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 朝日新聞社メディア事業本部

見えない・聞こえない「盲ろう者」の困難に寄り添う技術の進歩を考える

見えない、聞こえない状態にあることを「盲ろう」と呼びますが、実は日本の法律には「盲ろう」という障害の種別はなく、視覚障害と聴覚障害の重複障害という位置付けになっています。当事者が直面する特有の困難についても、あまり知られていないのが実情です。視覚障害者で、盲ろう者の支援技術を研究する大河内直之さんに、盲ろう者との意思疎通を支えるために必要なことを伺いました。

プロフィル

大河内直之(おおこうち なおゆき)さん

1973年、東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター 特任研究員/視覚障害当事者。先天性緑内障のため、4歳で失明。大学入学をきっかけに、障害を持つ学生のサークル活動に参加。そこで盲ろう者と出会い、点字を活用した盲ろう者支援に携わる。2002年より、現職。主に盲ろう者、視覚障害者の支援技術について研究している。

盲ろう者との出会いで変わった「見えない」ことの意味

盲ろう者との出会いについて話す大河内直之さんの写真

大学時代から盲ろう者の支援に関わっている大河内さんは、自身も視覚障害者です。先天性緑内障のため、4歳で失明しましたが、高校までは地域の学校に通い、他の障害当事者とのつながりは薄かったそうです。そんな大河内さんが盲ろう者と出会ったのは、大学に進学後参加した障害者サークル活動がきっかけでした。

大河内さんが入学した1990年代、大学は障害のある学生にも門戸を開くようになっていたものの、支援の仕組みはまだ不十分で、必要な支援を得るために当事者学生が、大学側と交渉することも多かったそうです。聴覚、視覚、肢体障害など様々な障害を持つ学生との交流は新鮮な体験だったと大河内さんは振り返ります。視覚障害者向けに触って学ぶ手話の講習会などもあり、多様なコミュニケーションの方法に興味を持ったそうです。

そうした活動の中で、視覚と聴覚の障害を併せ持つ「盲ろう者」との交流会に参加したことから、支援にも携わるようになりました。盲ろう者のコミュニケーションには、点字を使用する場合があり、点字ができる大河内さんは学生ながら多くの現場に呼ばれ、「重宝されました」と笑います。

当時、現場でよく使われていた支援機器のひとつが、「ブリスタ」と呼ばれるドイツ製の点字タイプライターでした。学校の授業や講演会などで、話された内容を通訳者がタイプすると紙テープに点字が打ち出され、それを盲ろう当事者が読み取っていきます。点字による同時通訳的な使い方ができるほか、1本のテープに30分ほど話した内容が記録できるので、議事録のように保存することもできるそうです。

点字タイプライターブリスタの写真
ブリスタと呼ばれる点字タイプライター。ドイツ製で、裁判などの速記録用に使われていたものを日本では盲ろう者の点字筆記通訳に応用した

盲ろう者支援に関わる中で大河内さんは、自身の障害に対するとらえ方も変化した、と振り返ります。それまで、自身は「支援される側」だと考えていましたが、仲間として盲ろう者と接するうちに、「支援されるだけ、するだけの人はいない」ことに気づき、「お互い様」の関係なのだと思うようになった、と言います。「『見えない』ことは障害ではなく自分の特性なのだと、盲ろうの方から教えてもらったように思います」

ニーズに合わせ、「盲ろう」特有の困難を支援

「盲ろう者であることは、視覚と聴覚に障害を持つ人というだけではありません。『盲ろう』という特有の困難が発生します」と大河内さんは言います。

例えば、私たちは街を歩く時、目に入る看板、文字、風景、そして人の話し声や車の音といった情報を何げなく受け取って判断しています。しかし、盲ろう者の場合、何が起こっているのか、その状況を含めて通訳者が伝えない限り、わからないままです。

また、盲ろう者自身が自立して情報をやりとりできるようになったのは、わずかこの20年ほどに過ぎないそうです。それまでは通訳・介助者に来てもらえない限り、電話もファクスも使うことができませんでした。テレビやラジオ、新聞が伝えるニュースも、その内容を自分から知ることは困難だったと大河内さんは解説します。

「10年ほど前、盲ろう者団体によって発見された独り暮らしの盲ろうの高齢者は、元号が平成になっていることを知りませんでした。もともと耳が聞こえず手話を使っていたそうですが、視力を失い、家族との関係も切れ、ホームヘルパーと最低限のコミュニケーションだけで暮らしていたようです。極端な例に思えるかも知れませんが、意思の疎通が図れず、社会的資源とのつながりが断たれてしまうと、こうした過酷な状況に盲ろう者は陥ってしまう可能性があります」

