水道橋博士、『15時17分、パリ行き』とイーストウッド監督を語る。
そして、師匠・北野武との監督との共通点とは
『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』とリアルヒーローの真実の物語を描き続けてきた巨匠クリント・イーストウッド監督最新作にして新境地。2015年に起きたパリ行きの特急列車内で554人の命が狙われた無差別テロ襲撃事件。極限の恐怖と緊張感の中、武装した犯人に立ち向かったのはヨーロッパを旅行中だった3人の心優しき若者たちだった。本作はこの勇敢な当事者3人が主演という前代未聞の試みに挑戦している。3月1日(木)の公開を前に、クリント・イーストウッド監督の大ファンであるお笑い芸人、水道橋博士さんに本作の見どころを深掘りしてもらった。
――『15時17分、パリ行き』は、2015年8月にフランスとベルギーの国境付近を走っていたオランダ・アムステルダム発パリ行き国際特急列車内で、実際に起こった無差別テロ事件をテーマにテロリズムの真実を描いた映画です。最初に、ご覧になった感想からお聞かせください
すごい!!すごかったとしか言いようがない。クリント・イーストウッド監督は87歳にして今なお映画史を切り拓いていますよね。常に最新作で新しいことに挑戦し、しかも、それが彼のフィルモグラフィーで、最高傑作のひとつになってしまうという理想的なサイクルをここのところずっと繰り返しています。
僕は北野武監督、そしてイーストウッド監督の大ファンなんです。自伝も読んでいるので、改めて思うのですが、作品のモチーフに自らの体験を反映してますよね。『ハドソン川の奇跡』も自身が青年期に陸軍に招集された時、サンフランシスコ沖への墜落事故を経験しているからこそ撮っているわけですし、今回の設定も自身の従軍経験が反映されています。また、テロに立ち向かった3人の出身地・サクラメントで監督が青春期を過ごしたことがあったという共通点もありますし。
イーストウッド監督にとって映画と人生は地続き。だからこそ、自分の半生の記憶と体験に似通うことを彼らの物語に見出し、映画に反映しているんでしょう。もちろん、作家性を持つ映画監督は皆そういうものだと思う。北野監督も、どの映画を撮る時も自分の体験をストーリーに巧みに取り入れています。
また、ストーリー展開も素晴らしい。「伏線」の回収が実に見事。脚本が「伏線」を散りばめ、回収しながら進んで行くのですが、本作では、イーストウッド自身の人生の「伏線」をも回収していると思いました。
――本作で驚くのは、テロに立ち向かった当事者たちを本人役で登場させてしまっています
これは過去に前例が全くなかったわけでもないと思いますが、当事者3人を主演というレベルでは本作が初めてかもしれません。僕は3人が当事者だと知って観ているから驚かなかったけれど、知らなかったら何の疑いもなく、本物の役者さんたちだと思ったはず。それぐらい主演の3人は素晴らしかった。なぜ、日常のなかに居る普通の男たちが命を捨てる覚悟でテロリストに立ち向かえたのかが、強烈に伝わってきます。
それ以上に感動したのは、全くの素人を相手に、イーストウッドスタイルのほぼワンテイクで撮り、完ぺきなエンターテインメントに仕上がっていること。それができる演出手腕。この映画は驚嘆に値する傑作だと思います。
――なぜ当事者たちを主役として起用したと思いますか?
イーストウッド監督は、実際に起きたテロ事件の当事者たちを役者として起用することで、ドキュメンタリーと劇映画とのギリギリの境界線を狙おうとしたんでしょう。でも、それは映画監督ならやってみたい夢の一つだと思います。
それとあくまで推測ですが、『ハドソン川の奇跡』の成功があったからではないかと。その前の『アメリカン・スナイパー』から『ハドソン川の奇跡』とリアルヒーローの真実を描き続けてきたイーストウッド監督にとって、今回の『15時17分、パリ行き』で、主役に当事者たちを据えるのはある意味「必然」だったのではないかと思います。実際、彼らが出演することで、見せかけが全くない、真に迫る映画になっています。
――では、イーストウッド監督が本作でテーマにしたことはどんなことだと思われますか?
