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連載

#20 #戦中戦後のドサクサ

戦争を終わらせる魔法なんてなかった…日米「平和人形」の数奇な運命

「大人の過ち」子供に伝え続ける役割

日米間で平和を築くため、人形を贈り合った時代があります。しかし人々の願い空しく、両国は戦火を交えた。過酷な時代のありようを、人形の目線で描きます。
日米間で平和を築くため、人形を贈り合った時代があります。しかし人々の願い空しく、両国は戦火を交えた。過酷な時代のありようを、人形の目線で描きます。 出典: 岸田ましかさん提供

目次

かつて戦火を交えた日本と米国。悲劇を未然に防ごうと、両国で生まれ、親善活動に用いられた人形があります。市民同士で交流を深め、共に平和を築くためのきっかけをつくる。そんな理想は、時代の激流に巻き込まれ、もろくも崩れ去ってしまいました。しかし一部の人形は難を逃れ、大人の過ちを現代の子供たちに伝えているのです。その数奇な運命について、漫画家・岸田ましかさん(ツイッター・@mashika_k)が描きます。

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※本記事には、人形を擬人化した表現が含まれています。史実を分かりやすく伝えるための演出です。あらかじめご了承ください。

#元2世信者が脱会後に困った「性の悩み」

太平洋をわたった西洋人形

「ハロー! 私はアメリカ生まれのブロッソン!」。金髪と青っぽい目が特徴的な西洋人形・ブロッソンが、元気に自己紹介します。昭和初期、日本との仲を取り持つため、米国で約1万2千体作られた親善用人形の一つです。

当時の米国では、日本からの移民に対する反感が広がっていました。やがて排日運動が興り、両国の関係が悪化してしまいます。事態を重く見たのが、宣教師として来日し、各地で英語教諭などを務めたシドニー・ルイス・ギューリック牧師です。

ギューリック牧師は、日本人に親愛の気持ちを示すため、米国中から西洋人形を募りました。1927年、人形たちは太平洋をわたり、日本の学校などに寄贈されます。そしてブロッソンは、横浜にやってきたのです。

博物館を始めとした施設を巡り、子供たちから歓待を受けたブロッソンは得意げです。「私は大事な友情人形! 平和をもたらす魔法があるかも?」。そんな中、思わぬ出会いを果たしました。

「ゴキゲンヨウ」。目の前に現れたのは、あでやかな着物をまとった日本人形「ミス横浜(浜子)」。親善活動の日本側代表である実業家・渋沢栄一が準備した、米国へ贈る58体の答礼用人形の一員です。

「人数は少なくても 私たちもお役に立ってみせますわ!」「お互いがんばろうね!」。浜子とブロッソンは固く握手を交わし、互いに活躍を誓うのでした。

出典: 岸田ましかさん提供

「敵性文化」箱にしまわれた戦時中

両国のマスコット的な存在として、徐々に人気を集めていくブロッソンと浜子。子供たちは、その姿を見ては笑顔になり、戦争と平和について熱心に意見を交わしました。

しかし、時は無情に流れていきます。親善交流を始めた人々の思いも空しく、大人たちが第二次世界大戦を始め、日米による太平洋戦争まで引き起こしたのです。

ブロッソンはある日、展示されていた学校の教諭の手で、箱にしまわれました。

「ちょっとだけ押し入れに隠れていて ブロッソン……」「あなた、敵性文化として焼かれてしまう!」

箱の中で身を横たえながら、ブロッソンは悲しい気持ちで思いを巡らせます。

「ああ、私たちはお人形。魔法なんかなかった」「私たちでは、戦争を終わらせることなんてできない……」

出典: 岸田ましかさん提供

時代を超え、語らう子供たち

どれだけの日々が過ぎたのでしょうか。突然、箱のふたが開き、ブロッソンの頭上に子供たちの顔が現れました。

「……なんてこと、先生も生徒も知らない人!」「戦争は!? どうなったの!?」。状況を飲み込めず戸惑うブロッソンに、女性教諭が歴史の一幕について語りました。

戦争は、だいぶ昔に終わったこと。戦時中の日本社会に、米国人を敵と見なし、文化さえも憎むべきだという風潮があったこと。仲間の西洋人形の多くが、竹槍(やり)で突かれたり燃やされたりして、無残に破壊されたこと……。

衝撃的な事実を知らされたブロッソンは、浜子の身を案じました。「私たちは1万2千体くらいいたけど、ハマコたちはたったの58体しかいないの!」。そう叫ぶと、誰かにぽんと肩をたたかれます。

「ゴキゲンヨウ」。そこには、初めて対面した頃と変わらず、美しい状態を保つ浜子が立っていました。無事を確認したブロッソンは、喜びのあまり抱きつきます。そんな二人の姿を見て、子供たちは昔と同じく、様々なことを語らったのです。

ブロッソンは現在、横浜市中区の「横浜人形の家」に、浜子は米国・コロラド州の「デンバーミニチュア・人形・おもちゃ博物館」に飾られています。見かけたら、戦争と平和の関係性について思い出してほしい――。人形たちの切なる願いです。

出典: 岸田ましかさん提供

「一つひとつの背景思い起こして」

今回の漫画のテーマである、人形の贈答を通じた日米交流。作者の岸田さんいわく、自身が幼い頃、横浜市内でよく語られていたエピソードなのだそうです。

「私は人形が大好きです。それ自体としては、ただのおもちゃかもしれません。しかし思い入れを持った上で眺めると、親しみや共感、悲しみなど、様々な感情が投影されると考えています」

日本側に寄贈された西洋人形は戦後、小学校の校舎などから散発的に見つかりました。しかし大半が既に失われており、埼玉県平和資料館などによれば、全国に現存するのは300体ほどに過ぎません。

ロシアによるウクライナ侵攻を始め、戦禍は今も世界のあちこちで繰り返されています。「時代を経た人形に出会ったら、その一つひとつが持つ背景事情を、思い起こして頂けたら幸いです」。岸田さんは、そう話しました。

【関連リンク1】この夏、「平和」を考えてみませんか?(渋沢栄一記念財団ウェブサイト)
【関連リンク2】Miss Yokohama, Colorado's Japanese Friendship Doll(History Coloradoウェブサイト)

※本コンテンツは、戦争体験者の記憶と関連史料に基づき、可能な限り過去の風俗を再現したものです。また現代の価値観に照らして、不適切と思われる描写も含まれますが、戦中・戦後の暮らしぶりを伝えるためそのまま掲載しています。

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【連載「#戦中戦後のドサクサ」】
激しい闘いのイメージが強い「戦争」。その裏には、様々な工夫をこらしながら、過酷な環境下でもたくましく生き抜こうとする「ふつうの人たち」の姿がありました。戦中・戦後の混乱期、各地で実際に起こった出来事に基づく「小さな歴史」について、漫画家・岸田ましかさんの描き下ろし作品を通して伝えます。(記事一覧はこちら
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