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「これぞ文字通りのバグ!!!」 絵本の〝インク汚れ〟まさかの正体
筆者は「おもしろい」「奇跡」と話しています
この秋発売されたある絵本に、なぞの「インク汚れ」が見つかりました。それも初版の2500部すべてに。「校正段階では見つからなかったのに、どうして……」。そう思った編集者が印刷会社に調査を依頼すると、それはただの「インク汚れ」ではなく、まさかの事実が分かりました。
「インク汚れ」が見つかったのは、東京・巣鴨にある出版社「仮説社」が10月14日に発売した子ども向けの絵本「うに」です。
絵本の舞台は宮城県南三陸町。夏休み、祖父母の家に遊びに来た「ぼく」に、漁師をしている祖父がキタムラサキウニについて話を聞かせてくれるという内容です。
ウニの生態や東日本大震災のときに海で起きていたことなどが細かく描かれています。
「インク汚れ」は、ウニの成長について描かれたページにありました。成長途中のウニの「腕」の先に、何やら濃いピンクがついています。
10月下旬、絵本を編集した荒木三奈さん(35)が、仮説社のサブアカウント(@arikasetu)で「インク汚れ」について写真付きでツイートしました。
ツイートには「これぞ文字通りのバグ!!!」「化石みたいでロマンがあります」「魚拓ならぬ虫拓」「これはレア!」といった驚きのコメントが寄せられました。
すでに購入した人でも「インク汚れ」には気づいていなかったようで、ツイートをきっかけに改めてそのページを見たという人もいました。
一方、「出版関係者や印刷所からすると大問題なんだろうけど」「元印刷営業としてはゾッとする出来事」「楽しんでくれる作家と読者だから良いけど、虫嫌いの人だったら」などと指摘する声もありました。
確かに、関係者としては青ざめる事態かもしれません。
実は、インク汚れに最初に気付いたのは、絵を担当した畑中富美子さんでした。
「完成した本を見て汚れに気付きましたが、虫だとは思いませんでした」と振り返ります。
これまでも髪の毛が紛れ込んだケースは見たことがありますが、「虫」は初めての経験です。内容に大きな影響がないという点が救いでした。
「もしこの汚れがウニの体内にあったら、科学情報がきちんと伝わらず誤解が生じてしまったかもしれません。料理シーンにこの汚れがあっても気持ち良くはありませんね。でも、今回は誤解を生む場所ではないし、意図せずに昆虫が共存していたというのはおもしろいと思いました」
筆者の一人で東北大学大学院農学研究科の青木優和教授は「インク汚れだと思っていたものが『虫』と聞いて、180度印象が変わりました」と話します。
「奇跡ですね。再現しようと思ってもできませんから。おもしろいと楽しんでしまえばいいのではないでしょうか? 始祖鳥の化石みたいですよね」
編集担当の荒木さんも「こんなことがあるのかと、正直ワクワクしました。ただのインク汚れだと思っていたのに急に命を感じ、尊いものに思いました」とポジティブに受け止めています。
そもそも、どうやって「虫」が入ったのでしょうか?
荒木さんによると、誤植などを確認する「校正」の段階では汚れがなく、データを見ても確認できなかったため、印刷会社に原因を調査してもらったそうです。
後日、印刷会社の営業担当から「版を現像機に運ぶまでのベルトコンベア上で、虫が入ってしまったのかもしれません」と説明がありました。
営業担当自身も「虫」という結果に驚き、「話には聞いたことがあったが、実際に経験したのは初めて」と話していたといいます。
絵本は、黒、シアン、マゼンタ、イエローの4色印刷機で印刷していて、それぞれの色で版を作ります。
今回の汚れは濃いピンク色だったので、マゼンタの版に何らかの形で虫が乗ってしまったそうです。
普段から異物の混入には細心の注意を払っていますが、コロナ禍で換気の回数が増えていたことも、虫が入ってしまった原因の一つではないかということでした。
虫の種類について、ツイッター上ではシルエットから蚊や小さなハエと推測されていますが、特定はできていないそうです。
説明を聞いた荒木さんは、「事故の側面が大きく、奇跡的なことなのだと思いました」と話します。
印刷工場では、適宜オペレーターが印刷された現物を見て、汚れなどがないか確認をします。
しかし、今回は「インク汚れ」が着いた場所も絶妙でした。
荒木さんは「見つけてほしかったという気持ちもありますが、明らかな汚れなのか、ウニの絵に関係するものなのか、果たして判断がついたかというと難しいかもしれません」ともおもんぱかります。
書籍に大きな間違いや汚れなどミスがあった場合、「回収」されることもあります。ツイートでも、「自主回収・廃棄にならないことを願います」などと懸念する声が上がりました。
しかし、荒木さんは「汚れは汚れですが本文に影響はなく、回収するほどではないと判断しました」と話します。
印刷会社の担当者から謝罪を受けた後、荒木さんは「この汚れの正体をツイートで紹介させてください」と伝えたそうです。
「ここで一生を終えた虫がいる。ただの印刷ミスとして誰にも知られないままではなく、本を読んでくれた人がおもしろがってくれたらいいな」
そう思い、冒頭のツイートをしました。
荒木さんがポジティブでいられる背景には、入社3年目での苦い経験がありました。
初めて担当した生き物図鑑で、「アブラミミズ」として掲載した写真が「ミズミミズ」だったというミスをしたそうです。
「読者から指摘があり、真っ青になって焦りました。それこそ回収しないといけないのか、費用はいくらかかるのか、どう謝罪すればいいんだろうと頭を抱えていて……」
そんなとき、前社長の竹内三郎さん(81)に、「どうして謝るの? ごめんなさいじゃなくてありがとうだよ。完璧な本なんてないんだから、間違いを見つけてくれてありがとう、次で直します、でいいんだよ」と声を掛けられ、一気に肩の力がぬけたそうです。
「『出版した後でもどんどん更新していけばいいんだよ』と言われ、とてもほっとしました。もちろん間違いはないに越したことはありませんし、校正で手を抜くことはありませんが、ミスへの考え方が変わりました」と荒木さんは振り返ります。
今回の「インク汚れ」について竹内前社長に取材をすると、「計画してもできないことですから、感動しましたよ」と笑いながらおおらかに話してくれました。
「60年出版業に携わっていますが、一度も経験はありません。インクが付いた場所もいいですね。子どもに虫眼鏡で見せて観察したら、1冊分以上の価値があると思います」
「もちろん褒められることではありませんが、おもしろい失敗です。私はすごく誇らしく思いますよ」
絵本「うに」は、小学校低学年以上を対象にした本で、現在も初版が書店などに並んでいるそうです。
初版2500部すべてに「インク汚れ」が印刷されていますが、増刷となった場合は「インク汚れ」のない本来の姿に「更新」されます。
初版すべてに印刷されているため絵本の交換はできませんが、昆虫が苦手な人などのために返金は対応するということです。
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