イーストウッド監督の場合、自身の確たるテーマは70年代、役者として出演した『ダーティハリー』からずっと一貫している気がしています。
彼のテーマというのはズバリ「正義には両義的な意味がある」ということ。そして「撃つ」か「撃たない」かという選択で、「撃つ」のがアメリカンウェイなのだと『ダーティハリー』では伝えていました。そのことを変奏曲のごとく作品によって形を変えアレンジをしながら、何度も演奏しているような人ですね。
――『15時17分、パリ行き』はどんな“変奏曲”だと言えますか?
「正義は行使してこそ正義なんだ」と言っているんだと思います。
暗喩としては、パリ行きの列車には世界中の人が乗り合わせている。そこで無差別テロを起こしたテロリストという悪に対して、自分たちは見過ごすのか、手を出すのか。アメリカという国は、絶対に手を出してその悪に対抗するのだ、ということを歌いあげている映画ですよね。ただ、アメリカという国のことだけを指しているわけではなく、当事者を起用しながら、私たち自身の物語だというのも語っていると思います。
もし、彼らがあの時期に、あのタイミングでアムステルダムからパリに向かうことがなければ、彼らはテロリストに立ち向かうこともなかったわけです。つまり、すべての“if(もしも)”は多層にわたっていて、世界であそこに乗り合わせるなんて一瞬の偶然。でも、映画の中で、まったく違うところから来てあの列車に乗り込み、あの場に居合わせているという感覚が、僕らのリアルな全ての日常の行為として、僕らの何かにかぶさってくる。だから僕自身があそこに乗り合わせている可能性だってあると、リアルに思えてくるのです。
これが想像だけで作られた映画だったら、その感覚が僕ら映画を観る側の人間には生まれないと思う。この映画が事実を基礎に作られているからこそ、「もし、僕があの列車に乗っていたら」という“if”が、観ているすべての人の胸に痛切に響くわけです。見事だと思います。
――映像として印象に残っているシーンなどありますでしょうか
ヨーロッパ各地の自然や町並みも美しく、どこか旅をしているような気分も楽しめます。
特に僕が気になったのはカメラの視線のエロさ。男性だけでなく、女性も十分楽しめるエロティシズムの撮り方になっている箇所がある。エロティシズムがないと映画としてはつまらないこともイーストウッド監督は分かっているんです。まさにそこも職人だなあと思いました。
それと、イーストウッド監督が撮っているのは、やはりすべて「実人生」なんですよ。だから、例えば学校で先生から否定された子どもに対して、母親が子どもを信じるという態度を示す、ささやかなシーンですら、思わず自分の家庭や人生と重ね合わせて感情移入してしまう。
僕は、あくまで本作が実話だと知った上で観ていました。それでも上映中の94分すべてが、あたかも詩のように見える。それは紛れもなくイーストウッド監督が美意識の塊だから。散漫な部分は一切なく、どのシーンを切り取っても普遍性が備わっている。だから観る者の心を打つと思います。
――そんなイーストウッド監督ファンの水道橋さんならではの観点で、特に面白かったのはどんなところでしょうか
もちろんオリジナリティーに溢れているのですが、いくつかのシーンや背景でさまざまな映画の引用をしていることが分かり、それが長年映画を観ている観客には面白く感じると思います。
監督の過去作品で言えば、『インビクタス』で、南アフリカのネルソン・マンデラ大統領をモーガン・フリーマンを主役に迎えて描くのに、27年に及ぶ獄中生活を短いイメージカットで済ませることを批判する人がいましたが、『ショーシャンクの空に』で40年もの獄中生活を送ったフリーマンの姿を映画ファンが脳内補完するから、ボクは大丈夫だと思うのですね(笑)。
軍隊で訓練を受けるシーンは『フルメタルジャケット』。この映画のポスターも途中で出てくるから間違いなく引用していると思う。幼少時の3人のシーンでは『スタンド・バイ・ミー』を想起するし、列車の中のシーンでは『天国と地獄』が思い浮かびました。主人公たちがヨーロッパ旅行の途中で滞在するローマのシーンなんてまさに『ローマの休日』を意識して撮っていますよね。
