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エンタメ

オタ活10年のプロが読み解く『推し、燃ゆ』ファンだけが知る苦しみ

他人に翻弄され続ける「ツラい天国」

オタ活を10年続ける、あくにゃんさんにとって推しへの投資は「“光熱費”的な感覚」だという=本人提供
オタ活を10年続ける、あくにゃんさんにとって推しへの投資は「“光熱費”的な感覚」だという=本人提供

目次

生活のすべてをアイドルの応援に捧げる女子高校生を描いた宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』が芥川賞を受賞しました。生活費を切り詰め、人間関係を犠牲にする姿は「応援」という言葉では表せない境地に達しています。あくにゃんさんは、そんな主人公と同じ生活を実際に10年も続けています。推しへの投資は「“光熱費”的な感覚」となり「毎日もやしを食べながら始まるツラい天国」。推しと共に生きる意味について、あくにゃんさんにつづってもらいました。

「本」を紹介するチャンネルYouTube「ブックマちゃん」でも『推し、燃ゆ』を解説している、あくにゃんさん

オタクは裏では死にものぐるいで生きている

「ハマれるものがあって羨ましい~」
「アイドルファンって楽しそうでいいよね~」
「私も、アイドルにハマってみた~い」

こういった言葉を、男性アイドルのオタクをしていると500回くらいは言われてきましたが、そう言っておきながら一緒にオタクになってくれた人はいません。

はたから見れば、楽しそうな“オタ活”ですが、実際その中に10年もいたぼくは、お金が底を突き、大学の卒業を逃しそうになりました。周りを見ても、推しを応援するために進学はしない。休みが取りにくくなるので正社員にはならない。いつごろ応援していたときの推しの借金を返しているのか分からないといったオタクたちがいます。楽しそうに見える“会場での姿”にたどり着くために、オタクは裏では死にものぐるいで生きています。

そんなオタクのぼくにとっては、『推し、燃ゆ』内に出てくる「推しは命にかかわるからね」という文章が一番響きました。我々オタクは、ただ会場で狂喜乱舞したり、配信される推しの姿にキャッキャしたりしているだけではなく、「推しに生かされては殺されている」という“苦しみ”の部分も打ち出してくれているからです。

そうなんです。オタクって実は苦しいんです。推しを好きになればなるほど、求めるものも、満たされない心もどんどん大きくなってしまいます。とはいえ、アイドルは最終的には“赤の他人”なので、自分の思い通りになんていかないですし、勝手に他人に惚れて、勝手にお金を使い、勝手に傷ついているんですよね(自分で言ってて悲しくなってきた) 。こんなにもツラいのに、どうしてはたから見たら楽しそうな行為に見えるのか不思議ですよね。

3月に、あくにゃんさんが出版するヲタクのリアルを語った著書『推しがいなくなっても、ぼくはずっと現場にいる』(主婦の友社)

もやしを食べながら、CDを買うツラい天国

ぼくは、自分の人生も楽しんでいますが、“推しの人生”も楽しんでいます。これは、「自身が幼少期に野球をやっていたからって、自分の子どもにも野球をやらせたがる親」に近い感覚なのですが、自分の夢を、他者を通して叶える行為に似ています。自分は芸能の道にはいないけど、あのキラキラした世界は好きだし、憧れもある。そんな中、自分より若い推しがそのスターダムをどんどん駆け上がっていく姿には、じゃんじゃんとお金を投資したくなる価値がありますし、1秒でも多く見ていたいと思います。

初めて推しが横浜アリーナのステージに立った際は、会場を出て号泣し、その場から2時間くらい立てなくなりました。推したちが初めて200人ものファンを集めた日はポロポロと涙がこぼれましたし、初めて自分たちのオリジナル曲を披露した際は過呼吸になるくらい泣いて、推しに引かれました。自分の人生を生きていて、自分の体験でこんなに泣くことってそうそうないんじゃないのかなって。ぼくのように推しにある種“自己投影”をしているオタクは多いと思います。自己投影とまではいかなくても、推しのことを自分のことのように理解している(つもりの)人も多いでしょう。

