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アナフィラキシー増加…痛みなく「アドレナリン」を投与、進む研究

重症のアレルギー反応「アナフィラキシー」では、アドレナリン投与のために自己注射「エピペン」が使われています。痛みのない投与方法も研究が進んでいるそうです
重症のアレルギー反応「アナフィラキシー」では、アドレナリン投与のために自己注射「エピペン」が使われています。痛みのない投与方法も研究が進んでいるそうです 出典: Getty Images ※画像はイメージです

食物アレルギーと重症のアレルギー反応「アナフィラキシー」が増えています。特効薬と言えるアドレナリンは、即座に使用する方が良いのですが、現在使用されている自己注射は、痛みや恐れから躊躇する方もいます。そこで新しい投与方法として鼻噴霧や舌下投与の開発が進んでいます。(小児科医・堀向健太/ほむほむ先生)

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ほむほむ先生:アレルギー専門医・小児科医の堀向(ほりむかい)健太。Xやブログ、theLetterで医療情報を発信し、「SNS医療のカタチ」で活動する。著書に『小児のギモンとエビデンス』『子どものアトピー性皮膚炎のケア』『ほむほむ先生の小児アレルギー教室』など。

食物アレルギーの人の増加

食物アレルギーをもつ方は、大幅に増えています。

日本において、食物アレルギーを持つひとは、この10年ですべての年齢で増加し、特に6歳未満のお子さんでは1.7倍に増えているそうです[1]。そして英国からの報告では、「アナフィラキシー」を起こし入院される方も増えていると報告されています[2]。

私の外来へご紹介いただく患者さんも、最も多いのは食物アレルギーの患者さんであり、その増加を肌で感じています。

出典: Getty Images ※画像はイメージです

アナフィラキシーとは、呼吸困難、血圧低下、意識消失などを起こし、命に関わることもある重篤なアレルギー反応のことです[3]。

要は、「命に関わる強いアレルギー反応」といえば良いでしょう。

この危険な状態を治療する薬剤が、アドレナリン(エピネフリン)です。ですので、アドレナリンを適切に使用することはとても重要です。

現在、アドレナリンは主に、筋肉注射で使用されています。

アドレナリン筋肉注射は、効果が高く確実に使用することができ、数分で効果を発揮するという大きな利点があります[4]。

アナフィラキシー時にアドレナリンは、症状が起こったらすぐに使用する必要性があります。そのため、病院に受診する前に使用することが勧められます。

しかし最近は、多くの医療関係者の努力もありながらも、救急車の現着時間、そして病院収容までの搬送時間も長くなっています。

2023年の、救急車の現場到着所要時間は全国平均で約10.3分、病院収容所要時間は全国平均約47.2分であり、前年よりも長くなっています[5]。

出典: Getty Images ※画像はイメージです

すなわち、病院に受診する前に、「自分自身で」アドレナリンを使用することが重要になるわけですね。

そこで、「エピペン」という、患者さん自身で自分自身に使用するキットが普及しています。

しかし、「注射」であることは、確実、かつ即座に効果があるという利点もある一方で、問題点もあります。

フランスの薬物監視データベースの分析では、アドレナリン自動注射器(エピペンですね)で起こった問題の多くは、間違って使用した事故だったとされています[6]。すなわち、「使用するべき箇所に打つ前に、自分の手に打ってしまったりする」という事故が起こりえるということです。

そして、注射への恐怖、投与の難しさ、痛み、保管の難しさなど、問題点も指摘されています[7]。

そこでこれらの問題を解決するために、新しい投与方法の研究が進められています。

鼻スプレーや舌の下への投与

新しいアドレナリンの使用方法に関しては、以下のような新しい方法が提案されています[7]。

(1)鼻腔噴霧(鼻スプレー)

鼻腔の血管豊富な粘膜を利用して素早く吸収されます。針を使わないため、患者さんにとって受け入れやすい方法でしょう。
動物実験やヒトを対照にした検討では、筋肉内注射と同等の効果が確認されています。しかし、アナフィラキシー時の鼻粘膜がむくんだ状態でも有効かどうかの研究が必要とされています。

(2) 舌下(ベロの下)

口腔粘膜から吸収されます。動物実験では筋肉内注射と同等の効果が示されている。
人体での臨床試験が進行中で、味の問題や口腔内のむくみの影響についてさらなる研究が必要とされています。

(3)吸入(霧状にして吸い込む)

