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 朝日新聞社メディア事業本部

舞台で手話通訳する田中結夏さん(右) タカハ劇団「美談殺人」:塚田 史香 (撮影)、TA-net (コーディネート)

演劇と手話が大好きな自分にとって最高のステージ 「舞台手話通訳」の世界

近年、誰もが文化や芸術を楽しむことができる社会の基盤づくりが進み、演劇の世界でも字幕や音声ガイド付き公演などが少しずつ増えています。「舞台手話通訳」も、そうした演劇へのアクセシビリティ(利用しやすさ)を高めるため手段の一つです。9月23日は「手話言語の国際デー」。ことし2023年は「世界中のろう者が、どこでも手話言語でコミュニケーション できる社会へ!」(英語原文:A World Where Deaf People Everywhere Can Sign Anywhere!)をテーマに各地で様々なイベントも開かれます。手話を通してステージと客席をつなぐ舞台手話通訳という仕事について、俳優や保育士としても活動する舞台手話通訳者の田中結夏さんに伺いました。

プロフィル

田中結夏(たなか ゆか)さん

1992年、山形県生まれ、埼玉県育ち。俳優/舞台手話通訳者/手話通訳士/保育士。
高校で演劇や舞台芸術を学び、短大に進学し保育士資格を取得。卒業後、座・高円寺劇場創造アカデミー 演技コース在学中に、手話と出会い、舞台手話通訳の道に進む。現在、非常勤で保育士として働きながら、演劇やイベントでの手話通訳を担当する。2023年、舞台・手話・子どもをかけあわせた事業を展開する個人ユニット「となりのきのこ」を立ち上げ、活動中。

「彼女のことが知りたい、話したい」から学び始めた手話

――手話に出会うまでは、どのような道を歩んでこられたのでしょうか。

幼い時に見たミュージカルに衝撃を受けて、幼稚園の時から「ミュージカル俳優になる!」と決めていました(笑)。両親を説得し、舞台芸術科がある高校に進学し、歌とダンスに明け暮れていましたが、オーバートレーニングで前十字靱帯(じんたい)を2度も切るなど膝を痛めてしまいました。夢をかなえるのは難しくなりましたが、それでも演劇をやりたくて悩んでいたとき、高校の恩師に「演劇は人間とは何かを知ることが一番大事だよ」とアドバイスをもらいました。「人間を知るなら、まず子どものことを学ぼう」と自分なりに考えて、保育士資格も取れる短大に進学しました。卒業後に東京の演劇学校に入りましたが、そこで手話に出会ったんです。

――どんな出会いだったのですか?

演劇学校の同級生の中に、ろう者の女性がおられました。役者の経験も長い年上の方でしたが、とにかく魅力的な人だったんです。いつも手話通訳者と一緒に、私たちとコミュニケーションしていましたが、ユーモアのセンスや当意即妙なやりとりがとても巧みな方でした。例えば稽古中、みんな行き詰まってしまい重い雰囲気になった時など、彼女は一瞬でその空気を和やかに変えてくれました。そんな彼女のことをもっと知りたい、仲良くなりたい、と思って会話するようになりましたが、そのうち何より私自身が彼女と同じ言語で直接話したいと強く思うようになりました。

――手話はどうやって学ばれたのですか?

初めは独学でしたが、地域の手話講習会と手話教室とサークルを3カ所掛け持ちして勉強しました。あと今思い返すと、ろう者の皆さんとの「飲み会」も重要な学びの場でしたね。講習会やサークルの後だけでなく、SNSで「手話 飲み会」と検索して、いろいろなところに顔を出していました。教科書では教わらない、日常会話で使う手話は飲み会で覚えたものも多いです。

――舞台手話通訳に関わるようになったきっかけを教えて下さい。

手話の面白さに夢中になっていたころ、ろう者と聴者が共同制作する舞台の演出助手をやってみないかとお話をいただいて、「このチャンスを逃したくない」と決意して、演劇学校をやめました。この作品をきっかけに出会ったろうの役者やスタッフの皆さんとのご縁で舞台と手話の道がつながり、舞台手話通訳という仕事の存在を知りました。その後、NPO法人「シアターアクセシビリティ・ネットワーク」(略称:TA-net)が協力する舞台手話通訳養成講座で学び、修了してからはTA-netの舞台手話通訳チームにも所属しています。手話の勉強も続けて今年、3回目の挑戦で手話通訳士の資格を取りました。

また、舞台手話通訳とは別に舞台に特化した手話通訳として稽古場手話通訳という仕事をさせていただく事もあります。演劇の稽古やリハーサルの現場で「ろう者の俳優/スタッフ」と「聴者の俳優/スタッフ」をつなぐ仕事です。稽古場では「ハケる」「ワラう」といった舞台の専門用語が使われるので、手話通訳者も舞台の知識が必要となりますし、演目の世界観をあらわす独特の言葉や演出家の抽象的な言葉も飛び交うので、どう伝えていくかは毎回試行錯誤しています。

気持ちや思いを伝える「感情」をのせた情報保障

【写真左】舞台の横で通訳する田中さん=東松山市民文化センター「枇杷の家」:佐藤 智(撮影)、TA-net (コーディネート)
【写真右】演じながら通訳する田中さん(左)=タカハ劇団「美談殺人」:塚田 史香 (撮影)、TA-net (コーディネート)

――舞台手話通訳とは、具体的にどんなことをする仕事になりますか?

