連載
#8 #となりの外国人
「実習生が逃げていく島」町民があえて監視を置かない「深い理由」
鹿児島市から飛行機で南に1時間ほどの沖永良部島は、花の島だ。年間平均は気温22度。距離も風土も、沖縄に近い。私は今秋、別の取材でこの島を訪れたとき、主要産業の花栽培農家から外国人実習生にまつわる思いがけない話を聞いた。「SIMカードを買ったらおしまい」。実習生が次々と失踪するのに、空港や港には監視を置かない理由。そこには全国の過疎地に共通する苦悩が、くっきりと映し出されていた。(朝日新聞記者・堀内京子)
青い空にハイビスカスの赤が映える沖永良部島。サトウキビ畑の中にある何軒かの花農家を、私がレンタカーで訪ねたのは、9月中旬の土曜日だった。お彼岸用の花の需要期を迎え、ベトナム人実習生たちが黙々と、黄色いソリダゴの花の出荷作業をしていた。
花と水があふれる昼下がりの作業場はのどかに見えた。だが花農家を営む女性は、ベトナム人実習生たちに目をやりながらつぶやいた。
「今も、よくない雰囲気あるでしょう」
彼女が恐れているのは、実習生たちの失踪だ。彼女は7年前のある出来事を振り返った。
その日、彼女は沖永良部島から鹿児島に向かう飛行機に乗っていた。自分のところで受け入れていた中国人実習生の女の子と一緒だった。実習期間がほぼ終わり、帰国の日が近づいていた。まじめに働いていたごほうびに楽しい思い出をと、東京ディズニーランドに連れていく途中だった。
その飛行機がエンジントラブルで、途中の喜界島に緊急着陸したのだ。
予定外の足止めで、乗客は全員、待合室に通された。そこで女性は、別の中国人実習生らしい女子に気がついた。
どこかで見かけたことがある気もするけれど、大きなマスクをかけていて顔がよく分からない。島で見かける実習生全員に、親のような気持ちでみていた彼女は、思わず、「どこの子?」と声をかけた。
「○○の伊集院さんのところの実習生」
「伊集院さん? 今、忙しいはずだけど」
「有休で、東京に友だちに会いに行くんです」
雑談しながら、買ってきたサンドイッチと飲み物を分けてあげた。その中国人実習生は顔をそむけながら、マスクを少しだけずらして食べた。
東京行きの飛行機に乗り換えた後、自分のところの実習生が機内でささやいた。
「お母さん、あの子、おかしい。トイレで『東京は820円、東京は820円』って言われたよ。『島に戻らないかもしれない』って」
実習生は、実習先の社長夫妻をお父さん、お母さんと呼ぶように指導されることが多い。マスクの実習生は彼女たちの少し後ろの席に座っていた。
ふたりで「逃げるのかなあ」と小声で言い合っている間に、飛行機は羽田に到着した。
荷物のターンテーブルで、マスクの実習生を一瞬見失った。急いで出口に向かったが、誰か迎えが来ていたのか、その姿は忽然と消えた。
「あの子、伊集院さんなんかじゃなくて、うちの隣の花農家の実習生だった!」と気がついたのは、その日の夜だった。
仕事が終わったあと、他の実習生たちと一緒に家の作業場に来て、大机を囲んでみんなで一緒にお茶を飲み、おしゃべりしたこともあった。マスクを取らなかったのは、顔がばれないようにするためだったのだろう。
当時の東京の最低賃金は821円。鹿児島県は642円だった。
沖永良部島の花栽培農家は、白いエラブユリや菊、黄色いソリダゴやトルコキキョウ、グラジオラスなどを首都圏や関西に出荷している。
かつて「農業ボランティア」などで、島外からも多くの働き手が集まった。繁忙期には島の高校生や高齢者をパートで雇うこともあった。
人が集まらなくなったのは10年ほど前からだ。
愛知や大分などの大規模産地で手広く研修生を受け入れていたのに習い、島でも外国人実習生を受け入れ始めた。今では人口1万2千人の島に百人以上の実習生がいるという。
失踪する実習生と同じ飛行機に乗り合わせた7年前は、まだ島全体の実習生は少なかった。
今は彼女にとって失踪は他人事ではない。
彼女の農家でこれまで受け入れた30人の実習生のうち、5人が失踪し、1人が逃亡未遂。隣の花農家では、約15年間で受け入れた約100人のうち10人以上が逃げたという。日本全国で25万人の実習生がいて、昨年1年で約6000人、今年は半年で4278人が逃げたという統計がある。この島ではそれが実感できる。
「いつも『誰がいつ逃げるかなー』って思っちゃう。もう人間不信」
彼女は少し笑った。
彼女は最近、実習生が失踪する予兆が分かるという。
「実習生がSIMカードを買ったら、おしまい」と言う。
実習生がベトナムから持ってきた携帯電話は、事務所のwifiが届く範囲にいれば使えるが、少し離れた畑では使えない。でもSIMカードがあれば、自由に携帯が使える。島中のどこでも、東京でも――失踪する際の移動の指示や待ち合わせの連絡手段としても、携帯電話は欠かせない。
それが分かっていたから今夏、「我慢強くて仕事の覚えが早い」と目をかけていたベトナム人の男子実習生がネットでSIMカードを買って、事務所に配送されたときには、内心穏やかでなかった。
数日後、その彼が「体調が悪いので仕事を休みたい」というので病院に連れて行こうとすると、薬を飲んだのでいいと断られた。彼は、自分から言い足した。「以前に逃げた実習生に誘われたけど、僕は逃げません」。
「でも、SIMカード買っていたよね」。彼女は思わず口にした。疑心暗鬼になっていた。
