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渋谷のスクランブル交差点にキノコ雲が… 「若者の街」を選んだ理由
渋谷のスクランブル交差点前で信号待ちをしていたら、突然、ビルの向こうに巨大なキノコ雲が――。スマホでそんな疑似体験が出来るAR(拡張現実)コンテンツが9月30日まで公開されています。なぜ渋谷と原爆の組み合わせなのか。企画の発案者に話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・武田啓亮)
8月上旬、夏休み期間中ということもあってか、JR渋谷駅前のハチ公像周辺はいつも以上に多くの若者でにぎわっていました。
スマホのカメラを起動し、スクランブル交差点に向けると、ビルの向こうに巨大なキノコ雲と、「核はまた、いつ使われるかわからない」というメッセージが映し出されました。
この体験をできるのは、ARアプリ「STYLY」内にある「KNOW NUKES」というコンテンツです。
企画を立ち上げたのは、上智大学4年の中村涼香さん。長崎県出身で、自身も被爆3世という背景を持っています。
2021年に「KNOW NUKES TOKYO」という学生団体を設立し、戦争や平和、核兵器をテーマに活動を続けています。
「被爆地だけの問題ではないんです。普段、認識できていないだけで、核の脅威は私たちの日常生活と隣り合わせに存在し続けています。『若者の街』で疑似体験をすることで、特に若い世代に、核の問題を自分ごととして考えてほしいと思っています」
渋谷をARの舞台に選んだ理由を、中村さんはこう話します。
ビルの向こうに現れたキノコ雲はどす黒く巨大で、拡張現実といえど、不穏な気持ちを抱かせます。
このキノコ雲の3DCGは専門家の監修・協力を得て作成したそうです。
広島に投下された「リトル・ボーイ」や長崎に落とされた「ファットマン」、アメリカ・ニューメキシコ州で行われたトリニティ核実験の際のキノコ雲の写真や資料などを元にサンプリングして作られました。
「ただ、技術的な制約があったため、実際のキノコ雲よりもかなり小さいんです。本物はもっと大きく見えるはずです」
長崎市によると、1945年8月9日に長崎に投下された原爆のキノコ雲の高さは、少なくとも1万4千メートル以上にもなったことが、原爆投下機の機長の手記などから分かっているそうです。
当時の長崎市の人口は約24万人でしたが、原爆によって1945年の12月末までに7万3884人が亡くなり、生き残った人も火傷や被爆の後遺症に苦しみました。
爆心地直下の地表の温度は、約3千から4千度にもなったと推定されています。
「8月6日、9日が何の日か、教科書で習って知っていても、実際に現地に行ってまで学ぶ人は多くないのではないか」
長崎に生まれた中村さんには、そんな思いがあるといいます。
「SNS世代に、被爆地に行かなくても原爆・核兵器の問題に関心を持ってもらうためにはどうしたらいいかというのが、この企画の出発点でした」
冷戦終結後、核軍縮の機運が高まった時代もありました。
ところが近年では、ロシアによるウクライナ侵攻で、ロシア側が戦術核兵器を使用する可能性に言及するなど、核の脅威が再び顕在化しつつあります。
9月には東京大学で「あたらしいげんばく展 アートとテクノロジーで表現する核の脅威」と題した企画展を開く予定だという中村さん。
「『核を無くそう』と言われただけでは、若い世代はピンとこないかもしれません。どうしたらそのメッセージを、自分ごととして日常生活に落とし込んでいけるかを模索し続けています」
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