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 朝日新聞社メディア事業本部

「この環境をスタンダードに」手話通訳を担う3人が語る明石市の取り組み

聴覚に障害を持つ人にとって重要なコミュニケーション手段のひとつである「手話」。耳が聞こえない方々への情報保障のために手話に取り組む自治体が増えています。中でも明石市はYouTube「あかし手話チャンネル」で、市からのお知らせを月2回配信するなど、先進的な取り組みをしている自治体の一つです。明石市で手話通訳に取り組む米野規子さん、宇野はるこさん、原文子さんの3人に、手話通訳との出会いや、手話をめぐる現状と課題、未来について、お聞きしました。

きっかけは「手話講習会」。偶然の出会いから通訳の道へ

――手話通訳を学ぼうとしたきっかけは何ですか。

原さん(以下原):私は、市役所に事務職として入ったので、最初手話はできませんでした。ただ、窓口対応業務などで、耳が聞こえない方々と接した時、筆談だけでは通じていないことがあることを感じていました。そんな時、偶然、自宅の近くで手話講習会が開かれたので、行ってみたんです。まだ「手話通訳」という言葉も知らず、入ってみたら2年3ヵ月のコースで、そんなに長く講座に通えるのか不安もありましたが、当時手話通訳が少なかったこともあり、手話サークルの活動を続ける中で、周囲の聞こえない方たちが助けてくださり、応援してくれたこともあって、「ここまで来たら手話通訳になるしかない」と思い資格をとりました。

宇野さん(以下宇野):私は民間企業に勤めていました。地元で手話講習会の広報を見つけて、習い事のような感覚で行ったのが最初です。仕事で手話が必要だったわけではなく、「手話とはどんな言葉だろう」と興味を持ったのがきっかけですね。行ってみたら手話は魅力的で、手話通訳の必要性も感じて手話通訳士の資格をとりました。でも、手話通訳のお給料だけでは生活できないので、会社員を続けながら、ボランティアとしてかかわってきました。ボランティアにできることの限界を感じていた時、明石市の手話通訳資格を持つ正規職員募集を知り、試験を受けました。

米野さん(以下米野):大学時代は教員を目指していました。専攻が障害児教育だったので手話サークルに入っていましたが、当時はかじった程度です。でも教員採用試験に落ちてしまい、手話通訳を公務員として募集している自治体があることを知り、応募しました。公務員試験と手話の実技試験だったのですが、たまたま受かってしまったんです。通訳というほど現場に出たこともなく、社会人になるのと同時に手話通訳を始めたので、本当に使い物にならない職員でした。当時は若かったので、これからという目で見てはもらえましたが、耳が聞こえない方から不安や不信をはっきり示されたこともあります。結局その自治体では20年ほど勤めましたが、明石市が市長自ら手話通訳を募集していることを知り、新しい環境でさらなる成長を求めて応募しました。

――明石市での手話通訳のやりがいや特徴について教えてください。

(明石市障害福祉課コミュニケーション推進担当係長の原文子さん)

:やりがいはやはり、聞こえない方たちとコミュニケーションが取れることですね。手話ができる職員がいるから、市役所に来てくれるというのはすごく嬉しいこと。以前は、聞こえない人が窓口に来た時に手話で話すと本当にびっくりされました。メインは普通の事務職なので、手話で話して喜んでもらえたことが励みになりました。手話を覚えてよかったです。

米野:市役所内部のこと、地域のことを知っている通訳者と一緒に仕事ができるのが大きいですね。私はよそからやってきた通訳者ですが、明石ろうあ協会の皆さんも一緒にやっていこうと迎え入れてくださったので、孤立感はありませんでした。それに、上司をはじめ皆さんが、私の希望や仕事のやり方をとても尊重してくれます。状況に応じて新たな仕事が出てくるところが、おもしろくもあり、自分の力でできるだろうかと不安も募りますが、自分の意見を言えて、グループに相談もできる組織なので、環境として本当に恵まれていると感じます。手話通訳が複数人いる上に理解してくれる人がいて、さらに協力してくれる人がいるのが、明石市の強みかと思います。

宇野:市長が手話等の障害者施策にも積極的に取り組んでいるので、様々な部署に話に行っても、理解してもらいやすいです。私自身の仕事は政策部門で施策に関する提案で、手を動かす手話通訳は今はほとんどしていませんが、手話の専門性を政策立案に生かしたいと思っています。

通訳だけでなく、子ども達への出張授業も担当

――普段の業務はどのようにされていますか。

米野:通訳ばかりしているイメージが強いかもしれませんが、一日の業務で半分以上が手話をしていることはそんなに多くありません。手話通訳以外の他の業務をすることも多いのですが、なかなかそこのイメージを持たれにくいです。