あとは『ミスティック・リバー』や『ハドソン川の奇跡』など、自分の作品をもう一度、模倣しているところもあると感じましたし、ヨーロッパを横断する列車内で殺人が行われるのは、『オリエント急行殺人事件』ですよ!(笑) 強引すぎるよって(笑)。
イーストウッド監督は人生の中に映画があると言い続けています。本作でもあらゆる過去の名作を感じさせながら、それを示しているんだと思いましたね。観る人の人生にある、たくさんの名作映画を観た経験や記憶もまた、確実に「伏線」となっていき、94分間の中で、その「伏線」の数々を回収できる喜びが味わえるというのも、この映画ならではの醍醐味かもしれません。
――今回、最新作を見てますますイーストウッド監督のすごさを見せつけられたという感じですね
映画という総合芸術において最先端の最長老ですよ。特に素晴らしいと思うのは最高齢にして毎回最高傑作を更新しているところと、上映時間がどんどん短くなっている点も。本当に脚本をそぎ落としているからこそ、要らないと思うシーンがまったくないんです。『ハドソン川の奇跡』もそうだったけど。
――最後に、withnews読者に本作についてのメッセージをお願いします
じゃあ、誰かに語りかえるように喋りますね(笑)。
僕に94分、あなたの時間をください。僕が嘘つきかどうか、観ればわかります。これは、史上最高峰のエンターテインメントです。あなたはアムステルダムからパリ行きの列車に乗り、迫真だが最悪の夢を見る。でも、それが最上の夢だったということを、観終えた後、ヒーローの帰還と共に夢見心地で感じられるはず。さらに映画館から出た瞬間、映画を観たこと、そして実人生があること、ふたつの意味で「生きてて良かった!」と思えるはずです。
余談ですが、僕はイーストウッド監督と師匠の北野武の作風はすごく似ていると思い、いつも比べているので、本作のことも師匠に報告しようと思っています。「殿、これは最後に主人公たちが殿と同じ勲章をもらう映画です」と。殿も、映画の主人公と同じように、フランス政府から最高勲章であるレジオン・ドヌール勲章を芸術部門でもらっているんですよ!(談)
『15時17分、パリ行き』
監督/製作:クリント・イーストウッド
出演:アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーン、ジェナ・フィッシャー、ジュディ・グリア
配給:ワーナー・ブラザース映画
3月1日(木)全国公開
© 2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films(BVI)Limited,RatPac-Dune Entertainment LLC
【参考】
『アメリカン・スナイパー』
アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズ所属のスナイパーであったクリス・カイルは、4度のイラク戦争従軍で多くの戦果を挙げながらも、心に傷を負っていく。クリント・イーストウッド監督。2014年製作。
『ハドソン川の奇跡』
2009年に実際に起こり奇跡的な生還劇として知られるUSエアウェイズ1549便不時着水事故と、サリー機長のその後の知られざる真実を映画化。クリント・イーストウッド監督。2016年製作。
水道橋博士さん/お笑い芸人
すいどうばし・はかせ/1962年岡山県生まれ。86年にビートたけしさんに弟子入り。翌年、玉袋筋太郎さんとお笑いコンビ「浅草キッド」結成。テレビ、ラジオ、舞台を中心に活躍する一方、ライターとして雑誌などのコラムやエッセイも執筆。著書多数。最新刊は『藝人春秋2』(上下巻)。自身が編集長を務める有料メールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』好評配信中。