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カッターの刃が詰まった机、家の壁には紙人形…「不可解行動」の答え
6年6カ月間、刃を差し込み続けた人
カッターの刃が無数に詰まった机、紙人形に覆われた家の壁……。
自分には理解できない人の行動や言動を、「なんでそんなん?」とつっこむ、インターネット上のとある「プロジェクト」には、「不可解」な150点にも上る投稿が集まります。どんな意味があるのか、主宰者に話を聞きました。
「なんでそんなんプロジェクト」
ネット上のプロジェクトページ。
見ると、さまざまな「不可解行動」にタイトルが付けられて、並んでいます。
職場のあちこちに脱ぎ捨てられた「上靴」の写真。
タイトルは「会話する上靴」。
説明には、こうあります。
《みんなが帰っても職場に残り、独り黙々と仕事をこなすAちゃん。しかし、最後の最後で情熱が途切れるのか、翌日出勤すると、大抵どこかの床にAちゃんの上靴が放置されている》
その放置された上靴を記録し続けた写真がなんと77枚。記録した人の情熱にも驚かされます。
タイトル「替えズボン」では、ハイレグ風ファッションで仁王立ちの子。
説明にはこうあります。
《川遊びでズボンが濡れてしまったUちゃん。
『パンツで帰るの恥ずかしい。どうしたらええ?』と聞いてきた。
その場にあった買い物袋を渡したら、履いていた》
プロジェクトページに並ぶ写真には、「不可解」な場面にもすべて愛あるつっこみ(説明)がついていて、笑えてしまいます。
いったい、このプロジェクトは、なんなんだ?
障害がある18ー65歳の人が、日中通って過ごす福祉事業所です。アートを活用し、本人がやりたいことを大切に活動をしているとのこと。
スタッフで「アートディレクター」の丹正和臣(タンジョウ・カズオミ)さんに話を聞きました。
美大を卒業後、デザインの仕事を経て、福祉事業所の支援員になったという「異色」の経歴の丹正さん。
それで、「なんでそんなん」って、なんなんですか?
「もともと、審査がない展覧会をフランス語で『アンデパンダン』って言うんですけど。『なんでそんなん』って、語感が似ているねっていう、言葉遊びが始まりで……」
え……。一瞬固まりましたが、熱い思いが明らかになります。
「展覧会がやりたいわけではなかったんです」
「人と人の間には、自分では理解できない行為やものがあります」
「それを見つけた時に、『理解できない』と断絶して排除してしまうのか。それとも、『なんでそんなん』と突っ込んで、想像力を駆使しながら『わからなさ』を楽しむのか。後者の方が幸せだなと考えたんです」
考えの土壌にあったのは、職場である「ぬかつくるとこ」の風景でした。
スタッフも、「ぬかびとさん」と呼ばれる利用者にも、いろいろな「クセ」や「こだわり」がありました。
「よくわからないこと」に出会うことも多々。
例えば、「ファッション雑誌をセロテープで何重も巻いて、その上からマジックで文字を書いて水で洗い流し、最後にはビリビリに破く」とか、「他者が描いた絵をスタッフルームの扉と床の隙間から何枚も差し込む」とか。
「なぜそんなことをするのか」と自分の語彙で理解することはなかなか難しい。もしかしたら社会では「問題行動」として扱われてきたことかもしれません。
でも、自分が理解できないことにも、その行為をしている人にとってはきっと思いや意味がある。
分からないことを「排除」するのではなく、新たな角度で解釈する方法があったら、もっとみんなが生きやすい社会になるのではないか。その方法を求めて、「なんでそんなんプロジェクト」は立ち上がったそうです。
インターネット上でページを開設したのは2020年9月。
「収集対象」は年齢も性別も国籍も、障害の有無も問わない「全ての人」としました。
これまでに約150作品が、全国から投稿されました。
筆者が特に度肝を抜かれたのは、タイトル「補強したカッター机」。
これは2021年に発表された「第1回なんでそんなん大賞」の「審査員特別賞」に輝いた作品だそうです。
写真にはびっしりカッターの刃が詰まった机の側面。
「行為者」は、就労継続支援B型事業所の利用者でした。
なぜこんな机ができたのか。