既存の研究では、効果的な血中濃度を得るには多量の吸入が必要とされています。副作用や使用の難しさから、現時点では実用的ではないとされています。
 

このうち、特に鼻噴霧投与と舌下投与は、使用や保管が簡単で痛みも少なく、有望な方法として注目されています。

これらの新しい方法には、注射針恐怖の軽減、投与が簡単、痛みの軽減、保管が容易といった利点があります。そのうち、開発が先行しているのは鼻噴霧式であり、「neffy」という商品名がつけられています[8]。

「neffy」は、ARS Pharmaceuticals社(カリフォルニア州サンディエゴ)が開発しています。

アドレナリンに加え、吸収促進剤と、投与量調整デバイス(薬物を適切な粒子サイズで均一に鼻粘膜に分布させるためのスプレーデバイス)が同梱されています。

おなじような製剤に、Bryn Pharma社の「NDS1C」などがあります。

これら鼻噴霧アドレナリンの臨床試験では、筋肉注射やエピペンと同等の効果が確認されています[9]。

しかし、鼻噴霧アドレナリンにはまだいくつかの課題も残されています。

出典: Getty Images ※画像はイメージです

たとえば、鼻噴霧アドレナリンには、鼻の刺激、鼻水、頭痛、吐き気といった副作用が報告されています。

さらに、Casaleらは、neffyが筋肉内投与アドレナリンよりも、血圧や心拍数の上昇が大きいことから、高血圧クリーゼのリスクを高める可能性があることを指摘しています[10]。

高血圧クリーゼはアドレナリンのまれな副作用ですが、年齢を問わず発生する可能性があります[11] 。

また、β遮断薬を服用している患者では、アドレナリンによるα作用が強く現れ、重篤な血管収縮を引き起こす可能性があります。

すなわち、鼻噴霧アドレナリンは、「やや効きすぎる」ため、特に高齢者や心血管疾患のある患者において、高血圧クリーゼと頻脈性不整脈のリスクが高まる可能性があるかもしれません[12]。

ですので、これらの病気を持つ方への使用を広げる前に、さらに研究を行う必要性もあるかもしれません。

鼻づまりがあっても効くの?

また、鼻スプレーですので、鼻づまりや鼻水があるときにも有効性が保証されるかどうかは興味がある点です。鼻水でブロックされたり、吸収が遅れたりする可能性がありますから。

そこで最近、健康な成人ボランティア51人を対象に、鼻閉時に鼻スプレーエピネフリンを投与した場合の効果を調査した研究結果が報告されています[13] 。

この研究では、鼻づまり状態では鼻スプレーアドレナリンの吸収は上昇し、筋肉注射によるアドレナリン投与と同等かそれ以上の効果が確認されました。

ただしこの研究は、健康な成人ボランティアを対象としたものです。アナフィラキシーの患者を対象としたものではないため、鼻閉状態における鼻スプレーアドレナリンの有効性を完全に証明するには、さらに研究が必要とされています。

では、風邪をひいて鼻水があるときはどうでしょう。

出典: Getty Images ※画像はイメージです

鼻腔噴霧アドレナリンneffyを実施するときに、上気道感染症(いわゆる風邪)があるかどうかでの検討が行われました。結果として、風邪の有無で、アドレナリン血中濃度の変化に差はなかったそうです。

鼻噴霧アドレナリンは現在、米国食品医薬品局(FDA)の承認待ちで、2024年後半にFDA承認が得られる可能性があるとしています[15] 。

そして、日本でも検討が進んでおり、最近、効果が認められて申請がおこなわれたという報道がありました[16]。

鼻噴霧式アドレナリンは、アナフィラキシーの治療を、より安全で効果的に使うことができるようにするかもしれません。将来的には鼻噴霧式、舌下式などの新しいアナフィラキシー対応薬が広く使われるようになるかもしれませんね。

私も、期待したいと思っています。

アドレナリンの新たな投与方法は? まとめ

食物アレルギーとアナフィラキシーの増加に伴い、アドレナリンを自分自身へ使用する方法の重要性が高まっています。

従来の筋肉注射は重要な方法ですが、問題点もあるため、新しい投与方法として鼻噴霧や舌下投与の開発が進んでいます。

これらの新方法は使いやすさが特徴ですが、効果や安全性についてさらなる研究が必要とされています。

(1)食物アレルギーは日本でも増加しており、特に6歳未満の子供では10年で1.7倍に増えています。アナフィラキシーによる入院も増加しており、迅速なアドレナリン投与が重要です。

