連載
#11 #コミュ力社会がしんどい
「ビジネスライクでもいい」発達障害専門医が語る人付き合いの極意
「こうせねば」を捨てれば人生が楽になる
雑談上手にならないといけない。話題の引き出しを増やしなさい――。人付き合いのスキルを高めるよう促すメッセージが、社会にあふれています。それらは人生を豊かにしてくれる一方、時に心を押し潰すほどの圧力になってしまいがちです。「コミュニケ―ション力」重視の世の中に対し、異議を唱える発達障害の専門医がいます。自らにも発達障害がある漫画家・ゆめのさんに、専門医本人を取材した際のやり取りについて、描いてもらいました。
ゆめのさんは昨年秋、ADHD(注意欠如多動性障害)とASD(自閉スペクトラム症)であるとの診断を受けました。このことがきっかけで、「他人と気軽に話しづらい」といった対人関係上の課題と、自身の特性との結びつきに興味を持ちます。
更に情報を集めたくて、発達障害に詳しい精神科医で、信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授・本田秀夫さんに、オンラインインタビューを申し込んだのです。
漫画家として活動するゆめのさんですが、生活費を得るため、別の仕事もしようと考えています。ただ、人付き合いに悩んできた経緯があるだけに、職場探しは慎重にならざるを得ません。
他人と心地よく距離を取るために、できることはあるだろうか。ゆめのさんの問いかけに対して、本田さんは、発達障害の「当事者会」の利用を提案しました。
例えば、鉄道好きが集まる「鉄友会」。アニメや漫画のファン同士がつながるサークル……。本田さんが関わる、当事者向けの居場所作りの現場には、趣味の仲間を求めてやってくる人々がたくさんいるといいます。
「仕事以外で心地よい居場所を見つけることも大切です」。そんな発言に耳を傾けながら、ゆめのさんは、過去に絵画学校に通ったことを思い出します。彼女にとって、まさに安らげる空間だったからです。
「そういう場所が、また見つけられるといいかもな」
一方で、仕事選びで大切にすべきことは何でしょうか? 取材に同席した担当編集者が尋ねると、「やりたいかどうか」との答えが返ってきました。
「やりたいことであれば、好きじゃないことでも我慢できる。でも、そうじゃないことで対人関係を築かなきゃいけないとなると、心が削られる。心の健康を損ねてまで、やりたくない仕事をやる必要はないです」
加えて「休日に好きなことにのめり込めているか」も、心の健康度を測る指標になると、本田さんは語ります。疲れ切って寝込むなどしている場合、抑うつ状態に陥りやすくなってしまうそうです。
これを聞いたゆめのさんは、自らの生活スタイルに関する不安を覚えます。休みになると、自宅に引きこもり、終日寝たり、あれこれと考えを巡らせたりする機会が多いからです。更に、趣味が長続きしない点も気がかりでした。
一方、本田さんのアドバイスは明快です。「動画を見まくるなど、趣味は引きこもって楽しむことでもいいんですよ」「趣味が続かなくても大丈夫です。衝動が大切!」
どんな形であれ、やりたいことに、自分なりに取り組むのが重要である。一貫したメッセージに、ゆめのさんは背中を押されたような心持ちになりました。
そして「やるからにはこうせねばならない、という考えは一度捨て去りましょう」と本田さん。「せねば」を捨ててこそ、人生は楽になる。そう感じさせてくれる発言です。
話題は、発達特性がある人を取り巻く人々にも及びました。本田さんいわく、当事者を支える上で、理解しておいた方がいいことがあるといいます。「普通に生活しているように見える当事者ほど、無理をしているケースが多い」という事情です。
この点を認識した上で、本人が誰かの手を借りたいと思う時だけ支え、それ以外の時は離れるのが大切と話しました。
「下手におせっかいせず、淡泊で、ビジネスライクな関係で良いんです」。そんな発言に触れ、ゆめのさんの中で「誰とでも密につながらないといけない」という呪縛が、少しだけ緩んだ気がしました。
他人との会話は盛り上げなければならず、最後は互いに仲良くなるのが理想だ――。
現代社会を生きていると、そのような考え方に触れる機会があります。時として、同調圧力が高まり、私たちをさいなむことも、少なくないのではないでしょうか。
本田さんの言葉は、心の中に風穴を開け、新鮮な空気を入れるきっかけになるかもしれません。人付き合いに悩んできたゆめのさん自身も、今回の取材の収穫は、大きかったと話します。
「自分の心の健康を守ることを大切にして、つながりに縛られすぎず、周囲に過剰に適応しない。だけどいざという時には、困っている他者を支え、思いやる気持ちは忘れない。そんな対人関係を築いていければ理想だな、と感じました」
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