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 朝日新聞社メディア事業本部

「その先に広い世界がある」 小雪さんが指点字から学んだコミュニケーションの可能性

目が見えず、耳も聞こえない人との重要なコミュニケーション方法のひとつ「指点字」。この方法を生み出したのは、世界で初めて盲ろう者として大学教授となった福島智・東京大学教授の母、令子さんでした。智さんの生い立ちを描いた映画「桜色の風が咲く」(2022年)で令子さんを演じた小雪さんは、限られたスケジュールの中で「指点字」を習得し、新たな世界に触れることができたと振り返ります。映画を通して出会った智さん、令子さんとのエピソードやコミュニケーションの役割について伺いました。

プロフィル

小雪(こゆき)さん

1976年12月18日生まれ、神奈川県出身。1995年から雑誌の専属モデルやショーで活動し、1998年に俳優デビュー。映画『ラストサムライ』(2003)、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ(05、07、12)はじめ多くの映画、ドラマ、CMに出演。22年には、12年ぶりの主演映画『桜色の風が咲く』が公開。朝ドラ初出演となる現在放送中のNHK朝の連続テレビ小説「ブギウギ」(23)も話題に。地方と東京の2拠点生活で3人の子育てをしながら、俳優として活動中。

いったんは断念するも、「無理してもやるべきだ」と決心

福島家の三男として誕生した智さんは、9歳で両目の視力を、18歳で両耳の聴力を失い、目と耳の両方に障害がある「全盲ろう」になりました。智さんは当時のことを「宇宙空間に一人だけ漂っているような状態だった」と、著書『ぼくの命は言葉とともにある』で表現しています。孤独と絶望感に苦しむ智さんですが、そばにはいつも、母・令子さんをはじめ、家族や盲学校の仲間がいました。智さんが、盲ろう者として国内で初めて、大学進学を果たすまでの18年間の実話を元に描いたのが、2022年に公開された映画『桜色の風が咲く』です。母親の福島令子役を演じた小雪さんですが、実は、2回ほど出演依頼を断念していたと打ち明けます。

「当時、他の作品にも取り組んでいたので、スケジュール的にも厳しく最初はお断りしました。ご健在のご家族をはじめ、この世界を描く責任感を考えると、簡単な気持ちで携わるレベルの仕事ではないと思ったんです。でも、これは世に出していく意味のある作品だという思いはずっと心に残っていました。最終的には自分が無理をしてでもやるべきだと思うに至りました」

セリフや演技の準備に加えて、取り組まないといけなかったのは、神戸出身の福島さんが話す関西弁と点字でした。しかし、撮影開始までの時間は、1週間ほどしかなかったそう。「時間的にマスターするのはどちらかだ」と悩んだ小雪さん。

「出来る限りベストを尽くすので参加させてくださいとお伝えし、点字の習得に集中させてもらいました」

受け手側の感度も求められる「指点字」

点字は、6個の点の組み合わせで成り立っています。その組み合わせで、50音や濁音、句読点を表現します。1週間ほど点字を猛特訓した小雪さんは、さらに「点字タイプライター」の打ち方と「指点字」も勉強しました。点字タイプライターとは、点字を打つための点字紙に、点字を打つ金属製の太い針の点筆で、一つずつ“くぼみ”をつけていく器具です。両手の人さし指、中指、薬指の合計6本を使ってキーを操作します。

映画では、「令子」が自宅で点字タイプライターを打つシーンがあります。小雪さんに時間がないのを理解していた監督の松本准平さんから、打ち方を書いた「カンペ(カンニングペーパー)を出します」と言われたそう。でも、その打診を小雪さんは断りました。

「役を生きる、まっとうするという意味でも吹き替えやカンペを使うことが嫌なので、全部マスターしました。その方が、手元から顔を一連の流れで映すような多角的な撮り方もできますから」

『桜色の風が咲く』©THRONE / KARAVAN Pictures

もう一つ学んだ指点字とは、相手の手の指を点字タイプライターに見立て打つ、令子さんが考案したコミュニケーション方法です。受け手側の手に、発信する側が手首を固定し、指の腹で軽くたたいて言葉を伝えるため、リアルタイムで会話できるのが特徴です。「ふと思いついた」と令子さんが著書『さとしわかるか』で書き記しているように、智さんとの生活の中で偶然生まれた方法です。

指点字を対面で打つ時、発信する側は点字と左右が反転することを考慮しなければなりません。さらに、手首を固定しないとうまく力が入らないため、相手との接触が必須になります。受け手の土台がしっかりしていないと、句読点や濁点などの細かい内容までを読み取ることができないそうです。

撮影期間中、小雪さんが初めて智さんに会って、指点字で会話を交わした時のこと。緊張しながら、手首を固定する際にわずかに接触しただけで、「指が細くて、手が大きくて、背の高い女性で、母ちゃんと違うわ」と言われたそうです。

