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連載

#9 罪と人間

ひとり親で拒食「居場所がない」と苦しむ私を救ったハムスターのリン

ひとり親の40代女性は10年以上、食べて吐いたり、食べることを拒んだりする摂食障害に苦しみました。かつては万引きも。ところが、意外にもハムスターを飼った頃から、事態が好転。食べることを取り戻していきました
ひとり親の40代女性は10年以上、食べて吐いたり、食べることを拒んだりする摂食障害に苦しみました。かつては万引きも。ところが、意外にもハムスターを飼った頃から、事態が好転。食べることを取り戻していきました 出典: Getty Images

目次

ひとり親の40代女性は10年以上、食べて吐いたり、食べることを拒んだりする摂食障害に苦しみました。かつては万引きも。ところが、意外にもハムスターを飼った頃から、事態が好転。食べることを取り戻していきました。

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※この記事には過食嘔吐にまつわる描写があります。

「ダイエット」だった

食べて吐く生活が始まったのは、10年以上も前。30歳の頃でした。

女性は、24歳で息子を出産。間もなく離婚し、シングルマザーに。両親の住む実家に身を寄せました。

身長は154センチ。体重は45キロほどを維持していました。やせ形でしたが、ダイエットを始めました。朝も昼も、ほとんど食事を取らなかったそうです。

広告会社で働いていました。手取りは月16万円。駐車場代、ガソリン代、携帯電話、保険、学費……。自由に使えるのは、月1万円ほど。そうした中で、お金をかけず「美」を武器にしたいとダイエットにいそしんだと言います。

ある晩。午後10時ごろに帰宅しました。家族は寝静まっていたそうです。「何かが憑依したように、『食べたい』という衝動が止まらなくなりました」。カップ麺、菓子パン、コロッケ、バター、かき揚げ――。手当たり次第に食べ、そして吐きました。

身長は154センチ。体重は45キロほどを維持していました。やせ形でしたが、ダイエットを始めました。朝も昼も、ほとんど食事を取らなかったそうです(画像はイメージです)
身長は154センチ。体重は45キロほどを維持していました。やせ形でしたが、ダイエットを始めました。朝も昼も、ほとんど食事を取らなかったそうです(画像はイメージです) 出典: Getty Images

家族には言えなかった

7年ほど経った頃、医療機関を受診。摂食障害と診断されました。

摂食障害は、食事制限で極端にやせる「神経性やせ症」と、発作的に過食が起こる「神経性過食症」に大別されます。年間20万人超が摂食障害で受診しますが、医療機関が把握していない患者も多数いるとみられます。

女性も「食べること」に治療が必要だとは思っていませんでした。インターネット検索でたまたま摂食障害を知り受診したそうです。

ただ、家族には言えませんでした。

両親に罵声を浴びせた

受診後も症状はなかなか改善しませんでした。やがて食事を受け付けなくなりました。わずかでも食べれば必ず吐いたそうです。体重は33キロまで落ち、仕事を辞めました。

拒食の影響か、イライラが募って家族に当たりました。家が散らかっている。頼んだものを買い忘れた。そんな時、両親に「いい加減にしろ、お前ら!」と罵詈雑言を浴びせました。

果てのない暗闇にいるようだった、と振り返ります。死ばかりが頭をよぎり、何度も自分に手をかけました。

食べて吐くことが始まって10年以上が経ち、40代になっていました。

果てのない暗闇にいるようだった、と振り返ります(画像はイメージです)
果てのない暗闇にいるようだった、と振り返ります(画像はイメージです) 出典: Getty Images

ペットを飼い始めた

転機は、1匹のハムスターを飼ったことでした。1年ほど前のことです。

変わるきっかけになればと、ペットを飼うことにしたのです。ハムスターは「リン」と名付けました。

手のひらサイズのリンは、懸命にエサをねだりました。小さな体が、必死に生きようとしているのが伝わったそうです。

エサのアーモンドをあげると、おいしそうに食べました。

女性は、当時も変わらず食べることを拒んでいました。なのに、リンの食べる姿に気持ちが動きました。エサのアーモンド20グラムを口に入れてみました。吐くことはありませんでした。

リンにエサをあげると、おいしそうに食べました=女性提供
リンにエサをあげると、おいしそうに食べました=女性提供

食べることを取り戻した

それから間もなく、摂食障害だと母親に明かしました。

体重が増えた姿を見られることがこわく、話しておこうと決めたのです。「話してくれてありがとう。応援するよ」と母親は言いました。

同じ頃、背骨を折りました。脊椎圧迫骨折で、治療に半年かかりました。「災難。でもチャンスだと思いました」。背中の痛みで、吐こうにも、吐けなかったのです。

ただ、食べて「太る」ことは恐怖でした。まるで水が怖くてプールサイドでおびえる子どものように、体重が増えることに恐怖したそうです。

「出来れば食べずにもう1日過ごしたい。でも逃げられない」。そんな葛藤の日々だったそうです。骨折が治って1年近く経った頃、食べることを取り戻し、吐くのが止まったそうです。体重計は捨てました。

