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一発屋芸人・髭男爵、ハロウィン「苦い思い出」偽ブルゾンを前に…
もうすぐハロウィンです。普段からハロウィン状態の芸風のおかげで、この時期仕事が増えるという一発屋芸人、髭男爵・山田ルイ53世さん。ところが昨年のハロウィン会場で突きつけられたのは「本物の一発屋より、偽物の売れっ子」という現実でした。男爵さんに、ハロウィンの「残念な思い出」をつづってもらいました。
昨年の10月。
軽井沢のとあるショッピングモールでは、ハロウィンのパレードの真っ最中である。
行進の先頭は、太鼓やトロンボーンの演奏も賑やかな鼓笛隊の面々と、我々、髭男爵。
思い思いの仮装に身を包んだ一般参加者を引き連れ、モールの中を練り歩くのがその日の仕事であった。
今ではすっかり、日本における年中行事のレギュラーの座を掴んだハロウィン。
その期間中、街中でゾンビやスパイダーマンを目にするのも珍しいことではなくなった。
そんな舶来のお祭りと"コスプレキャラ芸人"、つまり僕との相性は良い。
何しろ、タキシードにシルクハット、手にはワイングラスを持つ自称貴族……普段からハロウィン状態の芸風のお陰で、この時期は少々忙しくなる。
事実、パレードの前日は草津でハロウィンパーティーのMC、翌日はハロウィンの仮装コンテストの審査員を湯河原でと、もはや"ハロウィン巡業"とでも呼ぶしかないスケジュールをこなしていた。
有難い。
その3日間で僕は、ゲップが出そうなほど大量のコスプレを目撃する。
いや、汚くて申し訳ない。
魔女にドラキュラ、アニメや映画のキャラクター等々、定番のものはやはり人気のようだったが、それらに混じって健闘していたのが、ピコ太郎やサンシャイン池崎、カズレーザーといった、「その年ブレイクした芸人のコスプレ」であった。
中でも、断トツで人気だったのはブルゾンちえみである。
OL二人組のブルゾンに、女子高生5人組のブルゾン。
母ブルゾンに手を引かれた3才の娘ブルゾンにホッコリとし、大学生の若者達による女装ブルゾン軍団が奇声を上げ悪ノリする姿に眉を顰めた。
女装と言えば、
「イベントを盛り上げろ!」
と上司に命じられたのか、主催者側から駆り出された中間管理職のおじさんのブルゾンも各会場でチラホラ見掛けた。
そのぎこちない笑顔が醸し出すサラリーマンの悲哀に涙しそうになる。
何より、"おじさんのブルゾン"である……文字面から、加齢臭が漂ってきそうだ。
結局、巡業中に遭遇したブルゾンの数は、控え目に見積もっても50人近くに上った。
ちなみに筆者は、本物のブルゾンちえみ嬢にはお会いしたことが無い。
一発屋の悲しさよ……東京のテレビ局が主戦場の売れっ子とは活動領域がイソギンチャクと鷹ほど違うためだが、偽物とは言え"50人"である。
ポイントカードは満タン。
本物1人分くらいには勘定して貰えるだろう。
"偽ブルゾン"達を眺めていると、
(隅々まで行き渡ったな……)
指差し確認をしているような心持ちになる。
ショッピングモールやお祭りのステージ、企業パーティーの余興……日頃僕達がお世話になっている"営業"の現場は、ブームが漂着する最終地点。
ハロウィンイベントなどはその最たるものである。
よって、新しく登場した人気者がどれほど世の中に浸透したか……そのブレイク度合い、"飛距離"を現地で目の当たりにする役回りは、否応なしに一発屋が担うことが多い。
さながら、やり投げや砲丸投げの計測係、いや、只の"球拾い"か。
人様がかっ飛ばしたホームラン、そのボールを、地方や宴席まで足を運び、拾う。
複雑だが、仕方がない。
人々が有名人に扮する際重宝するのが、
「ルネッサンスな貴族様」
「Mr.Wild」
「グーグーセット」
「海パン野郎」
「HG(ハイグレード)」
といった、ギリギリのネーミングにギリギリのイラストが添えられた"なりきり衣装"の数々である。
アジアの大国のテーマパーク関係者が、
「これは、"ドラえもん"ではありません!」
「"ミッキー"?それ何ですか?」
としらばっくれるのと同じレベルなので、それぞれどの芸人を指すのかは、よほど鈍い人間でなければ容易に分かるだろう。
また、そうでなければ意味が無い。
そんな、なりきり衣装を見かける度、
(これは"皮"だ……)
と僕は背筋が寒くなる。
その年ブレイクした芸人から勝手に剥ぎ取られ、陳列された皮。
別に良いのだが、その売り上げで本人達の懐が潤うこともない。
もはや、象牙やべっ甲の密売と同じである。
違うのは、象を狩り一儲けしようと企めばたちまち世界から非難を浴びるが、芸人の皮を売ったところで、文句を言うものなど一人もいないということ。
全く理不尽だ。
話を戻そう。
パレードである。
思っていたより、行進する距離が長く、間延びした時間を持て余した僕は、
「ルネッサーンス!」
「ハロウィン楽しいやないかーい!」
この二つを一定の間隔で繰り返すロボットと化していた。
そこに、
「これ、写真撮っても良いんですかー!?」
と女性が一人、デジカメ片手に駆け寄ってくる。
パレード参加者の友人や家族ではなさそうだ。
たまたま居合わせた観光客だろう。
年の頃は50代半ば。
短く刈り込まれた髪に紫のメッシュを入れ、緑色のワンピースにはスパンコールが散りばめられている。
(何かのコスプレか?)
