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#169 鈴木旭の芸人WATCH

欽ちゃん84歳「スポンサーなし・出演料なし」BS番組に挑戦の背景

『仮装大賞』降板発言からの復活とは

コメディアン・司会者として活躍してきた〝欽ちゃん〟こと萩本欽一さん=いずれも河原夏季撮影
コメディアン・司会者として活躍してきた〝欽ちゃん〟こと萩本欽一さん=いずれも河原夏季撮影

目次

昨年10月、84歳でレギュラー番組『9階のハギモトさん!』(BS日テレ)をスタートさせた〝欽ちゃん〟こと萩本欽一さん。今も現役でテレビ番組を作る狙いはどこにあるのか? 「スポンサーなし、出演料なし」で始めた理由とBSで立ち上がった背景、ディレクターとの熱いエピソードなどを、じっくり語ってもらいました。(聞き手:ライター・鈴木旭)

「それやればいい」って背中を押す

<コメディアンの萩本欽一さんは、30代から番組制作に携わり、『欽ちゃんのドンとやってみよう!』(フジテレビ系)や『欽ちゃんのどこまでやるの!』(テレビ朝日系。開始当初はNETテレビ系)といった人気番組を立ち上げてきました。昨年10月に始めた『9階のハギモトさん!』では、20代女性3人とクイズやトークなどを展開。1月31日午後10時からはシーズン2が始まります>

――『9階のハギモトさん!』シーズン2の放送が決定しました。放送枠が4分から30分に伸びますが、こんな企画をやりたいというものはありますか?


「こういうものやりたい」って言うと、余計なプレッシャーになって作りづらいの。私はだいたい30歳になってから番組を作り出したんだけど、あとで振り返って思ったのは「30歳は、コント55号(故・坂上二郎さんとのコンビ)で培ったノウハウで動いてただけ」ということ。

20代は頭を使わず、とにかく言われる通りに飛んで跳ねて。そんなことをしているうちに「何をすればいいか」ってことに気付き始めた。だから、30代は体で覚えたものを頭で作って仕事になった。

――40代は『欽ちゃんの週刊欽曜日』(TBS系)、50代は『よ!大将みっけ』(フジテレビ系)といった番組でお茶の間を沸かせていましたね。

じゃあ「60歳で何する?」って考えても、もうたくさんやってきたしねぇ。それに、テレビを見てると新しい番組が続々と出てくるわけじゃない? 俺からすると、テレビは面白過ぎるの。ずーっと昔から続いてる番組は、面白過ぎるから今もやってるんですよ。でも、そこをどかないと、若い世代は育たない。

私たちコント55号がテレビに出始めたときと違って、若手がやらせてもらえる時間がないわけだから。だから、80代の私は若い人に、「『今の時代に何か面白いものをやりたい』と思ってたんだろ? それやればいい」って伝えて背中を押してるんだよ(笑)。

テレビは、生まれるより育てるほうが先

――ちなみに『9階のハギモトさん!』というタイトルですが、名字をタイトルに入れるって珍しいですよね。

番組を作ってるスタッフが、勝手に決めたの。タイトルってつけたことないんだもん。けど、人が考えるといいね。自分で「欽ちゃんの〇〇」なんて書けないですよ(笑)。全部自分でやろうとしないほうがいい。

俺ね、『仮装大賞』(日本テレビ系)を辞めちゃおうと思って、(2021年、第98回の)本番中にアドリブで「辞めます」って言ったことがあるの(のちに撤回)。コロナ禍で気をつけないといけない状況だったのもあってさ。

しばらくしたら、テレビプロデューサーの土屋敏男さんに「大将(萩本さんの愛称)、何もしないのは良くないですよ」と言われて、YouTubeを勧められたからやってみたわけ。そしたら、すっげーつまんない。

そんなときに日本テレビのディレクター(田中裕樹さん)が「『仮装大賞』を年1本だけやってたらダメだ」って番組制作の話を持ってきた。「本当にやるなら考える」ってちょっと待ってもらってね。そこで気付いたのが、「面白過ぎる番組と張り合うのはつまんない」ってことなんだよね。

テレビの力も弱くなってきたんで、「これはシステム替えだ」と思ったの。Netflixは有料だから畑違いではあるんだけど、映画館とかビデオテープっていう視聴環境をインターネットに変えて成功してるんですよ。だから、スポンサーなし、ギャラ(出演料)なしで育てていける番組なら可能性がありそうだなって。

それで、「僕の考えを理解してくれそうなトコはないかな」と考えてピンときたのが、何の勝負もしてないBSだったわけ(笑)。

――勝負していない場所にこそ鉱脈があると(笑)。

人間は、生まれてきて育てるでしょ? だけどテレビは逆なの。テレビってね、お米と一緒なんですよ。生まれるより、育てるほうが先。「育てる」で実がついて、「生まれる」なんですよ。けど、テレビは生まれてもいないものに、スポンサーをつけてお金をとっている。これが良くない。だって、田植えしただけじゃお金をとらないでしょ?

だから、スポンサーからテレビにお金を払わせないシステムにしようと思って。視聴率30%を超えた『欽ドン!』(『欽ちゃんのドンとやってみよう!』シリーズ/フジテレビ系)も、最初はスポンサーがいなかったんですよ。もともとラジオでやっていたハガキのコーナーを、僕が「テレビでやりたい」と思って持ち込んだ企画だからさ。

結果、予算もないから有名人じゃなくて一般の人に出てもらうことになって、それが成功したの。『9階のハギモトさん!』も同じ仕組みなんですよ。
 

4分番組からスタートした背景

――「スポンサーをつけない番組」の提案はすぐに受け入れられたんですか?

