品ですが、それ以外のやり方だとやはり「撤退戦」、すなわち徹底して命を救うための戦闘が選択肢の一つになると思います。撤退を邪魔するものは排除するんだけれど、主眼は命を救うこと。今のような世界情勢の中で選ぶ題材にふさわしい。ノーラン監督の慧眼だと思います。
――では、ノーラン監督が今、「ダンケルクの戦い」を映画化した理由も現代の世界情勢を踏まえてのこと?
そんな気がします。こういう世界情勢だからこそ、「撤退戦」はまさに狙いそのものだったのでは。こういう戦闘であれば、現代で描く価値があると考えたのではないかと。
――ノーラン監督は「『ダンケルク』は撤退作戦、逃げていく話なのでサスペンススリラーとしての形をとった。従来の戦争映画は、いかに戦争が恐ろしいかを、時に目を背けたくなる映像で語っていますが、『ダンケルク』はサスペンスなので、背けるどころか、釘付けになるように緊張感を持たせました」と語っています。
確かに他の戦争映画みたいな残忍さはないです。でも、敵がいつ登場するのかわからないという緊迫感が最初から最後まで映像から伝わってくる。そのあたりがサスペンス的ですね。僕ら観ている人間まで、戦場に放り出され、命の危険にさらされているような感じがします。まるで実際に戦闘が起きている場所へ、カメラがポンとそのまま置かれたみたいな、そういう感じのする映画のようにも思いました。
――和田さんも史実を元に小説を書かれています。そういう意味で、今回のノーラン監督にすごく共感する部分もあるのでは?
僕も小説を書く前に、いろいろ史実を調べるわけですが、調べれば調べるほど、あまりドラマチックに誇張せず、史実をそのまま描いたらどうなるだろうと考えるようになる。
案外、そうした方が史実の持つ魅力を表現できるのでは、と思うのです。その方が刺さる人には刺さる。
実際にあった出来事は、僕らが想像して作るものよりも断然、観る者の心を揺さぶるんです。
おそらくノーラン監督もそうだったのではないでしょうか。彼はイギリス人なので、「ダンケルクの戦い」のことは知っていたと思うのです。でも、より具体的にあれこれ調べていくうちに、史実をそのまま描いたほうが、より観る人たちの心に迫るものができると判断されたのではないかと。ジャーナリスティックな視点でこの史実をとらえ、可能な限り客観的に描こうとされたような。映画を観ながらそんなことも感じましたね。
――「ダンケルクの戦い」は、イギリスでは有名ですが、世界的には「ノルマンディー上陸作戦」ほど、知られていません。こうした知られざる史実を描く魅力はどんなところにあるのでしょうか?
例えば、日本史のどこを描こうかという時に、視点としてとらわれがちなのは、日本史の中でどういう意義があったか?ということ。そういう歴史的意義にとらわれ過ぎると見過ごしてしまう小さな史実があります。でも、そっちの方が実は面白い場合もあるし、真実を知るという意味では大切かもしれないということがたくさんあるんです。
関ヶ原なら豊臣から徳川政権に変わる天下分け目の戦いだったとか、応仁の乱ならこれを境に戦国の世が始まったとか。でも僕が、『のぼうの城』で描いた忍城の戦いは歴史的意義は希薄です。
「ダンケルクの戦い」も、「ノルマンディー上陸作戦」ほど大きな歴史的意義はないかもしれない。でも、だからといって見過ごしていい訳ではない、そんな監督の思いもあったのではないでしょうか。
世界中で大ヒットしているのも十分納得できる面白さ!
――本作の主人公の、ダンケルクに取り残される英国兵トミーを演じたフィン・ホワイトヘッドは1年半前まで皿洗いをしながらオーディションに通っていた新人俳優です。その他の若手2人、ハリー・スタイルズ(元ワン・ダイレクション)、トム・グリン=カーニーも映画初出演という新人ばかり。彼らの演技はいかがでしたでしょうか?
本当に顔を知らない新人の若手俳優だったので、実際の戦場にいる兵士を観ているような錯覚に襲われました。先ほども言いましたが、主人公のトミーは特にそんな感じでした。おそらく1940年、戦争に駆り出されたのは彼らぐらいの年齢の若者だったはず。それだけにリアルで臨場感がありましたね。
映画をヒットさせるため、どうしても人気俳優を起用しがちなのですが、あえて無名の役者を主役にするというリスクが取れるところもノーラン監督だからでしょう。
――お話にもあったように陸海空の3つのシーンを緻密な脚本と巧みな編集で見事に映像化した本作ですが、音楽の効果はいかがでしたでしょうか?
音楽は『ダークナイト』と同じハンス・ジマーが担当していますよね! 上映中、ずっと聞こえてくる秒針の音と相まって、見事にこの映画の世界に観る者と投じてくれますね。異常な緊張感は映像の迫力もあると思うのですが、音楽と秒針の力も大きいと思います。
――withnewsは事実をより深掘りするサイトなので、さらにもう一つお聞きします。本作は、イギリスで4週連続1位、全米をはじめ世界中でヒットしています。その要因はズバリ何だと思われますか?
やはりまじめに作っているからだと思います。
今やるならこの題材だし、この題材を描くなら、ヒロイックな印象を抑えて、リアルな印象を残せるように事実だけを伝えるような演出にしている。それは観客にとっての内なる要望でもあり、ノーラン監督はそういうものを察知してこの映画を作った。観客に媚びることなく、むしろ観客の想像力を信頼して。だからヒットしたのでは。
とはいえ、そのリアルさを追求するという点に関してのこだわりは本当にすごい。CGを使わず、本物の戦闘機や駆逐船を使い、爆撃もしているのですから。
僕も映画館の大きなIMAXのスクリーンでもう一度、観に行きます!!
『ダンケルク』9月9日(土)全国ロードショー
オフィシャルサイト:
dunkirk.jp #ダンケルク
予告編:
https://youtu.be/SIWGVzRbxsw
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