万引き「居場所がほしかった」

息子にも摂食障害だとは明かしました。けれども、伝えていないことがあります。

1年ほど万引きを繰り返していたことです。事情を知る両親には「息子には告げず、墓場に持っていけ」と言われています。

始まりは5年ほど前。焼酎のボトルや常備薬、お歳暮。大型スーパーで週1回ほど万引きをしました。自分では使わない物を万引きして、家族には買ったフリをしました。

家庭に居場所がほしい。家族に必要とされたい。当時はそう思っていました。品物を渡した時の「ありがとう」の言葉がうれしかったと話します。

1年ほどして、店舗の従業員に見つかりました。逮捕はされませんでしたが、警察がやってきて聴取を受けました。「それ以来、万引きはやめました」

息子にも摂食障害だとは明かしました。けれども、伝えていないことがあります。1年ほど万引きを繰り返していたことです(画像はイメージです)
息子にも摂食障害だとは明かしました。けれども、伝えていないことがあります。1年ほど万引きを繰り返していたことです(画像はイメージです) 出典: Getty Images

自信も取り戻した

息子に伝えないことは、罪の意識もあります。ただ、十字架を背負うことも、ひとつの覚悟だと、今は思っています。

少しずつ食べることを取り戻す過程は、自信を取り戻す過程でもありました。息子も無事に高校を卒業。日々の家事もこなし、自分自身が生きることに意味を見いだすことができるようになりました。

笑顔で「ごちそうさま」と言えるようになってきた自分に変化を感じています。

「黒か白か」で自分を追い込んでいましたが、「グレー」も受け入れられるように、景色に彩りを感じられるように、暑さや寒さに体が反応するようになってきました。

食べて吐くことや食べられないことに苦しんでいる人に伝えたいことがあります。「意思が弱いと、どうか自分を責めないでください。そして、迷わず医療機関を受診してください。苦しむあなたは悪くない」

リンは旅立った

今年の5月末。ハムスターのリンは旅立ちました。

早朝、様子を見に行くと動かなくなっていたそうです。まだぬくもりがありました。

両手で亡きがらを包んでいると、次第に涙があふれました。「ありがとう」と「ごめんね」と、そして「なんで」が浮かびました。

業者に依頼して火葬をしました。遺骨は、骨壺とペンダントにおさめてもらいました。

リンが亡くなった後も、うまく食事が取れています。リンに「おかん、もう大丈夫だよ。自信持って!」。そう言われている気がしています。

生前のリン=女性提供
生前のリン=女性提供

摂食障害と万引きの「飢餓感」

摂食障害と万引きの併発について指摘する声もあります。ただ、健康な人でも飢餓状態に陥った場合、判断力が落ち、万引きをしてしまうという実験結果も報告されていて、単純な結びつけは禁物です。

その上で、万引きを繰り返す人2千人以上の治療にあたってきた赤城高原ホスピタル院長の竹村道夫さんが治療した万引き常習者のうち、約3割が摂食障害を併発していました。

両者には「飢餓感」という共通項があるそうです。

竹村さんの万引きの治療は、なりわいとして計画的に盗みを繰り返す人ではなく、衝動的に盗んでしまう人が対象です。そうした人の背景には「心理的な飢餓感」があるそうです。

「認められたい」というような承認欲求に近いものと竹村さんは説明します。摂食障害で窃盗を繰り返した女性も「居場所がない」と感じていました。

摂食障害の場合は、窃盗を繰り返す人の「心理的な飢餓感」に加え、強烈な空腹感という「生理的な飢餓感」があるそうです。

「二つの飢餓感によって、『枯渇恐怖』が生まれます。食べ物、生活用品、身の回りのものがなくなることに加え、お金が減る、評価が下がる、居場所がなくなる。そうした不安が窃盗へとつながっていきます」

専門家とのつながりを

盗みを繰り返す人の中には窃盗症(クレプトマニア)の診断を受ける人もいます。

医学的には、精神疾患の一種と位置づけられています。ギャンブル依存症などのように、行為に依存している状態で、やめるとイライラするなどの「離脱症状」や、より強い刺激を求める「耐性」があるそうです。

竹村さんは「窃盗症が犯罪の免罪符にはならない」と話します。一方で、問題を直視し、回復しようとする姿勢は大切だとします。

治療については、窃盗行為をやめた後の空虚感を埋め戻すことが必要と指摘します。「同じ疾患に苦しむ人、回復した仲間、そして実情を理解した治療者とつながることが必要です」

患者同士が体験を語り合う「集団ミーティング」や、回復が進んだ人の体験を聞く「プライベート・メッセージ」なども治療プログラムになっています。

竹村さんは「孤独の中での回復は困難」と話し、適切な専門家とつながることを求めています。

相談先は

摂食障害全国支援センターの「相談ほっとライン」で全国から相談を受け付けています。

また、宮城、千葉、静岡、福岡の4県には「摂食障害支援拠点病院」があり、電話などでより詳しい地元の医療情報も案内しています。

《摂食障害全国支援センター》
「相談ほっとライン」 047-710-8869(火曜日・木曜日・金曜日の 9時~15時)
https://sessyoku-hotline.jp/
 

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