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本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)
広告特集 企画・制作
朝日新聞社メディア事業本部
医療の現場で、多様な意思疎通の手段を確保することは、患者さんの命と安心を支えるためにも欠かせません。三重県四日市市の市立四日市病院では、1990年代から手話通訳担当の正規職員を配置しています。同病院に勤務する助産師から、約10年前に手話通訳担当になり、耳の不自由な患者さんやご家族に寄り添い、医師や看護師との架け橋になってきた、近藤栄子さんにお話をうかがいました。
現在、国内で手話言語通訳者が配置されている病院は約40施設ほどあります(国立大学法人筑波技術大学とNPO法人インフォメーションギャップバスターが実施した2020年度調査事業「病院で働く手話言語通訳者の全国実態調査」から)。病院数は2000年代に入って着実に増えてはいますが、まだまだ空白の地方も多いのが現状です。
その中で市立四日市病院では、地元の聴覚障害者団体からの要望に応える形で、1992年に嘱託職員として手話通訳者の配置をはじめ、1996年からは正規職員を配属してきました。手話通訳者は、来院する聞こえない患者さんや家族に対して、受付、検査から診察、処置、手術、入院、会計に至るまで院内全般の業務にわたって手話でサポートします。
現在の担当者である近藤栄子さんは、2000年から同病院で助産師として働きながら手話通訳の資格を取得しました。前任の担当者の退職に伴い、2010年から同病院の地域連携・医療相談センター「サルビア」で手話通訳業務を担当されています。基本勤務は平日午前8時半から午後5時15分まで。業務の中心は予約外来の患者さんの対応になりますが、もちろん初診で来院した患者さんや急患・入院の場合も必要に応じて手話通訳を担うほか、手話による医療相談なども担当します。対応する件数はほぼ1日1~3件ほど、年間では400件台半ばが平均で、2021年度の対応件数は484件だったそうです。
手話通訳の存在は、聴覚障害者の方々にとって、自分の病状を詳しく伝えられるので安心して受診できるメリットがあります。市立四日市病院は地域の中核的な役割を持つ医療機関であり、近藤さんの役割も広く知られ、信頼関係を築き上げ、院内、地域との連携をはかっているそうです。
「『医の倫理のもと、患者さんの権利と意思を尊重し、心のこもった医療サービスを提供します』という病院憲章に基づいて、聞こえる方も聞こえない方も同じように中立で公平な対応、適切な医療を受けられることが、使命だと思っています。手話通訳は診察がスムーズに進むようにするためにも必要な存在だと思います」と語る近藤さんに、手話との出会いやこれからの目標などをうかがいました。
――近藤さんと手話の出会いについて教えて下さい
20年ほど前、助産師として勤務していた時に、聞こえない妊婦さんが来院され、担当したことがきっかけでした。妊婦さんのパートナーは手話ができる聞こえる方でしたので、受診の際には、パートナーの手話を介して妊婦さんと会話しました。特に不便な点や困ったことがあったわけではありませんが、直接コミュニケーションできてスムーズに会話できれば、妊婦さんも安心できるのではないか、と思い、手話を勉強しようと思いました。
最初から通訳を目指していたわけではありませんが、学ぶ以上はがんばろうと思い、2年で県の手話通訳者試験に合格し、それから4年で国認定の手話通訳士の資格を取得しました。狭き門ではありましたが、学習のモチベーションになったのは、四日市市の手話サークルで出会った仲間の存在でした。職業も年齢も様々な人たちの集まりでしたが、いつも楽しくお互いに学び合えたことが大きかったと思います。
――手話通訳の「やりがい」とはどんなところでしょうか?
自分の持っている技術を生かすことができる、というのが一番大きいと感じています。正規職員として手話通訳を担える職場は少ないので、限られた就職先に採用され任務できることは誇りや自信になります。もちろん、助産師もとてもやりがいのある仕事ですが、手話通訳を専門にして仕事できる環境は本当に少ないのです。なので、前任者の退任に伴い、声をかけていただいた時、貴重なチャンスを大事にしたいと思いました。
また、患者さんやご家族から、感謝の言葉をいただいたり、「手話通訳がいたから四日市病院を選んだ」などと言ってもらえたりした時は、やはりここで働いている存在価値を感じますね。
手話通訳が入ることで、院内でのコミュニケーションが進み、医療への理解が深まることによって、患者さんの自己決定を支えることにつながっていると思います。手話という手段がなければ、聞こえない方の中には、医師から説明を受けている際に、治療や薬の内容など本当はよくわかっていないのに、つい頷(うなず)いてしまうよう場面があったかも知れませんが、手話通訳者がかかわることで「よくわからない」「もっと詳しく説明してほしい」など、ご本人の意思を気軽に伝えられるようになっていると思います。
――病院の手話通訳担当には医療の専門知識や経験などは必要でしょうか?
医療の知識はあった方がいいと思いますが、必須ではないと思います。通訳の仕事を重ねる中で、知識も技術もついてくるので、必ずしも医療者が手話通訳を担わなくても、専門職員が担当することで対応できると思います。ただ、私の場合はもともと病院職員だったので、院内の構造などがわかっていたことは強みにはなりました。
――仕事をしていく上で困難や課題を感じている点はありますか?
やはり「1人しかいない職場」であるが故の難しさは感じることがあります。急患の対応など予定外の依頼で通訳が重なってしまい、お待たせしてしまう時など心苦しさを感じます。また、私が休む際には、交代の通訳を探さなくてはなりません。ちょっとした困りごとや業務改善などで、気軽に相談できる相手がいないことに少し悩んだこともありました。もちろん上司や地域の手話通訳者のネットワークの仲間に相談したり、一緒に考えたりはできるのですが、同僚がいればより安心感につながります。
また、後任者の育成や土日夜間の体制をどうするかという課題もあります。三重県内の認定手話通訳者の数は少なく、手話通訳士は県内で50人ほど、認定手話通訳者を入れても百数十人程度で、今後も通訳担当を確保できるか不安はあります。夜間休日の対応は医師や看護師が筆談で対応しているのが現状です。
人材不足を補うために、遠隔手話通訳や電話リレーサービスなどが四日市でも利用が始まっていますが、やはり手話通訳者が対面で行うことが一番だと思います。補助的にIT技術を活用しても、すべてを置き換えることはできないでしょう。
――最後に、これからの目標や手話を学びたい方にメッセージをお願いします。
手話が言語である、ということを世の中にもっと周知していく必要があると思っています。また病院としては、将来にわたって切れ目なく手話通訳者が配置されている状況を継続していかなくてはなりません。
やはり「継続する」ことが一番大事なことです。手話を学ぶ方、通訳を目指す方も同じです。仕事を持ちながら続けるのは大変ですが、少しずつでも続けてほしいです。手話通訳を仕事とする機会は限られていますが、絶対に必要な仕事ですし、手話ができることが大きな付加価値になるのは間違いありません。手話ができることと、手話通訳ができることは違いますが、いずれにしても、日々の学習を積み重ねていってほしいと思います。学校や講習会を卒業したから終わりではなく、どこかで手話とはずっと繫がっていってもらいたいと願っています。
本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)