演劇やミュージカル、音楽ライブなどで、舞台から発信される音情報を手話で伝えるのが役割です。大きく分けると舞台横などに立って動かないで手話通訳するタイプと、ステージの上を移動し、時には役者と同じように演技しながら通訳するタイプがあります。作品によってスタイルは変わりますが、どの役者が話している台詞(せりふ)かわかるように、視線や表情、顔の向きや動き方を変えて通訳するので、一人で何役もやっている感じですね。

――「演じながら通訳する」のはとても難しそうです。

一般的な手話通訳では、通訳者は「黒衣に徹する」ことが重要で、自分を出してはいけないと教わることもあります。でも、舞台手話通訳では、場合によっては、自分なりの表現が求められることもあります。ステージの上で、通訳者でいるだけでは、お芝居の世界の中で「異物」になってしまう恐れもあるからです。かといって、自分を出しすぎてしまっても作品を壊してしまうので、バランスをうまく取る必要があります。私自身は芝居が大好きで、手話も大好きなので、一人で全ての登場人物を演じられる舞台手話通訳者は天職かなと思っています。見た後に、「通訳がわかりやすかった」とほめられるより、「素敵な作品でした」と言ってもらえるのが理想です。

また、舞台手話通訳の仕事は台本を「翻訳」するところから始まりますが、手話への翻訳が難しい言葉やダジャレのような言葉遊びもたくさん出てくるので大変ですね、演出家と相談し、手話を第一言語とするろう者やコーダ(CODA=聴覚障害のある親を持つ聴こえる子ども)の方に監修いただきながら、共同作業でより伝わる表現を探していきます。

手話で伝えるために必要な情報が書き込まれた台本

――舞台芸術の情報保障には、字幕付き上演や台本の貸し出しなどもありますが、舞台手話通訳の強みとは。

情報保障は人それぞれ求めるものが違うので、どれがいいということはなく、選択肢があることが大切です。舞台手話通訳は映画でいえば「吹き替え版」に近いのかなと私は感じています。通訳者の表情などによって、言葉の意味だけでなく「感情」がのった情報保障になります。また、その場で通訳しているので、アドリブにも対応可能な点が特徴です。

――舞台手話通訳者になるには、どういった方法があるのでしょうか。

特別な資格や認定試験などはありませんが、演劇関係団体などが実施する舞台手話通訳養成講座の受講が推奨されています。そして講座修了後は、各人が実際に現場で舞台経験を積んでいくケースが多いです。ただ養成講座は、手話通訳の経験を積まれてきていることを前提に、舞台での通訳スキルを学んでいくものですから、まず手話を学ぶのが第一歩になります。

誰もが当たり前に舞台を楽しめるように

――演劇に舞台手話通訳がつく頻度はどのくらいですか。

少しずつ増えてはいるのですが、舞台手話通訳の存在そのものがまだ知られていないほか、上演予算の関係もあって、舞台手話通訳のつく演劇公演が当たり前、という状況にはなっていません。アメリカやイギリスでは、「ライオンキング」のような人気のロングラン作品などには、舞台手話通訳がついた公演も用意されています。日本でも手話通訳があるなら観劇したいと考えるろう者の方は少なくないはずです。

――舞台手話通訳が「当たり前」の存在になるためには、何が必要だと思いますか?

まず、一人でも多くの方に舞台を体験してもらいたいですね。舞台手話通訳は、何よりろう者のお客様へお届けすることを一番に考えていますが、ろう者だけでなく聴者のお客様にとっても演劇の表現や概念を広げる可能性があることを感じてもらえればと思います。「手話のおかげで作品理解が深まった」といった公演後の感想をもらうことも多く、うれしく感じています。自分にとっても、舞台手話通訳そのものにとっても、「一回一回の公演が次につながっている」ことを実感し、緊張感を持って取り組んでいます。広く伝えるためにSNSで宣伝することも大事ですが、私は知り合った人、仲良くなった人に「今度こういう公演をやるんです」と直接コミュニケーションすることを心がけています。必要な人に情報を届けるために、こうした積み重ねも大切にしていきたいです。

「好き」な気持ちを大切に

タカハ劇団「美談殺人」:塚田 史香 (撮影)、TA-net (コーディネート)

――稽古の段階から本番までの長い期間、作品にかかわる舞台手話通訳はとても大変な仕事ですね。

難しくてつらいと思うことはたくさんあって、心が折れそうなときもあります。でも、手話をやめようと思ったことは、一度もありません。手話を学んでいく中で、多くのろう者の方たちに出会い、助けられて今の私があります。手話という言語を手放すことは、そうした皆さんとの縁を断ち切ってしまう気がします。そんなのは嫌だし、手話が大好きなので何があっても手話をやめることはないです。

――最後に、舞台手話通訳に関心のある人にメッセージをお願いします。

観劇したろう者の方に「作品がよかった」と感想をもらった時には、作品を伝えるいいフィルターになれたとうれしく感じます。舞台手話通訳者を目指す人は、手話通訳者の方が多いですが、演劇と手話どちらから入るのがいいといった、正解のルートはありません。演劇と手話、どちらも「好き」な気持ちが一番大事です。ぜひ、「好き」からトライしてみてください。

10月から田中結夏さんが舞台手話通訳者として全国ツアーに参加する劇団銅鑼「いのちの花」のステージ:劇団銅鑼公式YouTubeより HOME

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本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)