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M-1らしさとは?「普遍的な笑い」に行き着いたママタルトの答え

昭和感あふれる「全員笑ってるネタ」

ママタルトの檜原洋平と大鶴肥満=サンミュージック提供
ママタルトの檜原洋平と大鶴肥満=サンミュージック提供

目次

若手とは思えない見た目と芸風で、ジワジワと注目度を高めているお笑いコンビ・ママタルトの大鶴肥満と檜原洋平。1月30日に開催予定のライブ「劇場版まーごめドキュメンタリー まーごめ180キロ」は即日完売するほどの人気ぶりだ。運命的な出会いによって生まれたコンビが今、目指すのは「普遍的な笑い」。賞レースが芸人人生を左右する時代に求められる「質の高いお笑い」とは? 走り出した2人の姿から考える。(ライター・鈴木旭)

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お笑いエリート、就活を経て上京

幼少期から明石家さんま、ウッチャンナンチャンのようになりたいと夢見ていた檜原洋平。お笑い好きで明るい性格ながら、緊張しやすいこともあり文化祭といったイベント事には参加しなかった。檜原がようやく重い腰を上げたのは高校3年の時だ。

高校生お笑いNo.1を決めるイベント「ハイスクールマンザイ」に出場し、地区大会で優勝。当日は緊張で頭が真っ白になりよく覚えていないという。ちなみに1学年下だった粗品のコンビは、この大会で決勝進出を果たしている。檜原にとって、大きな刺激となったのは間違いない。

大学進学後、2011年に宰務翔太(現:吉本興業所属のピン芸人)とのコンビで「5upよしもと」のオーディションを受けて合格し、大阪吉本に入った。同期には、ZAZY、男性ブランコ、霜降り明星らがいる。そこから一旦フェイドアウトし、『学生才能発掘バラエティ 学生HEROES!』(テレビ朝日)の「わらいのゼミナール」から生まれた大会『第3回わらいを愛する学生芸人No.1決定戦~アマがプロに勝つ!? お笑い下克上元年~』に出場し優勝。当時、大鶴肥満は関西から来た檜原のコンビを見て「何だ、このコンビは」と驚愕したという。

その後、「THE MANZAI」などにエントリーするも結果が出ず、檜原は就職活動を始める。アダルトビデオの大手制作会社から内定をもらったが、大学を卒業する直前になって宰務から「やっぱりお笑いをやらないか?」と誘われ辞退。再びお笑いの道へ舞い戻り、すでに上京していた相方の後を追った。(ここまで2022年1月4日、11日に放送の『白黒アンジャッシュ』(チバテレ)をもとに構成)

塾の講師を経てお笑いの道へ

一方の肥満は、『内村プロデュース』(テレビ朝日系)を見てお笑いの道を意識した。前述の『白黒アンジャッシュ』の中で、「僕をダシに笑いをとる人たちが多かった」と語っていることからも、幼少期は積極的に笑わせようとするタイプではなかったようだ。

また同番組で、明治大学に進学し、お笑いサークル「木曜会Z」に入ってから「自分で落とさなきゃいけないんだ」と気付いたことを明かしている。大学時代は野球をモチーフとした漫才しか披露しておらず、とくに目立つ存在ではなかったという。

大学卒業後、肥満はお笑いの世界に見切りをつけ、塾の講師として働き始める。しかし、徐々にモチベーションは下がっていった。生徒は当時流行していたスマホゲーム「パズル&ドラゴンズ」をプレイするため、必ず数人が授業を抜け出していく始末。保護者からは絶大な信頼を得ていたものの、“同世代の講師”という風貌から来る勘違いの安心感でしかなかった。

1年後、肥満はそんな生活にピリオドを打つ。2015年4月、もう一度お笑いで花を咲かせようと、太田プロの養成所に入学した。

僕と組めばあなたはキングになる

そんな2人の出会いは、実にドラマチックなものだった。檜原は拠点を東京に移したものの、相方がナンパにハマり、お笑いがおろそかになったことでコンビを解消してしまう。

そんなある日、たまたま番組の収録で東京に来ていたZAZYと会うことになった。そこで檜原が自身の境遇について相談したところ、「すごい歌がうまいか、すごい太ってるようなヤツと次出会ったらコンビ組んだら?」と薦められる。NSC大阪校で優秀だった西野創人は「声がいいこと」を理由に、当時あまり評価されていなかったナダルとコロコロチキチキペッパーズを組み、「キングオブコント」で優勝した。その成功例をもとにしたアドバイスだった。

「(ZAZYと会った)次の日に大喜利ライブにエントリーして出たら、前の席に大鶴肥満がいたんですよ」

檜原はそう回想する。2人は同い年で、大学時代にお笑いの大会に出場しているなど共通点も多かった。肥満は養成所で組んだコンビを解消していなかったが、檜原から「いいですか、あなたは今の相方とコンビを組んでても大成することはないです。でも、僕と組めばあなたはキングになることができるんですよ」と説得され、新たなコンビの道を選んだ。2016年のことだった。(前述の『白黒アンジャッシュ』より)