さらに、盲ろう者支援の難しさは、ベースとなる障害や習得しているコミュニケーション方法により、その人のニーズや適した支援方法が変わることだとも指摘します。

手話を主なコミュニケーションツールとする聴覚障害者が視覚を失った場合は、手話の手の形を触って伝える「触(しょく)手話」といった方法があります。また、視覚障害を先に発症した人には、両手の人差指・中指・薬指の計6本の指を点字タイプライターのキーに見立てて言葉を伝える「指点字」といった手段があります。

ほかにも、手のひらなどに文字を書いて伝える「手のひら書き」や、指の形で五十音やアルファベットを伝える「指文字」といった方法もあります。当事者の聞こえ方や見え方に合わせて、音声や文字、身ぶりなども組み合わせながら、支援者は最も適切な方法を選ぶ必要があります。

情報入手やコミュニケーションを支える支援技術の進化

ブリスタを打つ大河内直之さんと点字テープを読む人の写真
ブリスタを使った点字通訳の様子を再現。大河内直之さん(左)がタイプを打つと、紙テープに点字が印字され、隣の盲ろう当事者が読み取っていく

盲ろう者のコミュニケーション方法はICT(情報通信技術)機器の発達によって大きく変わってきました。その一つに、文字情報へのアクセスとコミュニケーションがあります。

ICT機器がない時代、盲ろう者や視覚障害者が文字情報にアクセスするためには、点訳や対面朗読といった人的なサービスが中心でした。点訳は、通常の文字を点字に翻訳するサービス、対面朗読とは主に図書館などで朗読者が見えない人に対して本を読み聞かせるサービスを指します。さらに、盲ろう者に対する対面朗読には、朗読者の声を指点字やブリスタで通訳するといった支援が必要でした。

しかし、現在は小さなピンが上下に動いて点字を表示し触って読むことができる「点字ディスプレー」が普及し、自動点訳が可能になりました。この結果、メールやインターネットサービス、印刷物や音声データもテキストデータに変換すれば、すぐ点字で読むことができるようになりました。また、点字の入力機能と点字ディスプレー、音声入出力機能などを備えた点字情報端末を使えば、盲ろう者と対面で直接コミュニケーションすることも可能になってきました。

点字情報端末を操作する手元の写真
白色のピンで点字を表示する点字ディスプレーを備えた点字情報端末機器。

さらに2023年9月にリリースされたiphoneのOS17では、日本の盲ろう当事者の働きかけにより、アクセシビリティ機能である「voice over」の日本語点字機能が大幅に強化されるという話題もありました。

大河内さんは「スマートフォンから気軽にアクセスできる環境整備が進んだのは大きな進歩」と語ります。盲ろう者の世界が広がるツールを開発していくためにも、「当事者にとって使いやすいインターフェースを研究するほか、ツールが進化すれば、その分盲ろう者が習得しないといけないことも増えます。使い方を指導する人材育成にも取り組んでいきたい」とも。

大河内さんは、技術の進化やシステム構築が、障害を持つ人の意思疎通や自己決定にもっと役立つことを意識して進んで欲しいと願っています。

「例えば盲ろう者にとって買い物は、支払金額を知り、財布から現金を出しておつりをもらうというハードルが高い行為です。でもキャッシュレス決済が点字ディスプレーに対応すれば、課題解決は大きく進みます。本来、キャッシュレスは、多様な人々にとって便利で有意義なサービスになるものなので、そうした視点をもっと大事にして欲しいと思います」

若い世代の柔軟な発想に期待 選択肢が増える支援を

点字携帯端末を操作している大河内直之さんの写真
点字携帯端末を操作する大河内直之さん

盲ろう者を支援する「全国盲ろう者協会」の調査によると、視覚障害と聴覚障害の身体障害者手帳を取得している人は約14,000人ですが、同協会に登録している盲ろう者は、約1,200人と大きなギャップがあります。

現実には、どんな支援が受けられるのか、どんな支援機器やツールがあるのか、それによって生活がどう改善されるのかも知らずに孤立している盲ろう者が多くいると推測できます。医療や福祉の現場と連携して、より多くの当事者への支援につなげる活動も重要です。

最後に、これからの盲ろう者への意思疎通支援のあり方について大河内さんからメッセージをいただきました。

「これまで意思疎通支援といえば、まず手話や点字を学ばなければ、と考えがちでした。でも今は外国人と会話するのにも、若い世代を中心に翻訳アプリなどの助けを借りてうまくコミュニケーションしていますよね。もっと情報機器やAI、SNSを活用するなど、若者たちの柔軟性に学ぶことで、意思疎通支援の枠組みを広げて、多様な選択肢を一緒に作っていきたいと思います」

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本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)