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 朝日新聞社メディア事業本部

伝わった瞬間の喜びは忘れられない 文字で意思疎通を支援する「要約筆記」

耳が聞こえない人とのコミュニーション方法といえば、手話が思い浮かびますが、手話が第一言語ではない聴覚障害者も少なくありません。たとえば、難聴の方や、人生の途中で聞こえに不便が生じた人たちが挙げられます。そうした人たちのために、生活の様々なシーンで、会話の内容などを簡潔に要約し、文字で伝える意思疎通支援が「要約筆記」です。要約筆記者として活動し、その養成にも携わる喜瀬絵里奈さんに、要約筆記に関わるようになったきっかけや、仕事を通して見えてきたことなどを伺いました。

プロフィル

喜瀬絵里奈(きせ えりな)さん

1978年、那覇市生まれ。要約筆記者/沖縄聴覚障害者情報センター勤務。専業主婦から点訳ボランティアに参加。沖縄県の要約筆記者養成講座を修了し、2020年にパソコンを用いた要約筆記者登録試験に合格し、活動を始める。2023年4月から沖縄聴覚障害者情報センターに採用され、要約筆記者の養成や要約筆記の理解啓発活動なども担当している。

大学時代にやってみたかったことに改めて挑戦

――要約筆記をやってみようと思った理由は何でしょうか。

結婚して子どもが生まれてからは、ずっと専業主婦でした。長男が小学校に上がって時間に余裕もできてきて、「何か人の役に立つことをやりたいな」と思った時、たまたま新聞広告で点訳ボランティアの募集を見かけて応募しました。そこで要約筆記の養成講座も受講している方に出会いました。その方の紹介で、軽い気持ちで参加したのがきっかけでした。

――数ある選択肢のなかで、ボランティア活動を選ばれたのはなぜですか。

大学時代、友人から点字のボランティア活動に誘われたことがありました。興味はとてもあったのですが、その時は何となく、あと一歩が踏み出せませんでした。それがずっと頭に残っていたのかもしれません。平日の昼間という点訳ボランティアの活動時間が、ちょうど自分の生活サイクルにも合っていたのも理由のひとつです。

医師の間に立ち、父の選択を支えた要約筆記

沖縄市で開かれた研修会で。3人の要約筆記者が交代で内容を入力します=喜瀬さん提供

――要約筆記を学びはじめて、気がついたことはありますか。

受講当時、加齢性難聴になっていた父とコミュニケーションがうまくいかず、互いに衝突し空気が悪くなってしまうことが度々ありました。聞こえにくい人の中には、「聞こえない」ことを言いたくないから、「聞こえていないけれど、わかったふりをする」ことがあると養成講座で学び、「だからうまく伝わらなかったのか!」と納得しました。聞こえにくくなった人の困難、私自身の要約筆記の理解が進むにつれ、父とのすれ違いも少なくなっていきました。

――どのようなシーンで要約筆記の技術が役に立ったのでしょうか。

病院の診察ですね。医師と父の会話に対し、隣にいる私がどのように関われば、会話をつなげられるか、わかるようになりました。お医者さんが話す内容が理解できれば、父は自分で判断できる状態でした。父自身の思いがあり、私が要約筆記の技術で簡潔に選択肢を伝えることで、父が望む選択をすることができました。聞こえにくさからコミュニケーションに齟齬(そご)が生じ、困難を抱えていた父が、自分で選択できるようになる過程を見ることができて、本当によかったです。そのとき、要約筆記の必要性を強く感じました。

実習と講義を重ね、書いて伝える技術を磨く

パソコン要約筆記では、要約した内容をリアルタイムでスクリーンに表示します(写真の一部を加工しています)=喜瀬さん提供

――どのような生活の場面で要約筆記は使われるのでしょうか。

要約筆記の方法にはパソコンと手書きがあり、依頼されるシーンは少し違います。私がやっているパソコン要約筆記の場合、多くの人が読めるようにスクリーンに投影するので、講演会や会議、研修会などでの依頼が多いです。一方、手書きは依頼者に書いたものを見てもらいながら会話を進めますので、病院の診察、銀行や役所への手続きなどに同行することもあります。

