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 朝日新聞社メディア事業本部

市職員として、要約筆記者として、聴こえない人々に情報を届けたい

「筆談をご希望の方はお申し出下さい」。こんな表示を役所の窓口などで見かけることが増えました。自分で書いて伝える筆談と違い、専門的なスキルを学び、文字を使って聞こえない人、聞こえにくい人のコミュニケーションを支援するのが要約筆記者です。三重県四日市市の障害福祉課職員である谷川原佳織さんは、自ら要約筆記者の資格を取得し業務に生かしています。支援の現場で活躍する市職員として、業務への思いを伺いました。

プロフィル

谷川原佳織(たにがわら かおり)さん

三重県四日市市健康福祉部障害福祉課職員/要約筆記者(パソコン、手書き)。
1992年、岐阜県生まれ。2018年、四日市市役所に入職。2020年、要約筆記者認定試験に合格。現在、要約筆記者資格をもつ唯一の正職員として、要約筆記者派遣におけるコーディネート業務、養成講座運営などを担当している。

「仕事のために」始めた要約筆記

谷川原さんが要約筆記者を志したのは、「仕事」がきっかけでした。2018年に四日市市役所に入職し障害福祉課に配属されると、翌年春、要約筆記者の養成や派遣業務を担当することなりました。「それまで『要約筆記』にふれたこともなく、言葉も知りませんでした。でも担当する以上、わからないままではいられません。それなら自分も要約筆記者の資格を取ればいいのでは、と考えました」と当時を振り返ります。

要約筆記とは、聞こえない、聞こえにくい人のために、話された内容をその場で要旨が伝わるように的確に要約し文字で伝えるコミュニケーション方法で、手話ができない聴覚障害者にとっては大事な意思疎通手段です。資格には手書きとパソコンの2種類があり、聞こえない人の横で書いたものを見てもらったり、講演会などでスクリーンに投影したりして情報を伝えます。

谷川原さんは、2019年6月に開講する四日市市の要約筆記者養成講座の準備や運営を進める一方、同時に受講生として講義や実習を受けました。要約筆記担当としての業務は、手話通訳者と要約筆記者の資格を持つ嘱託職員の方たちの協力も得ながら進めたそうです。業務と並行しながら約6カ月間の養成講座を修了し、合格率が3割前後とされる「全国統一要約筆記者認定試験」を受け、手書きとパソコンの両部門で合格しました。以降、要約筆記者の資格を持った唯一の市の正職員として、意思疎通支援業務にあたってきました。

こまやかに気配りしながら、利用者と要約筆記者をつなぐ

谷川原さんは市の担当者として要約筆記者派遣のコーディネートもしています。派遣を希望するイベントの主催者や、登録している要約筆記者、個人の利用者など、多方面との調整が必要になります。

派遣依頼の大半を占める講演会や研修会などでの要約筆記は、講演内容などをパソコンで入力しスクリーンに投影します。入力作業は4人一組のチームが担当し、交代で作業します。そのため、要約筆記者それぞれの習熟度や詳しい分野を考慮してメンバーを選ぶ必要があるなど、細部にまで気を配らなくてはならない仕事です。

個人からの依頼の場合は、ほとんどが病院の受診だそうです。医療のシーンでは話がわからないまま何かを決めてしまうと、取り返しがつきません。例えば治療方針などについて「情報を確実に伝え、選択肢それぞれのメリット、デメリットを理解した上で、ご本人が選んで決めるのが理想だと思います」と谷川原さんは話します。

資格をもった市職員だからこその取り組み

障害福祉課の窓口で。担当者の話した内容を要約して書き込み、隣の相談者に伝える谷川原佳織さん(左)

要約筆記を必要とする人が来庁した際や、関係機関との連携が必要な場合には、谷川原さんも現場で要約筆記者として活動します。フットワーク軽く対応できるのは、市役所で働いている職員ならではの強みでしょう。

市が主催するイベント開催の際には、谷川原さんは障害福祉課の職員として、主催する部署に情報保障として要約筆記を準備することの必要性を伝え続けてきました。手話通訳は知っていても要約筆記の必要性はそこまで感じていなかった部署もありますが、聴覚に障害を持つ人の中には、手話で意思疎通ができない人もいることなどを粘り強く伝えることで、要約筆記者派遣の依頼が少しずつ増えていきました。

「まずは知ってもらうことからです」と地道に呼びかけてきた成果が実を結び、四日市市役所においては情報保障として手話と要約筆記を手配することが推奨されるようになりました。

要約筆記を学び、世界の見え方が変わった

谷川原さんは要約筆記を学んでから街を歩くときの視点が変わったといいます。
「それまで何げなく見ていた風景でも、音声情報だけで伝えられていることが結構多いんだなと知りました。ここに字幕があったらいいのではないか、あそこにも文字情報が必要ではないかと考えるようになりました」

また、要約筆記を通して市職員としても、当事者の事情に合わせたコミュニケーション手段を提供する大切さに気づいたといいます。「要約筆記を知る前は、耳が聞こえない人なら手話で、聞こえにくいと言われたら、耳元で大きな声で話せばいいのかなどと漠然と思っていました。しかし、実際には、手話だけではなく、筆談の方が慣れている方もいれば、最近だと音声認識ソフトを使って会話する方、もちろん情報保障の一つとして要約筆記を使う方もおられる。聞こえにくさは人それぞれで違い、それぞれに最適な方法があるので、画一的な対応をしないように心がけています」

世代を問わず要約筆記の存在を知って欲しい

要約筆記者の派遣を個人で依頼する人の多くは、高齢の聴覚障害者です。若い聴覚障害者には、要約筆記という手段そのものがあまり知られていない現実があります。一方、要約筆記の担い手の中心も高齢者で、若い人は少ないのが実情です。仕事を持ちながら活動するのが難しく、手話と比べると認知度が低いという課題もあります。

「まず世代を問わず要約筆記の存在を知って欲しい」と谷川原さんは願っています。「要約筆記を広め、実際に使ってもらう人を増やす。さらに要約筆記は手話通訳と同じ大事な意思疎通手段であることを知ってもらい担い手の世代を広げ、必要としている人のところへ届けていきたい」

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本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)