――明石市の市立小学校28校の小学4年生、明石市立明石商業高校の生徒を対象に、学校での手話の授業も担当されているそうですね。

米野:小学校での授業は基本的に1回きりなので、手話を楽しんでもらうこと、聞こえない方に対して自分も何かできるんじゃないか、まずは話してみようと思ってもらうことを目標にやっています。具体的には、聞こえない方が地域にいることや手話を含めたコミュニケーション手段について話し、簡単な会話の練習をします。高校生の授業は回数が増えるので、単語数を増やしますが、手話の技術習得というよりは、聴覚障害への理解、そして手話技術への入り口を体験してもらうといった内容です。明石ろうあ協会の、障害のある方も毎回必ず講師として参加しています。

(明石市障害福祉課障害者施策担当係長の米野規子さん)

市役所内でも活発に手話に取り組む

――明石市の手話に関する取り組みは、どのように始まったのでしょうか。

:1994年に職員対象の手話研修が始まりました。2014年度までは、年間を前期後期に分けて、1回1時間半程度かけての研修を、連続10回ほど開催していました。手話ができるようになるかどうかは人それぞれですが、回数が多い分、研修を受ける人は年間20人弱だったと記憶しています。「手話言語を確立するとともに要約筆記・点字・音訳等障害者のコミュニケーション手段の利用を促進する条例」が2015年にできたので、同年度からは90分程度の研修をたくさんの職員に受けてもらおうと、年間100人くらいを対象に実施しています。回数は1回だけですが、聞こえない方のことを学んだり、手話を知ってもらったり、手話が楽しい、必要だと知ってもらうきっかけ作りの研修です。

米野:さらに継続してもらうため「手話検定」への助成があります。この制度は職員のモチベーション維持と、習得した技術の確認につながりました。自分の手話が通じるのかを検定が判定してくれます。自費で参考書を買ったり、検定費を払ったりする人もいますが、補助を受けることで、合格へのプレッシャーや、「あの人が〇級持っているんだったら私もチャレンジしてみよう」といったライバル心が高まりました。市長も早々に2級を取っていたので、それも影響したかも知れません。庁内で手話サークルもできました。使わないと忘れてしまうこともあり、自主的に勉強している人同士でおしゃべりしたいよね、という感じで始まりました。和やかにお昼ごはん食べてその後の15分ほど、聞こえない方にも来てもらって、自己紹介したりゲームをしたり。コロナの前には夜に食事に行くこともあり、そこで手話というコミュニケーションの面白さを感じてもらえたと思います。

将来は職業として目指せる、キャリアパスを描ける手話通訳に

――世の中全体としては、手話通訳の仕事だけでは生活していけないという話もありましたが、明石市ではどのように手話通訳の採用をされているのでしょうか。

宇野:2021年度から福祉職の採用枠に手話通訳士の資格が入りました。福祉職の募集は毎年ありますので、資格を持っている人が試験を受け、いい人がいたら採用するという形を続けていけば、少しずつ増えていくかなと考えています。必ずしも手話通訳を障害福祉課だけに配属する必要はありません。市役所はどこにいても市民と関わりがありますから、様々な部署に、手話で直接対応できる職員が一人ずつでも増えていけば、行政サービスの質の向上につながると思います。東日本大震災の時には、東北の自治体に手話通訳ができる職員がいないところが多く、聞こえない方たちの状態を把握することが難しかったそうです。現状、明石市では複数の手話通訳職員が聴覚に障害のある市民と接しているので、何かあった時には職員が職務として支援にあたれます。手話通訳士を採用する自治体が増えていき、若い人にとってこの資格を持っていれば公務員として働けるとなれば、目指す人も増えていくのではないかと思います。なり手が少ない、手話通訳を担う人材の高齢化といった課題の根っこは同じです。手話通訳を担う人材がキャリアパスを描ける、目指す職業になれば、必ず学びたいと思う若い人が増えてくると思います。

(明石市政策局市長室調整担当課長の宇野はるこさん)

手話通訳は、多様な経験ができる魅力的な仕事

――これから手話を学びたい方にメッセージをお願いします。

米野:手話通訳は手話を通して社会のいろいろな人とつながれる職業です。聞こえない方のためだけではなく、社会全般のコミュニケーションのお手伝いができます。自分の経験できないことを、手話通訳の現場で経験できることが多いので、好奇心の強い人、いろいろな経験をしたい人には魅力的な仕事だと思います。

宇野:手話通訳のおかげで、会社員をしているだけでは出会わない広い世界に連れてきてもらえました。多くの出会いと経験で、視野も少しも広がったのではないかと思います。また、市役所に入って、やはり行政が責任をもつべき業務があると痛感しました。例えば、ご自宅にうかがって家庭の様子を見ながら庁内の他の部署と連携してその方の生活を少しずつ良くするお手伝いをするなど、行政でなければできないことがたくさんあります。条例や制度の策定、意思疎通支援事業の要綱の改正も、自治体の外にいてはできない、大変やりがいのある仕事だと感じています。

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本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)