ある瞬間から、アイドルはもはや他人ではなく、自己に近い存在になるんです。遠い親戚より、近く(に感じられる)の推し。
推しはなくてはならないものであり、会場に行くこともだんだんと義務化していくので、そうなると“光熱費”的な感覚になります。水道代とか電気代とかと同じで毎月大体同じ額が口座から引かれる。それらは生きていく上では必要なものなので気にもとめないといった感じです。

だから、毎日もやしを食べながら、推しと数秒話すために1時間の時給を超えるCDを買うツラい天国が始まるのです。生きていく上で必要な存在なのに、その推しに殺されかけている人を何人も見てきました。

推しのアルバムに囲まれる、あくにゃんさん。「ある瞬間から、アイドルはもはや他人ではなく、自己に近い存在になるんです」=本人提供
推しのアルバムに囲まれる、あくにゃんさん。「ある瞬間から、アイドルはもはや他人ではなく、自己に近い存在になるんです」=本人提供

頑張って応援していたのに平気で辞める推し

ただ、それだけ愛した推しが「突然いなくなること」もアイドルオタクは知っています。

熱愛、不倫、賭博、赤字、脱税、いじめ、就職、進学など様々な理由が、すべて“脱退”や“卒業”といった言葉に変換され、ステージから姿を消します。「推しは推せるうちに推せ」という標語を、月に1度は目にするようになりました。

この「いついなくなるか分からない」という不安感は、より熱狂や売り上げを生んでいるようにも感じますが、どんなに心の準備ができているつもりでいても、それでも、実際、ぼくの推しが“脱退”を発表した時は、他のことが考えられなくなるくらい虚無になりました。

そして何が悲しいって『推し、燃ゆ』でもそうですけど、アイドルって炎上した際に多くを語ってはくれないんですよね。本人が書いたことになっている公式文章ですら事務所の赤字がバンバン入った上での公開ですし、個人で釈明することも許されず、そのまま解雇されたアイドルは何人もいます(今、何してるんだろう)。

ぼくの韓国人の推しは4人連続で辞めていますが、事前に説明をしてくれた子は1人もいません。みんな勝手に辞めていっています。一緒にスターダムへの道を駆け上がっているつもりが、オタクだけがそこに取り残されるんです。その時の自分は、とりあえず出社はしましたが、家に帰ってきて、まず何をしたら良いかも分からず、日付だけが過ぎていきました。

仕事を頑張る理由でもあり、自分が生きる意味でもあった推しが目の前からいなくなったという現実を受け入れるのには時間がすごくかかりました。推しはいないはずなのに、海外公演に行くための航空券を予約しようとしていたほどに。

ぼくは頑張って応援していたのに、推しは頑張っていたアイドルを平気で辞めるというすれ違いにも深く傷つき、また絶望もしました。

推しの写真に囲まれる、あくにゃんさん。「推しが“脱退”を発表した時は、他のことが考えられなくなるくらい虚無になりました」=本人提供
推しの写真に囲まれる、あくにゃんさん。「推しが“脱退”を発表した時は、他のことが考えられなくなるくらい虚無になりました」=本人提供

推しの傷は、推しでしか癒せないという現実

何百万円も何時間もかけた推しが、急に消えるという経験をするたびに「あの子を超える子はいない!」「よし、オタクを辞めよう」と強く思うのですが、気づいたら別のアイドルの会場にいます。推しの傷は推しでしか癒せない、といったようにぼくは今もオタクを辞めていません。ツラいから辞めたいけど、辞められないからツラいという状況にすらなっています。

結局、『推し、燃ゆ』の主人公は救われたのか、ぼくにはわかりません。だって、オタクにとってはもうその推しがいない時点で、そこは虚無であり、他に良い推しが見つかったからといって、幸せとは限りませんし、使ったお金も時間も戻ってこないので。

推しとは仲良くなれるわけでもないですし、辞めるときにだって何も言わずに辞めていく程度の関係性なのに、そんな他人でもある推しに、なぜ人生を翻弄されているんだと思った方は、ぜひ、『推し、燃ゆ』を読んでみてください。推しは命にかかわるので。

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