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コロナ禍で31本の全国ツアー 72歳矢沢永吉が伝えたかったメッセージ
「我々、僕らは、必ず越えていける」
ロックシンガーの矢沢永吉さんは今年、全31本の全国ツアーを完走しました。72歳という年齢を全く感じさせず、2時間超のステージをフル稼働で見せる矢沢さん。コロナ禍、苦境にあえぐ音楽業界の中で「ROCKは止まらない」というメッセージを発し続けました。国民的スターが生まれにくくなった時代、矢沢さんの姿は私たちに何を訴えかけるのでしょうか。(坂本真子)
高校卒業後、音楽を志して上京した矢沢さんが列車を降りたのが、東京ではなく横浜だったことは、自伝「成りあがり」でも語られています。そんな原点の地でもある横浜で12月25日、矢沢永吉全国ツアー2021「I'm back!! ~ROCKは止まらない~」の31本目、最終公演が行われました。
「コロナ、まだ明けていません。でも、ここ一番というときに、必ずこの横浜で歌えるのは、すごく大事なものを感じますね」。ライブ途中のMCで、矢沢さんはこう語っていました。
横浜アリーナを埋めた観客は約1万3千人。2年ぶりのライブを待ち焦がれたファンたちの拍手や手拍子が鳴り響く中、颯爽とステージに登場した矢沢さんは、ジャケットを脱ぎ、サングラスを外して、白いマイクスタンドに手をかけ――。その瞬間、横浜アリーナではなく、小さなライブハウスにいるような一体感に包まれました。
ライブはアンコールを含めて約2時間。「ラスト・シーン」で幕を開けると、矢沢さんは軽やかにステージを歩いてステップを踏み、「YOU」「GET UP」「BIG BEAT」などではすごみのあるシャウトを聴かせます。終盤の「世話がやけるぜ」「JEALOUSY」「PURE GOLD」まで、声量はどんどん増していきました。
一方、この日はクリスマスにしか聴けない名曲「Last Christmas Eve」をはじめ、「愛しているなら」「AZABU」「この海に」などのバラードを、情感豊かに甘く歌い上げました。ささやくような、ちょっとかすれた歌声はとても艶っぽく、かつては男性ファンが9割以上だったのが、今や会場の3分の1近くを女性ファンが占めるようになった理由がわかります。
来年は、ロックバンド「キャロル」でデビューしてから50年、という矢沢さんにとって節目の年です。今回のライブでは、キャロルの「最後の恋人」と「やりきれない気持ち」をギターを弾きながら歌い、1975年のソロデビューアルバムに収録した「恋の列車はリバプール発」などの懐かしい曲も披露。途中のMCでも「来年、矢沢、デビューして50周年迎えます。ありがとう!」とファンに呼びかけました。
2019年の「ROCK MUST GO ON」ツアー以来2年ぶりの全国ツアーは、10月5日の金沢公演から始まり、この日の横浜アリーナまで全31本を完走しました。前回のツアーはのどの不調で2公演が中止され、2020年に予定していた全国ツアーはコロナ禍で中止に。たくさんの悔しい思いを抱えて今回のツアーに臨んだのでは、と想像します。それはライブ中のMCからもうかがえました。
ライブ中は全く感じさせませんが、矢沢さんは今72歳。コロナ禍の中、31本のツアーを完走することは、体力的に決して簡単ではなかったはずです。でも、2時間超の演奏で、矢沢さんがステージにいないのは、ほんの2~3分ずつ数回だけ。プロフェッショナルなエンターテイナーとして観客を楽しませ、ほぼずっと舞台の中央で歌い続ける矢沢さん。全身から発する強烈なエネルギーと、圧倒的な存在感は、若い頃と変わっていないように感じました。
コロナ禍でイベントやコンサートの中止・延期が相次ぎ、配信ライブしかできなかった時期を経て、最近ようやく、感染対策を徹底した上で各会場の収容可能人数の上限まで観客を入れることができるようになってきました。音響や照明を含めてライブに関わる仕事が全くない時期が長かったため、廃業したスタッフもいたと聞きます。
ここ数年、CDの売り上げは激減し、ストリーミングなどのサブスクリプションで音楽を聴く人が増えていますが、アーティスト側が安定した収益を得ることは難しく、コンサートのチケットやグッズの売り上げに支えられていました。その大半がコロナ禍で失われたことも、音楽業界に暗い影を落としています。
そんな中で、矢沢さんは今年7月、公式サイトに「矢沢です。今秋ツアーやります。」と告知。「I'm back!! ~ROCKは止まらない~」というツアー名は、矢沢さんの不屈の精神と、ロックへの揺るぎのない信念を示すもので、コロナ禍で沈みがちなファンたちの心を奮い立たせました。
矢沢さん自身は、2019年9月に発売したアルバム「いつか、その日が来る日まで...」でオリコン週間アルバムランキングの初登場1位を獲得。約6年ぶり、通算9作目の1位であると共に、当時70歳だった矢沢さんは、最年長で1位を獲得したソロアーティストにもなりました。このアルバムからは先行ストリーミング配信された曲もあり、サブスクとCD、両方の特性をうまく生かしています。
振り返れば、昭和のレコードの時代から、令和のストリーミングまで、矢沢さんは音楽と向き合う自分の軸を変えないまま、新しい波をしなやかに取り入れてきました。メガヒットが出にくく、国民的スターも生まれにくくなった時代にあって、長く第一線で活躍し続ける「矢沢永吉」という存在は、唯一無二のものです。そして「僕らは必ず越えていける」という力強い言葉は、多くのファンに勇気を与えました。
矢沢さんのこれまでの歩みが決して順風満帆でなかったことは、2001年発表の自伝「アー・ユー・ハッピー?」などでも語られています。
憧れのロックスターが一人の人間として壁にぶつかり、必死に闘って乗り越え、輝きを取り戻す。その姿にファンは共感し、励まされ、夢を託してきました。背中で生き様を見せてきた矢沢さんの歌は、若い頃よりも深みを増して、ファンの心に響くのではないでしょうか。
アンコールで、矢沢さんは全身白のスーツ姿で白いパナマ帽を被って登場。「サイコーなRock You!」に続いて、最後は定番の「止まらないHa~Ha」へ。恒例のタオル投げも掛け声も禁止という中で、マスク姿の観客たちは両腕を高く振り上げました。
最後まで何度も「ありがとう!」「ロックンロール!」と繰り返した矢沢さん。この二つの言葉に、全ての思いが凝縮されていると感じました。
演奏終了後、BGMに「Last Christmas Eve」が流れる中、開演前の観客の様子や、リハーサル、本番の矢沢さんの姿などの映像が大画面に映し出されました。そして最後に、矢沢さんからのメッセージが。
2002年のシングル「鎖を引きちぎれ」のミュージックビデオで、矢沢さんは2032年、83歳でステージに立つ姿を演じていました。当時のインタビューでは「僕、83歳は歌わない」と話していましたが、今回、横浜アリーナでのライブを見て、10年後も今と変わらず歌っている姿を、私は思い描くことができました。
矢沢永吉は、ボスは、止まらない。
その確信を得たライブでした。
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