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「マダニでうつる脳炎」〝ニッチ〟も重い感染症ワクチン、なぜ開発?

国内でも野外活動中のマダニへの注意喚起が話題になるが……。※画像はイメージ
国内でも野外活動中のマダニへの注意喚起が話題になるが……。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

発症した場合の致死率が高いものの、日本では症例数が少ない「ダニ媒介性脳炎ウイルス」の感染症。そのワクチンが国内でも開発され、今年から販売されています。“ニッチ”なワクチンをなぜ開発したのか、採算は取れるのか、製造・販売元のファイザー社に話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
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国内では致死率の高い重い病気

野外活動をする際に、注意が必要なマダニ。さまざまな病気を媒介し、咬まれると感染するおそれがありますが、中でも症状が重いものの一つが「ダニ媒介性脳炎ウイルス」の感染症です。

7月に患者の発生を公表した函館市や国立感染症研究所などによると、日本では1993年に初めて北海道でダニ媒介脳炎の患者が発生。2024年7月までに道南から道北にかけて7例(うち報告時点の死亡例2例)の患者が報告されています。

ダニ媒介脳炎ウイルスに感染した場合、70~98%は無症状です。ただし、国内に分布する「極東亜型」のウイルスでは、発症した場合の致死率は20%以上で、生残者の30~40%に脳や神経への後遺症がみられる、非常に重い病気です。

極東亜型の潜伏期間は7~14日。潜伏期後に頭痛・発熱・吐き気・嘔吐がみられ、最終的に精神錯乱や昏睡、けいれん、まひなどの脳炎症状が出現することもあります。

厚生労働省は、ダニ媒介性脳炎の予防のために、草の茂ったマダニの生息する場所に入る場合には、「長袖、長ズボンを着用し、サンダルのような肌を露出するようなものは履かないこと」など、マダニに咬まれない予防措置を講じることを推奨。

「リスク地域での居住や渡航、ダニの活動が活発な時期の野外活動など、個々の感染リスクに応じてダニ媒介脳炎ワクチンの接種を検討する」として、ワクチンを紹介しています。

このように、発症することは稀でも、発症すると非常に重い病気である、ダニ媒介性脳炎。そのウイルスに対するワクチンが開発され、今年3月に国内でも承認、9月から発売され、医療現場で使用されるようになりました。

しかし、せっかく開発しても、使用する機会が少なければ、製薬企業側で採算が取れず、結果的に安定した供給ができなくなり、患者が困ることも考えられます。なぜ開発に至ったのか、製造・販売元のファイザー社を取材しました。
 

患者数は多くないが接種数は?

ファイザー社の担当者は、「全世界で毎年およそ1~1.5万人のダニ媒介性脳炎患者が報告されています」「ダニ媒介性脳炎を診断するための検査の実施状況は国や地域により異なっており、患者数が過小評価されている可能性があります」と指摘します。

現在、製造・販売する成人と小児のダニ媒介性脳炎の発症を予防するワクチン「タイコバック」(一般名:組織培養不活化ダニ媒介性脳炎ワクチン)は、「1970年代から欧州を中心に広く使用されていたもの」といいます。

オーストリアでは、ダニ媒介性脳炎ワクチンの集団予防接種が1981年から開始されており、「1979年に677例だったダニ媒介性脳炎症例数が、2022年には179例に減少したことが報告されています」とワクチンについて説明します。

厚生労働省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」において医療上の必要性が高いと評価され、2019年9月19日に厚労省から開発要請を受けたそうです。

この要請を受けて、実施された臨床試験の結果などに基づき、今年からワクチンが国内でも販売されている、ということでした。

日本での症例は少なく、接種数としては多くを見込めないのでは、とも思われる、このワクチン。臨床試験などを実施した費用なども含め、採算は取れるのでしょうか。

担当者は「弊社では製品毎の開発費用や採算性などの個別情報は開示していません」とした上で、「ウイルスが国内に広く分布している可能性が示唆されている」ことから、ワクチンの必要性を説明します。

「これまでダニ媒介性脳炎の日本での報告は北海道のみですが、髄膜炎や脳炎などの中枢神経系の病気を発症し、その原因が明らかになっていなかった患者さんの血液や髄液を調査した報告では、東京都、岡山県、大分県で過去の感染歴を示唆するウイルスの抗体の陽性事例が確認されています」とします。

「栃木県、島根県、長崎県等においてもウイルス抗体を保有する動物が確認されています。そのため、今後北海道以外でもダニ媒介性脳炎を発症する事例が報告される可能性も否定できません」
 

なぜニッチなワクチン開発?

こうした状況を前提に、同社はワクチンの接種対象者を、より多く見込んでいます。

「特に、林業・農業・狩猟等で山野に入る可能性のある職業に従事している方や、キャンプや山菜採りなどで山野に入る方が、マダニに咬まれてダニ媒介性脳炎ウイルスに感染する可能性があります」と指摘します。

また、英国、ノルウェー、フランス、ドイツ、ロシアを含むヨーロッパ、東アジアでも毎年1~1.5万件の発生が報告されており、「そのような地域に仕事などで渡航される方も感染の可能性があります」といいます。

一部の医療機関で接種可能で、成人の場合は1回0.5mlを合計3回、筋肉内に注射。2回目接種は1回目接種の1~3カ月後、3回目接種は2回目接種の5~12カ月後に実施します。自由診療になるので接種費用は医療機関側が設定しますが、1回あたり概ね1万5000円前後のところが多いようです。

ワクチンには有効期限もありますが、「本ワクチンの接種を希望される方のニーズにお応えできるよう、弊社は他の医薬品と同様に、需要と供給を日々把握し、ワクチンの安定供給に努めたいと考えています」ということでした。

このように、ある意味“ニッチ”なダニ媒介性脳炎ワクチン。製薬企業として、特定の感染症へのワクチンを「作る・作らない」はどう判断しているのでしょうか。

担当者は「直接のきっかけは、弊社が厚労省から開発要請を受けたこと」とした上で、「ダニ媒介性脳炎は感染後に重篤な転帰をたどる可能性のある病気ですが、有効な治療法がないため、弊社は本剤による予防が重要な役割を担うと考えています」と回答。

「ダニ媒介性脳炎の実態は十分に把握されていません。ダニ媒介性脳炎への感染で苦しむ方をひとりでも少なくできるよう、弊社は本剤の開発に取り組み、製造・販売をしています」

ニッチな病気でもワクチンが安定供給されるよう、「安定供給、医療従事者への適正使用情報の提供、啓発に取り組み、継続して予防医療の推進に努めてまいります」と話しました。
 

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