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2017年11月23日

「最低な会社の辞め方」残された同僚が「敵」になる時…

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「世間というのは意外と狭い」と語る加藤氏

「世間というのは意外と狭い」と語る加藤氏

 働き方の多様化が叫ばれている今、転職や起業は当たり前のことになりつつあります。三菱商事からアサツーディ・ケイ(ADK)など複数の広告会社を経て、ベンチャー企業を立ち上げた加藤公一レオさんは、辞め方にも作法があると言います。11月23日は勤労感謝の日。加藤さんに「会社の辞め方」について語ってもらいました。

会社の看板に頼らず
仕事ができる人間に

 これまで日本に根づいてきた終身雇用の文化が崩壊しつつある今、様々な理由によって転職を考えている人は多い。もっとチャレンジングな会社で働きたいという人にとって、転職が広く認められている社会は非常にありがたいものだ。

 また起業することに対する認識も大きく変わってきた。こうした起業を応援するような動きについては国も積極的な補助を打ち出すなど、広く世間に受け入れられている。多くの人が当たり前のように転職や起業を考えるようになっているのが今の日本の現状だ。

大企業でも倒産のリスク

 どこかの組織に所属しているということは自分に降りかかる責任が少なくなり“安定”が見込めると思われがちだったが、どれだけ大企業であろうが倒産のリスクは当然ついて回る。本当の意味の“安定”とは、明日もしその会社がなくなったとしても、「ふーん、それで?」といった感じの素知らぬ顔ができるぐらい、個人の名前で仕事ができることだ。もっと言うと会社を辞めた途端、あらゆる企業から引っ張りだこになるような人材である。

 少し前まで、こういう考えだった人はきっと少なかったのだろうが、今となっては、転職は当たり前になったし、起業だってそうだ。組織に属するよりはいっそ自分で会社を立ち上げて、自分で責任を負う代わりにやりたいことをやろう、という人が増えていることはとても良いことだ。

残念な人が後を絶たない

 だがその一方で、残念ながら非常にもったいない「会社の辞め方」をする人も後を絶たない。それはズバリ、「法律的にはいつ辞めても自由でしょ?」という“法律”を盾にして十分な“引き継ぎ期間”を設けず、まるでアルバイトを辞めるかのように仕事を放り出して会社を辞める人たちである!

 結論を言うと、残された仲間への“仁義”を通さずに会社を去る人は、転職や起業しても絶対にうまくいかない!転職や起業を考えている人がいれば、ぜひ最後までこのコラムを読んでいただき、「会社の辞め方」についてしっかりと考えてもらいたい。

「最低な辞め方」とは
“引き継ぎ”が十分なく
“後任への配慮”もない

 では具体的に「最低な辞め方」とはどのようなものなのか。それはズバリ、退職願を出してから退職するまでの期間が極端に短い「会社の辞め方」だ。

 もちろん、労働基準法的には「労働者が自分の意思で辞めたいと思った時は、自由に退職する事が出来る」となっている。理由についても自由で「一身上の都合」で問題ない。会社が退職を認めないと言っても、法律的には一方的に退職することも可能だ。

 「法律的にはいつ辞めても自由でしょ?」と言って、すぐさま会社を辞めようとする人に対し、会社の人事部はそれ以上何も言えなくなることが多い。本当は辞めてほしくない貴重な人材だったとしても、会社の人事部はそれ以上引き留めることが難しいのが現実だ。

1カ月半で引き継ぎができるのか

 だが、あえて言いたい。責任にある役職や、重要案件の担当者であればあるほど、そして優秀な人であればある人ほど、退職までの“引き継ぎ期間”は十分に設けて、“後任への配慮”が必要である!

 非常にまじめで責任あるポジションや役職を任せてきた人、そしてその頑張りを周りからも会社からも評価されてきた人が、例えば月半ばに翌月末で退職したいという退職願を提出してきたら、同じ部署の仲間(上司・先輩・後輩・部下)はどう思うのかを考えるべきだ。退職までの期間がわずか1カ月半で責任ある立場にある人の引き継ぎがどれだけできるのか。1カ月半ではきちんとした引き継ぎが行えないばかりか、後任さえまともに決められない。

残された仲間はサポーターになってくれる

 “法律”を盾にしてどう正当化しようと、後任がいないまま強引に無責任に出ていく選択をしてしまえば、残された仲間には、ひたすら無責任で迷惑な人間として記憶され続ける。数多くの関係者に迷惑をかける「最低な辞め方」なのである。転職先との折り合いなど様々な事情があってその日に決まったのだろうが、転職先の顔色はうかがえても、今の仕事や関係している同じ部署の仲間や顧客、クライアント、取引先のことは考慮できないのかと非常に残念である。

