連載
#12 若者のひとり旅
「偶然をつかんで…」 元動物園スタッフが今ベルギーにいる理由
「きっとこれからも想像していない未来へ」

出典: 奈々さん提供
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#12 若者のひとり旅
「きっとこれからも想像していない未来へ」
「目の前にある偶然をつかんで、つかんで、つかんできた未来が今です」。動物園で働きながら英語を学び始めたら、ある出会いがきっかけで海外へひとり旅。さらに留学も経験してパートナーと出会い…。直感にしたがいながら自分の世界を広げてきた20代の道のりについて聞きました。(朝日新聞withnews編集部・川村さくら)
奈々さん(28)は埼玉県北部の出身。子どものころから自宅に犬や金魚がいたこともあって、動物好き。中学生のときに見たテレビ番組の影響でサルも大好きに。
将来は飼育員の仕事がしたいと専門学校に通いましたが、動物たちのエサである牧草へのアレルギーが悪化。飼育員の道は断念しました。
それでも動物に近い仕事がしたくて、関東の動物園の契約社員になり、チケットの販売やお客さんの案内、園内アナウンスなどをこなしていました。
2017年、20歳で就職しましたが、驚いたのは海外からのお客さんの多さ。「英語力もコミュニケーション力もなかった」という奈々さんですが、対応のたびに先輩を頼るわけにもいきません。
そこで英語を学ぶ機会を調べると、言語交換のイベントがヒット。おそるおそる参加して英語を絞り出すと、ネイティブ話者たちが「英語上手じゃん!」とほめてくれました。
《言語交換とは…異なる言語を母語とする言語学習者同士がお互いの母語を教え合う語学学習の方法》
以来繰り返しイベントに参加し、海外出身の友人も増えました。2019年にはオーロラを見るために友人とカナダへ旅行。初めての海外旅行でした。
その半年後、動物園で「チケットを買うのに日本円が足りない」と焦っている海外の家族に出会いました。
小さな3人の子どもと両親の5人家族で、「パスポートを見せると割引があるから手持ちの金額で入場できますよ」と伝えると、とても喜んでくれました。
パスポートがカナダのものだったので、半年前に旅行で行ったことを伝えると、父親が「どの航空会社を使った?」と、やたら真剣に聞いてきます。
奈々さんが利用した航空会社を答えると、大喜び。「俺が働いている会社だよ!」。意気投合し、航空券のクーポンをくれました。
4カ月後にはそのクーポンを使ってカナダへ。人生初のひとり旅でした。
5人家族と再会を楽しんだほかは、もらったアドバイスを頼りに街を歩く4泊5日の旅。モントリオールと、フランス語話者が多いケベックシティを回りました。
初めての街並み、行き交う見知らぬ人々、耳から流れ込んでくるフランス語、きらびやかなクリスマス仕様の装飾…。
「情報が多すぎて頭がぱんぱんでした。でもバスや電車も『ここで合ってる?』と周囲の人に聞きながら問題なく乗ることができました」
それまで「旅行は人とするものだ」と思っていた奈々さん。この旅で初めて、ひとりで行動することの心地よさを知りました。
「私はチャンスを逃したくないタイプで、『今!』と思ったらすぐ行動したい。でも人と行くと相手の都合も考えるべきで、それだと自分の感覚を無視することにもなる」
「もちろん思い出を共有するためには人と行くのもすてきです。ただ、自分は何が好きなのか、何にひかれるのかを考えて自分に向き合う旅は心地がいい。1人だと周りの人にも声をかけてもらいやすいのもいいところです」
以来、国内では熱海、長野、三浦半島、海外では台湾、ドバイなどに1人で積極的に出かけました。
海外へのひとり旅や、外国の友人たちとの出会いを重ねる一方で、奈々さんはフランス語に興味を持ち続けていました。
きっかけは言語交換イベントに初参加したとき。相手の母語がフランス語だったことと、主催者の女性もフランス語学習者だったことです。
初のひとり旅をしたケベックシティでもフランス語に触れ、帰国後の通勤電車で目の前に座っていたのは「フランス語」と書かれたテキストを読み込む女性――。
「フランスに縁があるなあ。これはフランス語学ばなきゃな」と考えだし、テキストやアプリで独学を始めました。フランスへの留学にも興味を持ち始めていました。
「それが合わなくて体調を崩しました。適応障害や不安障害の診断がおりて、毎日泣いて、体力も落ちて、どん底みたいな半年を過ごしました」
やがて動物園の仕事に戻れることになり、アルバイトとして復帰。
元気が戻りだすと、思い出しました。「私フランスに行くんじゃなかったけ」「行かずには死ねない!」
「今の体調や経済力でわざわざ行かなくても……」と家族や友人は心配しましたが、職場の上司は「なんとかなるよ。行っておいで」と背中を押してくれました。
そうして短期留学を決意。フランスのどの街の語学学校に行くかを悩んでいると、そのうちの1つにカナダの父親の姉妹が住んでいることがわかり、「導かれてる!」と決断しました。
2022年に計2カ月半、フランスとベルギーに滞在しました。
鉄道のチケットを買ったのに、乗るはずだった車両がなかったり、民泊を利用した後、元々の水漏れの補償を請求されたり……。
そんなときも、持ちうるボキャブラリーを駆使して自分の力で交渉しました。
「ひとり旅はただ楽しくてやっていたんですが、結果的に自己成長につながったなと思います。肝が据わりました」と言います。
ベルギーではギリシア人のパートナーとの出会いもありました。
帰国後は遠距離恋愛を続け、2025年の夏は3カ月間ベルギーで一緒に過ごしたといいます。
言語交換のイベントに参加したあの日からきょうまで、重なる偶然に直感的にしたがってきた奈々さん。
最初は英語の勉強が目的だったのに、気づけばフランス語を学び、今ではギリシア語も勉強中です。
「ただただ導かれてここまで来たと思っています。きっとこれからも想像していない未来へ進んでいくんじゃないかな」
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