――要約筆記者に求められるスキルはどのようなものですか。

パソコン要約筆記だとタッチタイピングができること、手書きだと同じ大きさで文字を書けることが大事ですね。養成講座は沖縄県の場合、講義と実習を88時間、約10か月間かけて、話し手の意図をつかみ、わかりやすく伝える方法や話に追いつくための技術を学んでいきます。入力スピードが速い人や語彙(ごい)力があって豊かな表現ができる方に向いているとは思いますが、講座で技術をしっかり学び、自己研鑽すれば誰でも上手になると思います。

――どのくらいの速さで文字を書いたり打ったりする必要があるのでしょうか。

手書き要約筆記での書き取りの様子。読み手に負担をかけないよう、文字の大きさをそろえて書くことなどが重要だそう=喜瀬さん提供

アナウンサーが1分で話す速度は300文字~350文字程度といわれています。講座では、パソコンで一分間に120文字、手書きで一分間に60文字書けるようになることが、最初の目標とされます。でも、速ければいいというものでもありません。たとえば視力が落ちてきて、たくさんの文字を読むのはつらい依頼者もいます。話された内容をそのまま書くだけでは、伝わりにくいこともあります。依頼者のニーズや状況を理解して、必要な情報を落とさずに「速く・正しく・読みやすく」書いたり、入力したりすることが大事です。

――今までの要約筆記のお仕事で、「うまくいかなかった」と感じたことはありますか。

毎回お仕事が終わるごとに、反省点が頭に浮かんできます。伝える順番をもっと工夫していれば、依頼者が会議で積極的に発言できたのではないか、もっといい言い換えがあったのではないか、と反省し次に生かしています。

受講生が「難所」を乗り越えられるようサポート

要約筆記者養成講座の講義の様子=喜瀬さん提供

――聴覚障害者情報センターの担当者として、要約筆記者養成講座にも関わっておられますが、どのような点に力をいれていますか。

私自身も経験しましたが、講座を受けている途中で、壁にぶつかって心が折れそうになるときがあります。そんなときでも続けていけるように、講座の雰囲気づくりや環境を整える仕事をしていきたいと思っています。講座の後半で実施される聞こえにくい方への通訳実践が、多くの受講者にとって壁となることが多いようです。自分が書いた内容の反応を隣で感じるので。協力していただいた方は優しく励ましてくれるのですが、受講生は自分に厳しい方が多く、その日は皆さん落ち込んで帰ります。

――苦しいときはどうやって乗り越えるのでしょうか。

講座の雰囲気が、その後も続けられるかどうかの鍵を握ると思います。自分の経験だと仲間の存在が大きかったですね。私が受講した時は20代から60代まで幅広い年齢層の方がいましたが、みな仲がよく、難しい課題がでた時には、みんなで自主練習して励まし合うことで頑張れました。そうした関係が築けるようにサポートしていきたいです。

伝わること、感謝の言葉が何よりの喜び

――要約筆記という仕事の課題や今後の目標は?

要約筆記者という存在そのものの認知度を上げていくことが大事です。現状では養成講座の受講生は大きな増減はしていないのですが、もっと興味を持つ人が増えてほしいですね。また、最近大学で聴覚障害がある学生の学習を支援する「ノートテイク」のボランティアが広まっています。要約筆記のスキルが生かせる部分も多いので、ノートテイクを入門として、大学生の皆さんに興味を持ってもらえたらうれしいです。

――最後に、要約筆記の魅力についてメッセージをお願いします。

依頼者から「ありがとう」と感謝の言葉をいただく瞬間に一番喜びを感じます。私が要約した内容を読んだ依頼者の方が、メモを取っているのに気づくのもうれしいことです。メモしてもらえるのは、内容が相手に伝わり、記録する価値があると感じてもらえた結果だからです。自分が書いて、相手に伝わる喜びは本当に大きいですし、話を要約するスキルはいろいろな場面で役立つと思うので、ぜひ要約筆記にチャレンジしてみてください。

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本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)