清王朝、愛新覚羅一族ゆかりの写真
溥傑夫妻の結婚1周年と慧生ちゃん誕生を祝う記念写真=1938年4月2日撮影 出典:朝日新聞
誕生日を迎え、皇妃や妹たちと記念撮影するラストエンペラー愛新覚羅溥儀(右端) 出典:朝日新聞
「満州建国十周年」を祝して昭和天皇から派遣された高松宮宣仁親王(前列右)が新京駅に到着、出迎えの満州国皇帝・愛新覚羅溥儀と並んでホームを進む=1942年5月28日 出典:朝日新聞
清王朝の滅亡から5年後、訪日した粛親王家の兄たちに囲まれた9歳の頃の川島芳子=1917年2月12日、東京駅 出典:朝日新聞
正装した皇弟愛新覚羅溥傑氏の浩夫人 出典:朝日新聞
満州国皇弟の愛新覚羅溥傑氏に嫁ぐ侯爵嵯峨実勝の長女嵯峨浩氏 出典:朝日新聞
愛新覚羅溥傑氏と浩夫人の婚礼記念撮影。前列中央に溥傑氏と浩夫人。両脇は媒酌人の本庄繁陸軍大将夫妻。本庄大将の左は佐藤尚武外相=1937年4月6日 出典:朝日新聞
乳母車に乗った満6カ月の慧生ちゃんをライカカメラに収める愛新覚羅溥傑氏。中央は浩夫人=1938年8月ごろ撮影、満州新京・溥傑公館 出典:朝日新聞
愛新覚羅溥傑氏と嵯峨浩氏の結婚式=1937年4月3日撮影 東京・九段の軍人会館 出典:朝日新聞
後に宣統帝と呼ばれた、清朝最後の皇帝愛新覚羅溥儀=1932年撮影 出典:朝日新聞
菱刈隆・駐満州国日本大使主催の午餐会に出席し、記念写真撮影に臨んだ昭和天皇の名代・秩父宮親王(椅子の右側)と満州国皇帝康徳帝。椅子の右に立つのは菱刈隆全権大使、左は林権助主席随員=1934年6月8日、 出典:朝日新聞
高松宮宣仁親王が旧満州国へ 溥儀と握手=1942年5月28日、中国・旧満州国の新京駅(現・長春) 出典:朝日新聞
夫の愛新覚羅溥傑氏のもとに帰る浩夫人(右)と左へ同行の妹町田幹子、娘の嫮生=1961年5月撮影、東京都大田区の羽田空港 出典:朝日新聞
応接室の浩夫人。落ち着いた話しぶりだ。左はお手伝いさん=1963年11月8日、北京 出典:朝日新聞
書斎の愛新覚羅溥傑氏と浩夫人=北京、1963年11月8日 出典:朝日新聞
吉田さんから父粛親王の肖像画を贈られなつかしそうにながめる愛新覚羅氏(手前うしろ向きの人)=1962年9月、大阪市住吉区東加賀谷町の吉田さん宅 出典:朝日新聞
映画で清朝最後の皇帝溥儀を演じるジョン・ローンさんと溥儀の実弟の愛新覚羅溥傑氏(右)=1986年9月ごろ撮影 出典:朝日新聞
自宅でくつろぐ右から嫮生(こせい)さん、宮下さん、愛新覚羅溥傑氏、嵯峨尚子さん。後ろは浩夫人=1964年3月ごろ撮影、中国・北京の溥傑宅 出典:朝日新聞
博物館を訪れた福永嫮生さん。父・溥傑について「まじめだったがユーモアもあり、お酒が入ると冗談をいう人だった」と振り返った=2015年5月18日、兵庫県西宮市の関西学院大学 出典:朝日新聞
愛新覚羅一族の書画作品展を鑑賞する天皇、皇后両陛下。左は書家の高橋静豪・桜美林大名誉教授=東京都千代田区、2018年4月14日、代表撮影 出典:朝日新聞
愛新覚羅夫妻が新婚時代を過ごした旧居は、「千葉市ゆかりの家・いなげ」として保存、無料公開されている。居間には溥傑氏の書が展示されている=千葉市稲毛、外山俊樹撮影、2019年8月22日 出典:朝日新聞
【天皇、皇后両陛下が中国訪問】旧満州国皇帝の弟である愛新覚羅・溥傑氏=1992年10月20日、北京 出典:朝日新聞
【天皇、皇后両陛下が中国訪問】旧満州国皇帝の弟である愛新覚羅・溥傑氏=1992年10月20日、北京 出典:朝日新聞