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#73 イーハトーブの空を見上げて
いくつもの夢、弓矢に乗せて インドネシア出身の弓道部員が初段獲得

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#73 イーハトーブの空を見上げて
Hideyuki Miura 朝日新聞記者、ルポライター
共同編集記者花巻南高校(岩手県花巻市)に通うインドネシア出身の弓道部員、アデヤカナ・カズコ・ジャリア・ヒカリナ・サガさん(18)が、弓道の初段に合格した。
同高によると、県内で高校在学中に初段を獲得した外国出身者は数人しかおらず、インドネシア出身では初めてだという。
「岩手の冬はとても寒いです」
サガさんは、周囲に雪の積もった弓道場で身震いをしながら、ニコッと笑った。
両親は共にインドネシア人。
2005年、父親が佐賀大に留学中、佐賀県で生まれたため、「サガ」と名付けられた。
07年に一家はインドネシアに帰国したものの、両親はその後もサガさんに日本語を教え続け、サガさんは日本の食や文化に憧れて育った。
20年12月、父親が北上市に就職したため一家で岩手に移住した。
「ずっと日本に憧れていたので、とてもうれしかった。でも、岩手は雪があまりに多すぎて、正直ちょっとビックリしたなあ」
21年4月から花巻南高校に通い始め、日本文化に触れたいと弓道部に入った。
練習はもちろん、弓道は難しい専門用語の連続だ。
一つひとつ、コーチや部員に言葉の意味と発音を教えてもらいながら、見よう見まねで練習を続けた。
「弓道そのものよりも、日本語の方が難しかった。でも、みんなが本当に親切に教えてくれたので助かった」
コーチの阿部敏孝さん(68)は「素直な性格で、とても前向き。日本文化への憧れもあり、その姿勢が弓道の上達につながった」。
顧問の長谷川伸大さん(52)も「弓道や日本語を教えてあげようと、彼女の周りにはいつも部員が集まっている。弓道部全体に良い効果をもたらしてくれた」と感謝する。
弓に矢をつがえ、大きく頭上に構えて、引き絞る。
標的をにらむ視線の先には、いくつもの大きな夢がある。
高校卒業後は東京の大学への進学を希望している。
上京後も弓道を続けるつもりだ。
弓道の魅力について聞かれると、笑顔で言った。
「とにかく『格好いい』こと。そして、心を静かにして的に向き合うことで、『自分をコントロールする力を身につけられる』ことです」
(2023年2月取材)
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