事故から9年半「イチエフ」の今 屋外の大半、簡易マスクでOKだが
原発事故発生直後の福島第一原発1~4号機(左から)。水素爆発を起こした1、3、4号機は建屋の天井や屋根が吹き飛び、鉄骨があわわになっていた=2011年3月15日、東京電力提供
福島第一では現在、敷地内のほとんどのエリアで防護服や全面マスクをつけずに歩くことができる=2020年10月5日、福島県大熊町、小玉重隆撮影
高台から見た1号機。放射性物質の飛散対策が進んだため、建屋から約100メートルの高台も防護服や全面マスクを着けずに来ることができるが、長居したいとは思わなかった=2020年10月5日、小玉重隆撮影
高台から見た2号機。1号機の爆発の衝撃で建屋上部のパネルが開き、水素が漏れたため爆発を免れたと言われている=2020年10月5日、福島県大熊町、小玉重隆撮影
高台から見た3号機。水素爆発で天井や壁は吹き飛んだが、いまはドーム状のカバーが取り付けられている=2020年10月5日、福島県大熊町、小玉重隆撮影
5号機の格納容器の「入り口」。この手前で防護服や全面マスク、ゴム手袋などを着用した=2020年10月5日、福島県双葉町、小玉重隆撮影
5号機の格納容器の壁にある円形の穴。ここからアーム式のロボットを挿入し、デブリを取り出すという=2020年10月5日、福島県双葉町、小玉重隆撮影
5号機の圧力容器の下部。制御棒を動かす装置が並んでいた。1~3号機では、圧力容器内の核燃料が溶け落ち、冷えて固まったデブリが圧力容器や格納容器の底にたまっている=2020年10月5日、小玉重隆撮影
5号機の格納容器の底から圧力容器のあるほうを見上げた。1~3号機は、このあたりに核燃料が溶け落ちて固まったデブリがたまっている=2020年10月5日、福島県双葉町、小玉重隆撮影