連載
#2 #探していますの物語
ロマンスカーの笑顔写真「うちらじゃない?」から始まった〝出会い〟
「一点心配なことがあります」
ロマンスカーの展望席から笑顔で手を振る7人の写真。撮影者が「本人たちにこの画像を届けたい」と、一部を加工しツイッターに投稿すると、多くの反響がありました。一方、同じタイミングで撮影された親子も写真を発見。「うちらじゃない?」と家族で盛り上がっていました。ツイッターによってつながった奇跡の巡り合いを取材しました。
投稿者は、うにプリンさん。元々「乗り鉄」でしたが、コロナ禍の影響で遠出が難しい日々が続いたため、最近では「撮り鉄」に軸足を置いています。
うにプリンさんは2月最初の日曜日、神奈川県内の撮影ポイントでロマンスカーの撮影をしていました。
近くには他にも撮影している人が数人いましたが、「望遠レンズを手持ちで撮影してたので、列車がキレイに画角に収まるようにファインダーの周辺部ばかり気にしていました」と、展望席にまで目は配っていませんでした。
車両が通り過ぎたあと、その場で画像を確認しましたが、そのときも「展望席でなにかポーズをとってる人がいるなあ」程度の認識でした。
ところが、帰宅後、改めて画像を拡大してみると、展望席に座った7人が満面の笑みでカメラの方向を向く姿に気付きました。「『なんじゃこりゃ』とびっくりしましたね」
「見ているこっちまでうれしくなってしまった」という、うにプリンさん。
「こんな良い写真は絶対にご本人たちに届けたい」と、展望席に座った7人が満面の笑みでカメラの方向を向く姿の写真(目元を加工)と共に、こんな文言を投稿しました。
《日曜日に撮ったVSEの展望席にいた家族(かな?)がめちゃくちゃ楽しそうにアピールしてきてすげぇ良かったから本人たちにこの画像を届けたい》
すると、2万件近い「いいね」がつき、「届いてほしい」「素晴らしい写真」といった反応がありました。
日曜日に撮ったVSEの展望席にいた家族(かな?)がめちゃくちゃ楽しそうにアピールしてきてすげぇ良かったから本人たちにこの画像を届けたい pic.twitter.com/RF3sE0fjrT
— うにプリン (@unipudding) February 8, 2022
目元を隠しているとはいえ、被写体はまったく知らない人たち。うにプリンさんは、「もしかしたらクレームが来るかもしれない」とドキドキしながら、でも「どうせ届かないだろう」という気持ちでいました。
しかし、投稿から1日が経った頃、1通のメッセージが届きました。
それは、写真に映っているのは自分たちだというもの。そして「貴重なVSEの写真の邪魔をしてしまい大変申し訳ございません」という一文が添えられていました。
「え!本当に届いたの?」と驚きましたが、何往復かのメッセージのやりとりで、本人だと確信。「(投稿したことが)好意的に受けとめてもらえてよかったなあと思いました」
被写体となったのは、鈴木貴登さん家族と、友人たちの計7人。電車好きの鈴木さんと同僚、そして子どもたちは電車に乗ることが大好きで、同じメンバーでJR東日本の「とれいゆつばさ」に乗るための小旅行にも行きました。
鈴木さん家族は、普段からYouTubeで特急電車や新幹線の動画を見ていましたが、「次はロマンスカーに乗りたいね」という話をしていました。
小田急電鉄の特急ロマンスカー・VSE(500000形)の展望席は人気が高く、同じく展望席のあるロマンスカー・GSE(70000形)とともに、「休日はもちろん、平日でもお買い求めいただくのは難しいケースがあります」(小田急電鉄広報)といいます。
VSEは3月11日で定期運行を終了するため、「乗るならいまのうち」と、鈴木さんは1月6日に乗車の切符を買いに新宿駅に足を運びました。「ダメ元」という意識でしたが、グループ分の切符を発売と同時に購入することができました。
迎えた当日。家族で「本当に1番前に乗れるのかな?」と、ソワソワ。「定期運行終了間近で乗れて最高だね」と話しながら展望席に乗り込みました。
乗車後、神奈川県内の撮影ポイントでは、鈴木さんたちが乗車している様子を「撮り鉄」の同僚が撮影をしてくれることになっていました。
事前に示し合わせておいた撮影ポイントに近付き、ソワソワする鈴木さんたち。
「あれじゃない?」
同僚の姿をみつけると、思いっきり手を振り、笑顔を向けました。
そのときの写真を偶然撮ったのが、うにプリンさんでした。
撮影ポイントを過ぎた車中では、「どんな感じで撮れてるかな。楽しみだね」と話すと同時に、同じ場所で撮影していた人たちの邪魔になっていなかったか心配していたと言います。
今回初めてのロマンスカー乗車となった鈴木さん一家。