(2)新しいアドレナリン投与方法として、鼻噴霧式「neffy」が開発されています。

筋肉注射と同等の効果が確認されており、注射針恐怖の軽減や使用の簡便さが利点ですが、『効きすぎる可能性』から、副作用の懸念もあるのではと考える研究者もいるようです。

(3)鼻づまりや風邪の症状があっても鼻噴霧アドレナリンは効果的に作用することが示されています。
【参考文献】
[1]Yoshisue H, Homma Y, Ito C, Ebisawa M. Prevalence of food allergy increased 1.7 times in the past 10 years among Japanese patients below 6 years of age. Pediatr Allergy Immunol. 2024 Jul;35(7):e14192.

[2]Turner PJ, et al. Increase in anaphylaxis-related hospitalizations but no increase in fatalities: an analysis of United Kingdom national anaphylaxis data, 1992-2012. J Allergy Clin Immunol 2015; 135:956-63.e1.

[3]アナフィラキシーガイドライン2022

[4] Simons FE, Gu X, Simons KJ. Epinephrine absorption in adults: intramuscular versus subcutaneous injection. J Allergy Clin Immunol 2001; 108:871-3.

[5]総務省「令和5年版 救急・救助の現況」の公表
https://www.soumu.go.jp/main_content/000924645.pdf

[6]Pouessel G, Petitpain N, Tanno LK, Gautier S, Society CotAWGotFA. Adverse drug reactions from adrenaline auto-injectors: Analysis of the French pharmacovigilance database. Clinical & Experimental Allergy; n/a.

[7] Boswell B, Rudders SA, Brown JC. Emerging Therapies in Anaphylaxis: Alternatives to Intramuscular Administration of Epinephrine. Curr Allergy Asthma Rep 2021; 21:18.

[8]Ellis AK, Casale TB, Kaliner M, Oppenheimer J, Spergel JM, Fleischer DM, et al. Development of neffy, an Epinephrine Nasal Spray, for Severe Allergic Reactions. Pharmaceutics 2024; 16:811.

[9]Casale TB, Ellis AK, Nowak-Wegrzyn A, Kaliner M, Lowenthal R, Tanimoto S. Pharmacokinetics/pharmacodynamics of epinephrine after single and repeat administration of neffy, EpiPen, and manual intramuscular injection. Journal of Allergy and Clinical Immunology 2023; 152:1587-96.

[10]Casale TB, Ellis AK, Nowak-Wegrzyn A, Kaliner M, Lowenthal R, Tanimoto S. Pharmacokinetics/pharmacodynamics of epinephrine after single and repeat administration of neffy, EpiPen, and manual intramuscular injection. Journal of Allergy and Clinical Immunology 2023; 152:1587-96.

[11]Campbell RL, Bellolio MF, Knutson BD, Bellamkonda VR, Fedko MG, Nestler DM, et al. Epinephrine in Anaphylaxis: Higher Risk of Cardiovascular Complications and Overdose After Administration of Intravenous Bolus Epinephrine Compared with Intramuscular Epinephrine. The Journal of Allergy and Clinical Immunology: In Practice 2015; 3:76-80.

[12] Lee B, Gauld R, Kim H. The risk of severe adverse reactions to neffy intranasal epinephrine spray. J Allergy Clin Immunol 2024; 153:535-6.

[13]Dworaczyk DA, Hunt A, Di Spirito M, Lor M, Rance K, van Haarst AD. Randomized trial of pharmacokinetic and pharmacodynamic effects of 13.2 mg intranasal epinephrine treatment in congestion. Ann Allergy Asthma Immunol 2024.

[14]Oppenheimer J, Casale TB, Camargo CA, Fleischer DM, Bernstein D, Lowenthal R, et al. Upper respiratory tract infections have minimal impact on neffy’s pharmacokinetics or pharmacodynamics. The Journal of Allergy and Clinical Immunology: In Practice 2024.

[15] Epinephrine Nasal Sprays Aim for FDA Approval
https://allergyasthmanetwork.org/news/epinephrine-nasal-spray-for-anaphylaxis/

[16] NHK:「アナフィラキシー」に鼻にスプレーするタイプの薬で効果確認
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240730/k10014529001000.html?s=09

※様々なジャンルの「プロ書き手」によるニュースレターが配信される「theLetter」で配信された『ほむほむ先生の医学通信』を編集しました。
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