出会いに恵まれたコンビ

2人は早くから出会いに恵まれていた。檜原は前述の「わらいのゼミナール」で、放送作家・白武ときお氏と知り合っている。今や白武氏は、霜降り明星やかが屋、Aマッソなど若手芸人たちの番組やライブイベントを数多く手掛ける売れっ子だ。

今月30日に開催されるママタルトのライブ「劇場版まーごめドキュメンタリー まーごめ180キロ」に関わっていることからも、ママタルトの面白さに信頼を寄せる作家の1人であるのは間違いない。ちなみに、白武氏に霜降り明星やZAZYを最初に紹介したのは檜原だった。(白武ときお著「YouTube放送作家 お笑い第7世代の仕掛け術」(扶桑社)より)

肥満もお笑いサークルに入っていた関係で、大学時代にサツマカワRPGやさすらいラビーの宇野慎太郎ら現在活躍する芸人仲間と出会っている。また2020年からは、伊藤俊介(オズワルド)、森本サイダー、蛙亭・イワクラ(今年1月に同居を解消。新たに佐川ピン芸人が入居)と4人でルームシェアを始めたことでも話題となった。

この様子は、『爆笑問題&霜降り明星のシンパイ賞!!』(旧『爆笑問題のシンパイ賞!!』・テレビ朝日系/2021年9月終了)でもたびたび取り上げられ、同居人だったイワクラのYouTubeチャンネル『宮崎よかとこチャンネル 【蛙亭 イワクラ Official】』の動画でも公開されている。

これに加え、同時期にネットラジオ番組『芸人Boom Boom! ママタルトのラジオまーちゃん』(stand fm)、『ママタルトのラジオ母ちゃん』(GERA放送局)がスタート。広く知られるようになったのは、恵まれた環境と発信の場が増えたことによる影響が大きいだろう。

“みんなが笑ってくれる”笑い目指す

ともに30歳だが、とくに肥満は頭髪が薄く、180キロの巨体にスーツという外見から“ベテラン感”が漂っている。芸名は、顔が俳優・大鶴義丹似であると感じ自ら命名。持ちギャグである「まーごめ」も、大鶴義丹が浮気の謝罪会見で発した「まーちゃん(元妻のマルシア)ごめんね」を略したものだ(肥満は万能な言葉として「まーごめ」を多用している)。

また、檜原も落ち着きのある雰囲気とメガネにスーツという出で立ちで、若者のイメージは薄い。見た目の印象だけでなく、ここ数年でネタも老若男女を問わないものを意識しているようだ。「芸人雑誌 volume5」(太田出版)のインタビューの中で2人はこう語っている。

「去年漫才をやってて一番感じたことなんですけど、僕らがすごいウケるときって本当にワっとウケるんですね。でも『M-1』で勝つネタって、一部のすごいお笑いファンの人にワーって盛り上がってもらうっていうよりは、来たお客さんが全員笑ってるネタだなってすごい思ってて」(檜原)

「お笑いの総量が50だとして、『10笑い×5人』より、『5笑い×10人』のほうが良いだろうなと思って。同じお笑い量だとしても、“みんなが笑ってくれる”ほうが質の高いお笑いかなぁと思うんですよ」(肥満)

先日14日に行われたK-PRO主催のお笑いライブ「エクストリームス」でも、デパートを訪問する肥満の滑稽さと檜原の的確なツッコミで笑いをとっていた。彼らのポテンシャルを生かすにあたっては、同世代的というよりも普遍的な設定やワードのほうがマッチしているのかもしれない。

彼らが行き着いた「普遍的な笑い」。そこには今の時代の共生感がある。2000年代のM-1グランプリでは、Wボケの笑い飯やヤホー漫才のナイツといった“システム漫才”が注目を浴びた。新しいスタイル、技術的な戦いが“M-1らしさ”を象徴していたように思う。しかし、2015年からはトレンディエンジェルやとろサーモンなど、“にじみ出る人間力”を放つコンビが優勝するようになった。直近では、昨年2021年に優勝した錦鯉が記憶に新しい。

そのトレンドを咀嚼した結果、持ち前のベテランっぽさを生かす道を見つけたのだろう。

檜原は2020年の「サンミュージックGET大喜利No.1決定戦」で優勝、昨年の「R-1グランプリ」で準決勝に進出するなど着実に結果を残している。肥満もまた、バラエティーやネタ番組、ネットラジオを通してジワジワとキャラクターが知られるようになった。

昨年からはアルバイトをせず、芸人の収入だけで暮らせるようになったそうだ。今年はさらなる飛躍の年となるか。M-1の結果を含め、注目したいコンビだ。

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