としばし考え込むが、該当する著名人が思い浮かばない。
どうやら私服のようだ。
「勿論です!どんどん撮ってくださいねー!!」
と満面の笑みで応じると、
「やった!」
おばちゃんは、小さく喜びの声を上げた。
そのチャーミングなリアクションが、僕のサービス精神に火を点け、
「ルネッサーンス!」
「ハロウィン最高やないか――い!!」
などと張り切ってお道化てみせたのだが……どうも様子がおかしい。
彼女のカメラが向けられていたのは僕ではなく、"ブルゾンちえみ"だったからである。
いや、勿論一般人のコスプレ。
偽物である。
そもそも、このパレードに本物は僕達だけだ。
にもかかわらず、唯一の芸能人を無視し、その日も10人程いた偽ブルゾンの写真を一心不乱に撮り続けている。
"チーン!チーーン!!"……僕と相方が、おばちゃんのすぐ傍でこれみよがしにワイングラスを鳴らし、シャッターチャンスを提供し続けても素知らぬ顔。
非常に、気まずい。
堪りかね、
「いや、ちょっと―!全然こっち撮らないじゃないですか!?」
とツッコんでみる。
すると彼女は、僕の顔を無言でジーっと見詰め、
「えっ?本物なの!?」
と一言。
(気付いてなかったんかい!)
聞けば、
「いや、なんか古い恰好してる人いるなーって……」
と不思議に思っていたようだ。
(誰が古いねん!)
心の中で毒吐くが、すぐさま気を取り直し、
「そうですよ、本物ですよー!ほらほら、ルネッサーンス!!」
などと照れ隠しも兼ねて、大袈裟にはしゃいでみる。
しかしおばちゃんは、
「そっかー、まあでも、そうだよねー……」
何やら自分に言い聞かせるようにぶつぶつ呟くのみで、特段嬉しそうな様子もなかった。
きっと、"でも、そうだよねー"の後に、
「2017年に、その恰好するの、本人しかいないもんねー……」
とでも続けたかったのだろう。
同感である。
何より屈辱だったのは、本物と判明して以降も、彼女は僕達の写真を一枚も撮らなかったということ。
「本物の一発屋より、偽物の売れっ子」……そんなフレーズが頭に浮かんだ。
実際、このパレードが何かの拍子に小学校の校庭にでも迷い込めば、子供達が嬌声を上げ群がるのは僕達ではなく、偽ブルゾンの方であろう。
去り際、おばちゃんは、
「頑張ってねー!」
とバッグから取り出したあめ玉をくれた。
それは明らかに、「あめやみかんを常に持ち歩き、会った人に配る」という、一部の中年女性に見受けられる独特の振る舞いに過ぎなかったが、傍目には「Trick or Treat」が成立した格好となった。
今年も、またハロウィンの季節がやって来る。
人気者に扮した人々が"ひょっこり"現れ、楽しませてくれるに違いない。
◇
山田ルイ53世 相方のひぐち君と結成したお笑いコンビ「髭男爵」でブレーク。ワイングラスを掲げ「ルネッサ~ンス!」という持ちギャグで知られる。2015年8月、真の一発屋芸人を決定する「第1回 一発屋オールスターズ選抜総選挙 2015」で最多得票を集め、初代王者に選ばれた。自身の経験をまとめた『ヒキコモリ漂流記』(マガジンハウス)を出版。『一発屋芸人列伝』(新潮社)がYahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞にノミネート。9月24日の朝日地球会議にも登壇。
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