2歳と4歳の子どもたちは、他の電車に乗ったときは景色をみてくれませんが、展望席からの風景に圧倒されたようで「真剣に見てくれていた」。鈴木さんの妻も、「楽しいね」と喜んでいたといいます。
箱根湯本につくと、アワビの串焼きや温泉まんじゅう、おいしいと話題になっていた箱根ティラミスなどを食べ歩き、小旅行を満喫しました。
そんな思い出と共に後日、ツイッターで「VSE」と検索すると、うにプリンさんのツイートを発見。「うちらじゃない?」と驚いたといいます。
「電車そのものを撮りたい人の邪魔になってしまってはいないかと心配でしたが、あたたかい意味で捉えてもらえていてうれしかった」と話します。
今回のツイッター上でのやりとりについて、小田急電鉄の広報担当者は「特急ロマンスカー・VSE(50000 形)のご乗車をお楽しみいただけたことや、お客さま同士のやり取りを通じて、多くの方に関心を寄せていただいたことについて、嬉しく思います」とコメントを寄せます。
また、VSEは3月11日に定期運行が終了することが発表されています。
「VSE は、今年3月11 日をもって定期運行は終了しますが、多くのお客さまに楽しんでいただけるような臨時運転を計画しており、ラストランまでの時間を、より多くの皆さまにお楽しみいただきたいと考えています」
今回の巡り合いにはもう一人の主役がいます。それは撮影場所の地主さんです。
取材をする中で、うにプリンさんから「一点心配なことがあります」と言われました。
それは撮影場所のこと。
近年は、撮影に夢中になるがゆえに私有地を荒らしてしまう「撮り鉄」が問題になることもあります。
十分に気をつけて撮影しているとはいえ、誰かの気持ちを害してしまわないか、心配していました。
そこで、記者は、うにプリンさんと一緒に確認のため現地へ行くことに。
2月下旬、うにプリンさんと撮影場所の最寄り駅で落ち合うことにしました。
改札口を出ると、「あ、うにプリン、大島です」と、柔和な印象の男性が出迎えてくれました。
大島さんの案内で、駅から徒歩で10分ほどの現場に到着。
すると、少し離れた場所から怪訝そうにこちらを見つめる男性の姿を発見しました。
「怒られるかな…」そう身構えている私のそばで「あの人に聞いてみましょうか」と大島さん。記者よりずっと積極的。
男性の元に早足で駆け寄り、取材趣旨を伝え撮影場所の持ち主を知っているか尋ねると、「知ってるよ」。
徒歩数分の場所にある、持ち主の自宅を教えてくれました。
さっそく、大島さんと持ち主の方の自宅へ向かいました。
玄関のチャイムを押すと、あいにくの不在。ですがここは新聞記者の伝家の宝刀、お手紙作戦です。
取材の趣旨を伝える短い手紙と名刺を郵便受けに入れて連絡を待つことにしました。
大島さんは「新聞記者のお仕事体験をしているみたいです」と目をキラキラさせて見守ってくれています。ありがたい。
その後予定のあった大島さんとはここで別れ、往生際の悪い私はもう一度現場へ。
線路を通過する小田急電鉄の電車を何本も見送りながら、地主の方の登場を待ちました…が、待ち人現れず。
正午になり、「もう一度だけ」と、お宅の周辺に向かうと、近くにある大きな畑で草むしりをしている高齢の女性を発見。いちかばちかで、声をかけることにしました。
「あの、すみません…あちらのお宅の方でしょうか…」
「ええ、そうですよ」
女性が突然声をかけられたことに特段驚くことなく、受け入れてくれたことにびっくり。
「ちょっとお尋ねしたいことがあるんです」と伝えると、畑のへりに座って話を聞いて下さいました。
今回訪問させていただいた趣旨を伝えると、「ああ、あそこね。写真撮ってる人いますよね」。
奇跡的な1枚になったことを伝え、写真を見てもらいました。「あら、良い写真じゃないですか。お気になさらず」とニコニコと応じてくださいました。
「畑の中まで入っていないんでしょ。それならいいんですよ」
その後、いま育てているダイコンやブロッコリーのお話を聞かせていただき、再度「お気になさらず」との言葉をいただき、今回の記事掲載に至りました。
昨今では、撮影に夢中になるがゆえに私有地を荒らしてしまう「撮り鉄」が問題になることもあります。
小田急電鉄の広報担当者は愛好者による電車の撮影について「当社の車両を好きになっていただき、さまざまな写真におさめていただいている大切なお客さまだと思っています」とした上で、「撮影の際は、ほかのお客さまや、列車の安全運行に支障することのないようにご配慮いただければと考えています」と注意を呼びかけています。
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