「智先生はそれぐらい感度が高い方でもあるし、指点字はほんの少し触れただけでも、相手の人となりまでわかってしまうコミュニケーション方法なのだと思います。 私自身、知らない世界に足を踏み入れることが、どれだけ自分の視野を広げてくれるかを深く体感しました」

『桜色の風が咲く』©THRONE / KARAVAN Pictures

指点字が誕生して約40年。現在は指点字の通訳者もいますが、受け手側にも技術と感度が求められるなど難易度が高いため、普及への課題は大きいそうです。でも指点字が広まれば、映画や演劇の鑑賞もできるようになるのではと小雪さんは話します

「無限に広がるコミュニケーションツールの一つだと思っています。指点字を勉強して感じたことは、とにかく上達するには数をこなすしかないということ。でも、言葉を知れば宇宙が広がる。例えば外国の方と、相手の国の言葉でひとことでも会話ができれば、互いの距離が近くなったように感じられませんか? 点字も覚えたら、その先にすごく広い世界があるんですよ」

見よう見まねで点字を覚えた子どもたち

令子さんと同じく、小雪さんは3人の母でもあります。点字や指点字を覚えるにあたり、点字の50音表を自宅のお手洗いに貼ったり、子どもたちに指点字の受け手になってもらったりしたそう。

「子どもは覚えるのが早い。『私の名前を打つから、受けてみて』とお願いをすると、『あ、違う。“こ”が反対』など指摘してくれました。今はNHKの朝ドラの撮影中なのですが、私の役の関西弁もまねています(笑)。点字に関しては、将来、子どもたちが目の不自由な人と出会った時、『これ、ママがやっていたな』など少しでも記憶に残る経験になればと思っています」

撮影中、「令子」を演じる際に意識したことは、「何か問題が起きた時、それと対峙(たいじ)していく強さ。そして、家族を野放しにしているようで、実は見守っている優しさや偉大さです」と小雪さん。「智先生や令子さんが書かれた著書も拝読しましたが、当事者だけではなく、当然家族のみなさんも同じように苦しんでおられました。その上で、日常を乗り越えていくおおらかさや、関西人特有の笑いも、生活の中ににじみ出るように心がけました」

実際、小雪さんが令子さんや智さんにお会いして、一番印象に残っているのはユーモアあふれる姿だったそうです。初めて会った令子さんは、「本当に大それたことをしていただいて……」と感想を述べた後、「こんなに綺麗(きれい)で、現実と違うわ〜」と笑いを取られ、智さんも映画の舞台あいさつでは「実際、(母は)こんなに指が細く、長くない」と会場の笑いを誘ったそう。「見えないご苦労はたくさんあるはずなのに、そんな姿を見せないのがお二人の強さなのだと思います」

この世でなすべきことを知る人の強さ、明るさに学ぶ

「天命を知る方というのは強い。そして、明るい」

そう小雪さんは話します。一般の人が感じる耳鳴りや頭痛の何倍もの不調を感じやすい智さんにとって、体調が悪くて動けない日は多い。それでも、人と会う時は、ほとんど冗談を言っているそうです。舞台あいさつでは、冗談で場を和ませていた智さんですが、「誰しもしんどさを抱えていて、そのしんどさとどう生きていくかのヒントになれば」と話す場面もありました。

「智先生の苦しみ、悲しみ、痛みは計り知れません。だから、言葉にすると重くなり過ぎることもよくわかっていらっしゃる。『しんどさとどう生きるか』。メッセージとしては、その一言に尽きると思います。先生の中には、そのしんどさを明るく陽気に転換して生きていこうという人生の大きなテーマがあるのだと思います。そんな先生に、私たちは本当にいつも勇気づけられて、元気づけられている。障害があるとかないとかではなく、人間力が高いのです」

幸せの根底にある他者との「コミュニケーション」

現在、60歳を迎えた智さんは、東京大学先端科学技術研究センター教授としてバリアフリー研究に取り組み、令子さんは今年、90歳を迎えています。『桜色の風が咲く』の公開から1年が経つ今、小雪さんは改めて思っています。

「この作品が後世にわたって波紋のように広がっていって欲しいと願っています。例えば、小・中・高校での鑑賞を必修にして欲しいくらい。こうした『見えない、聞こえない世界』があり、そこにはどういった表現方法があるのか、障害の有無に関わらず、私たちは知る義務がある。その上で、自分の置かれている環境に立ちかえる必要があると思います。智先生の生き方に触れれば、人生、小さなことで行き詰まってちゃダメだなとも思えるはずです」

知ることで変わっていくために必要なことについて、小雪さんは次のようにも話してくれました。

「生きる上での楽しさや生きがい、幸せの根底には、他者との『対話』があると思います。例えば仕事をして得る報酬は対価ですが、それだけが目的ではないはず。そこで感謝したり、されたりといった思いを互いに伝え循環させていくことで仕事の本当の意味や価値が生まれてくるのではないでしょうか。豊かな人生を送るためにも、誰もが対話やコミュニケーションできる大切さを、お仕事や自分自身の生き方を通して、これからも発信していきたいと思っています」

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本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)