連載
#17 withnews10周年
社会課題のトライに「エラー」許されぬ風潮 前進のため必要なのは
社会課題について情報発信をするなかで、時には世間からの反発に直面することもあります。試行錯誤を重ねる中でも、ぶれない軸となる価値観とは。YouTubeで社会課題に関する発信をしている、RICE MEDIAのトムこと廣瀬智之さんと、被爆3世というルーツを持ち、核廃絶を目指す活動を続けている中村涼香さんの2人に、withnews編集部の金澤ひかりが「届け方、どうする」をテーマに話を聞きます。(構成・武田啓亮)
廣瀬智之さん
1995年生まれ。立命館大学卒業後、2019年、社会課題に関心を集めることを目的にした「Tomoshi Bito」(福岡市)を起業。21年から「RICE MEDIA」での発信を開始。YouTubeでは、使い捨てプラスチックやフードロスなどの社会課題を題材に、自らの実践も交えた動画が人気に。「トム」の愛称で親しまれている。「社会課題を誰にとっても身近に」という思いから、日本の食卓のシンボルであるライス(お米)をメディア名にした。
中村涼香さん
2000年生まれ。 上智大学総合グローバル学部卒業。 被爆者の祖母を持つ被爆3世。高校時代から被爆地長崎を拠点に、核兵器廃絶を目指す平和活動に参加。 2021年に学生団体「KNOW NUKES TOKYO」を設立。国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」のパートナーとしても活動し、核兵器禁止条約を推進している。原爆投下のキノコ雲を疑似体験できるアプリの開発に携わるなど、若年世代に核の問題を届ける方法を模索している。
金澤:社会課題について発信をする中で、従来のやり方をしている人からは、時に反発もあるのではないでしょうか。自分たちのやり方として、ぶれずにつらぬき通していることがあれば教えて下さい。
中村:それについては日々葛藤がたくさんありますね。この夏に公開した原爆ARも、批判的なコメントもありましたし、この表現自体が倫理的に大丈夫なのかというのは、私たちも公開する時に議論を重ねました。
正直この夏は、そうしたコメントに触れるなかで、自分の軸はブレブレになってしまいました。自分の軸はどこに置いていたんだっけと、改めて原点に立ち返らなきゃいけないなと考えながら過ごしていました。
けれど、新しい手法に挑戦しなくちゃいけないというのは、昔から思っていたことなんです。これまで重ねてきた平和活動やそれを担ってきた方々には心からリスぺクトしています。でもやっぱり課題解決を進めていくには、何か別のこともやらなくちゃいけないんじゃないかという思いもありました。
新しいことを進めていくには前例を批判的に見る視点も大事になってきます。この種の社会課題に向き合う時に、トライ&エラーの「エラー」が許されないという風潮も感じています。
エラーを恐れると、トライもできなくなってしまう。でも私は、反発が来たことを、単に「反発」と受け取るのではなく、「自分がコンテンツを作り上げた結果なんだ」ととらえるようにしています。私のそうした姿を見て「エラーしてもいいんだ。私もトライしてみよう」という人が出てくれたらいいなと。
金澤:トムさんも、コンテンツを作る上でブレないようにしているところってありますか?
トム:難しいですよね。全ての人を傷つけない表現を考え続ける必要はあると思っているんですけど、それを実現するのって、本当に難しいことだなと日々思っています。
僕は、まだ興味を持てていない人に振り向いてもらいたいという気持ちが強いんです。そのために僕はやっているんだ、というのを使命感としても持っているので、僕の場合はブレはしないんですけども、それを突き詰めすぎるがあまりに、当事者の方が傷ついたり、社会に悪影響をもたらしてしまったら本末転倒だよねという気持ちがあります。
そこを守りながら攻められるのかというのはありますね。
金澤:興味を持ってもらうエンタメ性と、人を傷つけない表現のバランスはどう取っているんですか?
トム:僕は元々、エンタメではなく社会活動、ジャーナリズムをやりたいという思いからスタートしました。どんな表現が人を傷つけるのかというリテラシーを持った状態で始めているので、最初は感覚的にやっていました。環境問題などは、面白く伝えるための工夫はしやすいと思います。
一方で、当事者の顔がはっきり浮かぶ問題はそうではない。「そもそも、この問題をエンタメ化する必要はありますか」「それで傷ついてしまう人がいるとよくないよね」という視点から、当事者の方の意見を聞くようになりました。「この問題を取り扱いたいんですが、こういう企画についてどう思いますか」と聞いた上でやらないといけないなということを、コンテンツを作りながら学んできました。
金澤:中村さんの原爆ARも、当事者の方からたくさん聞き取りをされたそうですね
中村:私は当初、キノコ雲を渋谷の街に映し出すことで、被爆者の人々が持ってるトラウマを再起させちゃうんじゃないかということを懸念していたんですけれど、実際にヒアリングしてみると、逆でした。
「キノコ雲はもっと大きかった」とか「あの被害はこんなもんじゃ全然伝えられない」とか、「自分たちの経験を伝えたい」という思いのほうが強かった。どこまでその悲惨さを自分たちの手で描いていいのだろうか、みたいな思いもありました。技術的な制約もあり、バランスを取るのも難しかった。
当事者の方の意見を聞くのは、世に出す上では必須のプロセスだなと思いました。
金澤:リテラシーをベースにした上でエンタメに、というトムさんのお話と我々のスタンスには近いものを感じます。自分が軸を持っているからこそできる表現というのは絶対にあるのだろうと勇気づけられました。
伝えなければいけない課題はたくさんありますが、今後やっていきたい届け方、模索していることなどあれば教えて下さい。
トム:今年から番組作りをやろうと思っています。1人の視聴者からどれだけの時間を取れたのか、社会課題に目を向けてもらう時間を作ってもらえるかを目標にしたい。
今は良い意味でも悪い意味でもYouTuber感が強いと思っているんです。そのエンタメ要素は残しつつ、本当に新しいメディアとして社会に認めてもらえるだけのコンテンツの量や規模感を実現していきたいと思っているので、期待してください。
中村:今後もこの問題と向き合い続けて、離れませんよというのが私の責任の示し方だと思っています。
きちんと成果を出していくためにも、自分が持続的にこの問題に関わり続けられる仕組みを作っていかないといけないなと考えています。
来年は被爆80年という節目の年でもあるので、関心が集まるタイミングに合わせてどういったムーブメントを作っていけるかを考えています。
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