この方は、「ティッシュボックス程度の大きさの箱を開けて中身を取り出す」流れ作業の中で、「テープをカッターナイフで切って次の人に渡す」ことを担当していました。
ところが1年、2年、3年と仕事を続けるうち、この方の作業机だけが徐々に膨らんできました。机を横から見ると、間には折れたカッターナイフの刃がびっしり。
切れ味が悪くなると刃を折って、机に差し込んでいたそうです。
「危険だから」とスタッフが止めても、「行為」は続き、入りにくい刃は金槌でたたいてまで入れるというこだわり。「机を補強するため」と説明したそうです。
この方はこの仕事を6年6カ月続けたそうです。
「なんでそんなん」の作品を見ながら、「これにはどんな意味があるんだろう。行為者は何を考えていたんだろう」などと、「共感」するヒントを探していた筆者。
一方で、丹正さんは、「『理解しないとダメ』がベースだと、つらいですよね。無理にわかり合わなくても良い、分からないことを楽しもう、でも良いと思うんです」と言います。
このプロジェクトの意義は「他人事化」することにある――。
丹正さんはそう話して、一つの作品を教えてくれました。
写真には、立っている大柄の息子を後ろから支えている父。
説明にはこうあります。
《アキマサ(息子)が動くきっかけをつかむときは、私たちの1、2、3のかけ声に合わせて、全体重をかけて体を傾けてくる》
タイトルは「傾斜角マイケルなみ」。
投稿したのはアキマサさんの父。この場面を、「キング・オブ・ポップ」マイケル・ジャクソンさんのあの動きと重ねるとは。
投稿者の視点が加わると、しんどそうに見えた場面も、家族の愛とユーモアある日常に見えます。
「タイトルを付けると人に話しやすくなる。人に話すと、少し気楽になる」と丹正さん。
プロジェクトを通して「よく分からない」ものが貯まっていくことで、丹正さん自身、「違って見えることがある」と気付いたと言います。
ずらりと並んだ投稿の数は、「発見者のバリエーション」であり「視点のバリエーション」。「物事をどこから、どう見ているか」の数と比例します。
まわりの人の視点がどれだけ豊かで多様であるかで、「面白い」と思えることは増えるのかもしれません。
「自分の視点をずらすのってなかなか難しいんです。僕も子育て中だけど、自分も悩むことが多い。だから、投稿の視点は、勉強になります」
昨年の「大賞」受賞作品は、3歳のハルタニ君が作った「オボットくん」でした。
発見者はハルタニ君の父。
新型コロナ感染症拡大で、緊急事態宣言発令中。
家での自粛生活が続く中、空き箱でハルタニ君が作ったのが新しい友達「オボットくん」でした。
そこに留まらず、翌日からは「オボットくん」の体を大きくしようと紙くずを切り、貼りつけ始めました。部屋に散乱する紙くず。
「間もなく飽きるだろう」という両親の予想に反して、どんどん成長するオボットくん。
写真を見ると、確かに室内も壁も、まさに紙くずがあふれています。「紙くず」に「翻弄された」という両親。
このハルタニ君、実はほかにも、野球選手の紙工作に没頭します。量産される「選手」たちを、親はこっそり処分しようと試みるものの、「福留さんがいない!」「能見さんがいない!」と気づかれてしまいます。
息子の創作へのこだわりを感じて、父は壁に貼りつける「展示」に切り替えたところ、4カ月経った室内の壁は、紙人形がびっしり。
「何もない壁が見たい」と嘆く母。
家族は葛藤を経て、「視点」をずらしました。
「発見者」である父はこう締めくくります。
《私たちは、ハルタニが没頭している行為そのものに目を向けるようになりました》
子育てや介護、夫婦関係など、時には「なんでそんなん」と楽しむ余裕が持てないときもあります。
でも、このプロジェクトの「視点」をずらす方法は、いろいろな場面で生かせそうです。
丹正さんたちが「なんでそんなんプロジェクト」を題材に、学校職員や、福祉職員向けにセミナーを開くと、「楽しんで良かったんだ」という反応が上がるそうです。
「家族のことさえ、分からないことが多い。分からない時には、1歩そこであきらめてもいい。でも排除しない。ネガティブな物をポジティブに捉える。プロジェクトが、想像力を駆使するヒントになればと思います」
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