テレビの話を持ってきた田中さんに紹介してもらって、久々に背広を着てBS日テレの顧問・中山良夫さんに会いに行ったのね。そこで企画をプレゼンしたら、「萩本さん、私のテレビ人生でこんなデカい話を持ってきた人はいない。すぐやろう」って言ってくれた。(2025年)5月に行って、「10月から決定!」となったの。

ただ、中山さんはお金の問題だけ渋ったのね。「スポンサーからお金はもらわない」「私のギャラもいりません」ってこと。あと、テレビ局にも迷惑を掛けたくないから、「番組の制作費も全部私が支払います」って伝えたの。

そうしたら、中山さんが「萩本さんがギャラなしで、テレビ局へお金を払ってもらうなんてことはできない」って言うんだよ。結局、そこだけは平行線になって「一旦、保留にしましょう」となった。

その後、日本テレビがスポット(普段は番宣を流すスポンサーに売らない枠)の正味4分で俺の番組を放送しようと提案してきたわけ。「ここは日本テレビが使える時間だから、金はいらない」って。いい話でしょ? だから、いい人に会って、いい言葉が出たらもう成功。あとは、運ですよ。

予定していた3カ月の放送期間が終わりそうになる頃、ふたつの企業から声が掛かったの。ひとつは、「欽ちゃんの応援をいただいて会社をデカくしたい」って話で「えっ、逆スポンサー?」と思って(笑)。そうこうしていたら、次に大きなところから「(スポンサーを)検討中です」って話がきた。

ありがたいよね。人間って恩人のためなら100%頑張るんだよ。「俺はビッグになるぞ」って自分のために頑張ると全部失敗する。それは自分がそうだったからよくわかるの。「あー、ダメだ。もう有名になることは100%ない」とか「夢がなくなったから気が楽だなぁ」とか思い始めた途端にうまくいくもんなんだよね。
 

「俺は大将と絶対番組やるからね!」

――不思議なものですね。

はい。大事なのは、そういう人がいて「ありがてぇ」って思うこと。そうすると、運が飛んできて、いいアイデアが出てくる。『9階のハギモトさん!』の演出(前述の田中さん)だって、私がテレビ全局の番組をやってた頃の最後に出会った若者なんです。

たまたま日本テレビが、「大将。これから10人の若いディレクターが入ってくるから、1回みんなと番組を作って誰が日本テレビを背負うか教えてほしい」と言ってきて、仕事したんだよ。ただ、俺は「一番いい人を言うとほかの9人をガッカリさせるから、一番ダメなやつだけ発表する」って言って、その田中さんを選んだわけ。

そのときに、「私は年齢も離れているから、お前が一人前になったときには辞めてるよ。もう一緒に番組を作ることはない。さよなら」って伝えたわけ。そしたら、俺が『仮装大賞』を辞めるって言った後、田中さんが「大将、何で辞めるんだ! 俺にやらせてくれ」って連絡してきたんですよ。

「俺、もうできねぇんで辞めたんだ」って言っても、「俺は大将と絶対番組やるからね!!」って叫んだんですよ。その後、「俺に仮装大賞の第100回をやらせてくれ!」って言うからさ、「よし、お前のためにやる!」って決めたの。

俺にとっちゃ恩人だな。こんなダメな84歳を引っ張り出してくれたんだもん。ありがてぇ若モンだぁって思う。「俺、こいつについていく」と思ったし、「こいつをデッカくしたい」って気持ちも湧いたよ。

――そんなドラマがあったとは……。『9階のハギモトさん!』のシーズン2が決定した喜びもひとしおですね。

「絶対に成功させたい」と思ってBSで始めてますから(笑)。ありがたいことにそれなりの結果も出てきてさ。

私の経験上、番組の視聴率が20%いくとテレビ局から花束が届くの。30%いくと焼いてあるデカい鯛が3匹くる。『9階のハギモトさん!』はどうかというと、2週間経ったら「高視聴率」って書いた花がきたんだ。4分番組だから、テレビの番組表の枠にはタイトルも出ないのよ? でも、見てくれた人がいっぱいいたみたい。

BS的に言うと、とんでもない数の人が見たんだって。やっぱり俺、何にもないトコが合ってるんだな。『NHK紅白歌合戦』みたいに大勢タレントがいるトコに行くと、すっごい元気がなくなるのね。逆に誰もいないと、すっごい勇気が湧いてくんの。

今の俺、なんか北海道の広々とした草原にね、「ヤッホー!」って叫んでる感じがする。

最初の中山さんの言葉も良かったし、花束がきて今年1月からスポンサーがつくのもありがたいし。もう現時点で30%いってる気分よ。これでスポンサーから「欽ちゃんの番組は、商品の売り上げが伸びる」って感謝されれば、民放が堂々と胸を張ってテレビを作っていける。そこも目指したいよね。
 
萩本欽一(はぎもと・きんいち)さん:1941年生まれ。高校卒業後、浅草での修業を経て、故・坂上二郎さんとのコンビ「コント55号」で人気に。1980年代には、週3本のレギュラー番組が軒並み高視聴率を記録し、合計で100%を超えたことから「視聴率100%男」と呼ばれた。2015年に駒澤大学仏教学部に入学し、2019年に自主退学。1月12日には『欽ちゃん&香取慎吾の第101回全日本仮装大賞』(日本テレビ系)が放送された。

【動画】欽ちゃんがガッカリした大学生の言葉

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