 むしろ転職先の会社の方から「きちんと前の会社で引き継ぎをして、関係を悪くしないで来てください。待ちますから。」と言ってもらえるぐらいのところを選ぶべきである。徹底的にやってから辞めるのと、中途半端に仕事を投げ出して辞めるのとでは、「信用度」がまったく違ってくるのだ。

 徹底的にその仕事をやりきって、同じ職場の仲間を大切にすると、新しい挑戦をするあなたにとって、最大のサポーターになってくれる。そのために、“引き継ぎ期間”を十分に設けて、残された仲間への“仁義”を通すことが必要となってくるのである。

「最低な辞め方」を
転職後のキャリアの
致命的な傷にしない

 これまでお話してきたことは、決して大げさな事を言っているのではない。幸いなことに弊社ではあまりいないが、実際にこういう「最低な辞め方」をしてきた人をネット業界や広告業界でたくさん見てきた。

 私自身は、“夢や目標”から逆算して、何度か転職をしたし起業もした人間だが、どの会社においても“仁義”に反する「最低な辞め方」は絶対にしなかった。これまで私は、会社を退職するときは必ず、“後任を見つけ、しっかりと引き継ぎをして、残される仲間やクライアントが私なき後もスムーズに進むこと”を第一優先した。ちなみに前職であるアサツーディ・ケイ(ADK)を辞める時は、後任が見つかり、100%引き継ぎをするために、退職届から1年間の時間をかけた。残された仲間への“仁義”を通したからこそ、当時の仲間との付き合いは続いている。

世間というのは意外と狭い

 その人に仕事を任せたくなるかどうか、やり抜いてくれるのかどうかといった「信用」を勝ち得るためにも、安易に職場・仕事内容を変えるべきではない。どんな仕事であっても、目の前にあるその仕事をしっかりやり抜くと、必ず新しい学びがある。その一つ一つの学びを重ねることによって、新しいことにチャレンジできるスキルが得られる。そしてチャレンジし続けることで成功体験を得られる。小さな成功体験を積み重ねていくことが、あなた自身の実力につながっていくのである。

 世間というのは意外と狭い。ましてや同じ業界内ならなおさらである。「会社を辞める自由」を主張する人が多いが、わざわざ評判を落としてしまうような振る舞いをしてしまうなんて、とても、もったいないことだと思う。残された仲間への“仁義”を通さず「最低な辞め方」をして、お世話になった仲間への「感謝」「恩義」などを顧みないで会社を辞めた人が、新天地で成功したとの風聞は一切流れてこない。

後任にしっかり仕事を託す

 職場で得た仲間との絆は、なかなか得難い、ありがたいものだ。クサイことを言うようだが同じ苦労をともに乗り越えてきた仲間というのは、同僚の枠を超えた一体感が生まれる。

 この一体感は後にその会社を離れることになったとしても続いていき、ビジネスでもプライベートでも人生を豊かにしてくれる友になる。
 
 そのためには、“引き継ぎ期間”を十分に設けて、後任にしっかり仕事を託すこと。そして、残った仲間から気持ちよく送り出してもらうことが大切だ。「最低な辞め方」をしてしまうと送り出してもらうどころか敵意を植え付けてしまう可能性もある。

人脈・信用・成長

 “夢や目標”を求めて、そして自分の成長や実力を求めて転職や起業をする人へ。繰り返しになるが、お世話になった仲間との去り際はかっこよく、一生の仲間であり続けるような「会社の辞め方」をしてほしい。それが絶対、今後のあなたのビジネスライフにおいて一番大切な人脈・信用・成長につながるからだ。

 転職や起業が当たり前になって、新たなスタートを切るチャンスが多くなった今だからこそ気をつけたい、「会社の辞め方」についてお伝えした。『売れるネット広告社』でも今まで退職者は数人いたが(ちなみに約半分は起業)、私は仲間が去ることは寂しく残念だと思いつつ、彼らの“夢や目標”の達成のために、黙って手続きを進め、私は心から次を応援しながら、気持ち良く送り出すことにしてきた。今でも彼らとたまに飲みに行くような永遠の仲間である。

わだかまりを残さずお別れを

 私が最後に伝えたいことは2つ。「逃げるように辞めるな!」「最後はかっこよく去れ!」ということである。仲間から惜しまれながら、気持ちよく送り出されるように、お互いわだかまりを残さずに気分よくお別れをしよう。そして、あなた自身の転職、起業という選択肢があなた自身の“夢や目標”をかなえる豊かなものにしてほしいと願っている。

     ◇

加藤公一レオ(かとう・こういちれお)1975年、ブラジル・サンパウロ生まれ。アメリカで育ち、西南学院大学を卒業後、大手総合商社の三菱商事入社。大手広告会社のアサツーディ・ケイ(ADK)などを経て、2010年に売れるネット広告社を設立。

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出典:朝日新聞
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