連載
#80 コミチ漫画コラボ
「才能がない」どん底にいたマンガ家を引き上げたプレイリスト
音楽の持つ励ます力。当時の記憶に、共感の声が寄せられています
この曲は、どん底にいる人間に向けて歌われている――。恋人に裏切られ、マンガの持ち込みもうまくいかず精神的に病んでいた時、ある音楽に励まされた体験を描いた、さく兵衛さんのマンガが話題を集めています。どんな思いを込めたのか、話を聞きました。
さく兵衛さんが「人生に絶望した」という経験をしたのは4~5年前。大学を卒業後、バイトをしながらマンガを描いて、出版社に持ち込みをしていた頃のことです。
「いま振り返ると陳腐な理由かなぁとも思います。恋人が浮気したり、信じていた友人に裏切られたり……人間関係のいざこざがたたみかけるように起こっていました。持ち込みの結果もふるわなくて『才能がない』と辛辣な評価を下されたことも響いていました」
「寝て忘れたい」という思いで布団にもぐり込みますが、嫌な記憶やつらい気持ちが押し寄せて全然眠れません。深夜に目が覚め、またマイナスなことを考えてしまう悪循環。マンガにとりかかっても筆が進まず、完成しないマンガばかりが溜まっていきました。
音楽を聴くのが好きなさく兵衛さんでしたが、能動的に曲を探して聞く気力もありません。ノートパソコンでYouTubeを自動再生でつけっぱなしにしていたといいます。
すると、ふと流れてきたのがamazarashiの「もう一度」という曲でした。
「『これはまるで自分のことじゃないか!』という衝撃を感じました。水に沈んでいくミュージックビデオも印象的でした」
学生の頃に友人から勧められたamazarashiでしたが、その時はぴんとこなかったというさく兵衛さん。
布団の中でむさぼるようにamazarashiの曲を探して聴きまくりました。
「たとえば『無題』という曲は絵を描く自分に寄り添ってくれるような気がして、『ワンルーム叙事詩』はこれまでの辛い過去を断ち切ってくれるような気がしました」
回復に向けては、「一人でいるとよくない方向にいってしまう」という不安もあり、友人たちにLINEでSOSを出しました。
「でも、会って話して相談する気力はなくて。LINEで『今ちょっとやばい』って伝えて、自分の思いを打ち込んでただ受け止めてもらってました。今の夫もそのひとりです」
少しずつ「布団から出よう」と考えられるようになり、「散歩にいこうかな」という気分にもなってきました。クリニックを予約して、処方薬で夜に眠れるようにしてもらったり、カウンセリングを受けたりして、徐々に心が元気になっていったといいます。
「病院に行くのも、本当にどん底にいる時は無理ですよね。予約をするところからハードルが高くて」と話すさく兵衛さん。元の生活リズムに戻るには1年ほどかかったそうです。
「母が大学生になった日」 pic.twitter.com/N6eQuG0tQA
— さく兵衛@漫画家 (@sakubetaro) February 18, 2021
今回のマンガも「いつか描きたい」とあたためていましたが、募集のお題「わたしのプレイリスト」のテーマにぴったりだと感じて2日ほどで描き上げ、ツイッターにアップしたといいます。
「人生に絶望した時のプレイリスト」 pic.twitter.com/SnxHLmvRMK
— さく兵衛@漫画家 (@sakubetaro) September 5, 2021
いいねは5000件ほど集まり、「共感します」「時を経て名作だったことに気づくことってありますよね」「この曲を初めて知って聞きました」といったコメントが寄せられています。
さく兵衛さんは「周りにあまりamazarashiファンがいなかったので、同じ思いの人がいてうれしかったです」と話します。
ペン入れや色を塗る時など、作業中に音楽を聞くさく兵衛さんにとって、amazarashiは今も「お守り」。落ち込んでいない時も、常に聴くプレイリストに入っているといいます。マンガ『東京喰種トーキョーグール』のアニメのエンディングにも使われた「季節は次々死んでいく」というMVもお気に入りです。
「KingGnuやサカナクションも好きです。どう表現したらいいのかわからないのですが、平沢進さんの曲は『覚醒』するような気がして、作業中ずっと聴いてます。その人にしか表現できない、個性を持った音楽・作品にすごく惹かれます」と話します。
そして、amazarashiが好きになったきっかけである体験を「その時にハマらなかったとしても、自分にそういう経験がなかっただけで、その作品が悪いわけじゃないと気づいた出来事でもありました」と振り返ります。
「『わけ分からなかった』と安易に作品を全否定する人もいますが、タイミングが合わなかっただけかもしれません。年を取ったり語彙力が増えたり、同じような経験をしたりしたら、昔は刺さらなかったものが刺さるようになるかもしれないですよ」
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