ネットの話題
「好物なの?」楽譜の作曲者名に〝四角い囲み〟ライブラリアンの発見
楽譜の貸し出し履歴にはイタリアの楽団名
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楽譜の貸し出し履歴にはイタリアの楽団名
楽譜の作曲者名に、四角く囲んだ筆跡が――。ローマ字表記内の「気づき」にまつわるSNS投稿が話題になっています。投稿した人の職業は「ライブラリアン」とのことですが、どんな職業なのでしょうか。お仕事の内容とともに、「書き込みの謎」について、話を聞きました。
外国のオケで使った後の楽譜が届いたが、作曲者の名前の中に何か発見があったようだ pic.twitter.com/DV09GB33Mk
— らいぶらり庵 (@ssolibrary) January 16, 2025
学生時代、オーケストラで演奏していた記者にとっては「投稿者のアカウント名が『らいぶらり庵』…ライブラリアン!だからあの投稿か!」と膝を打つ思いでしたが、そうではない人にとって「ライブラリアン」は、あまり耳なじみのない言葉かもしれません。
ライブラリアンとは、オーケストラが演奏会で演奏する曲の楽譜を手配・準備する仕事のこと。
楽団が何度も演奏している曲の場合は手配は不要ですが、公演ごとに曲が変わることもあって、その時は新たな楽譜を手配する必要があります。中村さんは年間のべ約700曲の譜面を準備しているといいます。
しかも1曲につき楽譜は一つではありません。オーケストラは、複数の楽器、しかも同じ楽器の中でも複数のパートがあるため、一つの曲に対して数十の楽譜があります。
著作権の期限内の楽曲を演奏する場合、楽譜は出版社から借りて使用することが多くあります。著作権が切れた楽曲や著作権の期限内でも販売されている楽譜は、オーケストラごとに所有することも可能です。
中村さんが「Sushi」を囲う筆跡に気付いた楽譜は、著作権が切れていない、日本の作曲家・芥川也寸志の「弦楽のための三楽章」。芥川の楽曲の中ではポピュラーな作品です。
3月の公演に向けて出版社から楽譜を取り寄せた際、バイオリンの譜面に書き込まれているものを発見したそう。
「原則的に、譜面への書き込みは消さずに出版社に返却します」と中村さん。
例えば演奏の際、弓を動かす向き(ボーイング)などをパートごとに合わせる必要があり、それらを譜面にゼロから書き込むよりは、前の楽団の演奏方法をベースに楽団ごとの修正を加えていく方が効率的なためです。
貸し出された楽譜には「貸し出し履歴」が残っており、今回の楽譜を直近で借りたのはイタリアの楽団であることがわかりました。
「外国の人はこういうことをおもしろがるんだなと思いました」と中村さん。「日本人だと『Yasushi』をひとかたまりで読みますが、この部分だけピックアップして見るんだと驚きました」
中村さんは「ライブラリアンは、職業としてやっている人の少ない珍しい仕事」と話します。札幌交響楽団の職員としてのライブラリアンは中村さん一人だけ。
国内のライブラリアン同士がつながり、情報を共有する会議が定期的にありますが、そこへの出席者も40人程度だといいます。
そんなライブラリアンの仕事のおもしろさを、中村さんは「気づかれないこと」に見いだしているといいます。
「例えば…」と中村さんが取り出したのは、札幌交響楽団で演奏する予定の「ダフニスとクロエ」の第一組曲。楽団で初めて演奏する楽曲のため、楽譜にミスがないかをチェックしている最中だといいますが、世界中のライブラリアンが所属している組織「MOLA」のデータベースで調べたところ、修正すべき箇所は数千、資料は97ページにものぼったといいます。
その修正を、一つ一つ手作業で「目立たないように」書き込んでいきます。
公演前、指揮者と楽団との全体での練習時間は限られています。そこで譜面にミスがあると、指揮者と楽団の意思疎通がうまくいかず、その確認に時間がとられることになります。
「練習時間の本来の目的は、ともに曲をつくっていくこと。譜面ミスの確認作業のために時間をとってしまうのはもったいない」と中村さん。
いい内容の練習ができることで、本番がよくなる可能性が高くなる――。
そのための、ミスのない楽譜は重要です。そこに携わる中村さんは「誰にもライブラリアンの存在が気付かれず、本番まで何事もなく終わることが、一番いいこと」と話しています。
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