2日後、今度は「体にブツブツができたので休みたい」と言い出した。病院で診てもらったがそんなブツブツはない。念のため点滴を打ってもらい、寮で休ませていたはずが、気づくといなくなっていた。歩いて15分ほどの港から、沖縄行きの船に乗ったようだった。
「親身になって病院につれていった日に逃げられちゃって」と彼女はそういいつつ、さばさばした表情で「でも仕方がない」と続けた。
「島には何もないから。あの子たちは『日本』に憧れて来てるんだし。逃げた子たちがメールしてきたり、楽しそうにしている写真をSNSで見たりしたら、誰だって都会に行きたくなる」
私は、神戸支局勤務だった20年ほど前、偶然に沖永良部出身者の郷土会館の近くに住んでいたことから、沖永良部を始めとする奄美の移民の歴史を学び、いくつかの記事を書かせてもらった。
戦後も8年間は、米軍統治下でもあった奄美諸島からは、命がけの密航をしてまでも本土に来る人たちがいた。戦前、戦後を通じて沖永良部の人たちも仕事を求めて神戸や大阪など本土に渡った。
ビジネスや法曹界で成功する人もいれば、島言葉を馬鹿にされ、浅黒い肌の色で差別された人もいた。けれど、彼らが血のにじむような思いで働き、仕送りしてくれたお金で、家族が生活し、子どもを学校に行かせた歴史がある。
島で、本土に親戚のいない人は誰もいない。
そのせいなのか、話を聞かせてもらった何軒かの島の花農家はみな、実習生が失踪することを悪しざまに言わない。空港や港に監視を置いたりはしない。逃げる実習生より、制度の抜け穴が恨めしいという声が多い。
「今の実習制度では移動の自由がないから、ここにいてくれる。もし日本のどこでも働いていいんなら、島なんかに来てくれない」
別の農家の男性は話す。そしてこう続ける。
「だからこそ、新しい制度では逃亡をもっと厳しい罰則にしてほしい。実習生も、逃げ通せば、稼げるんだよね? それでまた、逃げた実習生を働かせて、もうけている人がいるんでしょ。これじゃ、永良部は日本への入り口ってことで利用されてるだけだ」
この農家の男性は、1人の実習生を入れるために、渡航費や初期研修費など数十万を払っている。3年間、働いてもらう予定で作業計画をたてているのに、失踪されるとその「投資」は無駄になる上、一定期間、次の研修生を入れることができない。
私は、実習生問題を取材してきた中で、「実習生には職場を変わる自由は当然にあるべきだ」と思っていた。それだけに「移動の自由」という権利を制限してほしいと望まざるをえない農家に何人か会ううち、その言い分に衝撃を受けつつ、考え込んでしまった。
農業がやりたくて島に来て、地元の農家男性と結婚した大阪出身の20代の女性は言う。
「逃げる気持ちは分かる。日本の子だって無理なんだから。もし都会より高い時給だったとしても、休日の遊び方も全然違う。島だと車がないとどこにも行けなくて、携帯いじるぐらいしかすることがない。よほど島が好きじゃないと、日本語を勉強する意欲も湧かないと思う」
別の農家の男性は 「そりゃあの子たちも、お金のいいところに行きたいだろう」と、外国から来た若者たちへの同情を示しつつ、「時給を上げれば人が来るかって? 時給千円にしたら経営が成り立たないし、そんな仕事があれば自分が雇われたい」と言った。
東日本大震災後は赤字が続き、昨年久しぶりに黒字になった。でも花の需要は景気に左右され、外国産地との競争もある。
「ここは離島だ。ガソリンは高いし、どこに行くにも飛行機代がかかる。病院は遠い、学校も少ない。本州と、島の生産性は違う。高い給料を払えないのは我々経営者の問題かもしれないけど、格差が是正されないままでどうしたらいいのか」
実習生の失踪は、必ずしも酷い低賃金や待遇が原因とは限らない。この制度の問題の根深さの一つだ。
実習生に逃げられたある花農家の待遇は、日中は最低賃金、残業代は最低賃金の1.25倍、休日出勤は最低賃金の1.35倍を支払っていた。住まいは風呂トイレ共用の4畳半の個室で、有給休暇もあった。
奴隷でない以上、選ぶ権利や移動の自由は確保されていく。現場では、国際貢献や技術移転は建前だとみんな知っている。
国が地域格差の解消や新たな産業創出に取り組まず、安直に外国人労働者を入れれば、地域間格差は一層広がる。政府は「外国人労働者を入れれば『人手不足』が解消され問題解決」という幻想を、ふりまいていないだろうか。
沖永良部の人たちは、「外国人材の受け入れ」という熱狂とはほど遠い、あきらめの中にいるように見えた。
※ 【訂正】鹿児島県の最低賃金を735円と記載していましたが642円の誤りでした。記事を訂正いたします。
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【#となりの外国人】
この記事はwithnewsとYahoo!ニュースによる連携企画記事です。日本で働き、学ぶ「外国人」は増えています。近くで暮らしているのに、よくわからない。withnewsでは「外国人」の暮らしぶりや本音に迫る企画を始めました。ツイッター(@withnewsjp)などでも発信します。みなさんの「#となりの外国人」のことも聞かせてください。
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