連載
#77 イーハトーブの空を見上げて
おいしいものは「くるみの味」 〝和くるみ〟で作った郷土料理の味は

連載
#77 イーハトーブの空を見上げて
Hideyuki Miura 朝日新聞記者、ルポライター
共同編集記者「くるみの味がする……」。
取材で訪れた北上山地で、元養蚕農家の高齢男性と食事をしていた際、そんな感想を聞いて驚いた。
その時食べていたものがくるみや木の実ではなく、貝だったからである。
聞くと、この地方ではまんじゅうでもサンマでも、おいしいものはみな「くるみの味」と表現するという。
くるみは岩手の特産だ。
東京などで食されている洋ぐるみとは違い、殻が硬い和ぐるみ(鬼ぐるみ)で、実は小さいものの甘みが強い。
男性は「くるみ餅もおいしいけれど、くるみ豆腐はもっとおいしいよ」と教えてくれた。
どんな味なのだろう?
「岩手県食の匠」の高橋千鶴子さん(62)に作ってもらった。
「奥州市江刺に伝わる郷土料理です。約百年前、京都の寺でごま豆腐の作り方を覚えた僧侶が、江刺のくるみを使って作ったとされています」
高橋さんは奥州市出身。くるみ豆腐は、お盆や法事の精進料理における、刺し身の代わりとして作られてきたという。
すり鉢を使い、和ぐるみを油分が出るまですり潰す。
少しずつ水を加えながら、混ぜてのばし、目の細かいザルでこす。
鍋に入れて本くず粉と砂糖を入れて火にかけ、へらを使って練り上げる。
もったりとした重さになったら、ひとつまみの塩を入れ、ラップを敷いた箱に入れて常温で4、5時間冷ます。
ショウガみそをつけたり、白だしにワサビを落としたりして食べると、クルミの甘さが口いっぱいに広がる。
「洋ぐるみで作ったこともあるのですが、和ぐるみ特有のコクが出ない。まったく別物になってしまいました」
冒頭の高齢男性は約80年前、戦争に行った。
出征の朝、妻は食卓にくるみ豆腐を並べた。
「帰ってくる身」。そんな願を掛けたのだという。
高橋さんは「郷土食には、いくつもの人や地域の歴史が刻まれている。少しでも長く、郷土の味を引き継いでいきたい」としみじみと話す。
(2024年12月取材)
1/11枚