実際に「あだ名」が書かれた手紙の数々! 生々しいその内容、面白い
「鼻高先生」(春嶽)が「弄鏃(ろうぞく)長面公閣下」(伊達宗城)に書いた手紙 出典:福井県立図書館提供
「剛」(徳川慶喜)から「鼻公」(松平春嶽)に宛てて書いた手紙 出典:福井県立図書館提供
「芋」(島津久光)から「調笛」(松平春嶽)への手紙 出典:福井県立図書館提供
慶喜から春嶽への手紙。宛名には「鼻」の字が2通で登場する 出典:福井市立郷土歴史博物館所蔵
松平春嶽のあだ名は「鼻」「鋭鼻」「鼻高」「鼻公」「英明暢迪大老公」「調笛」「長笛」など 出典:福井市立郷土歴史博物館所蔵
伊達宗城のあだ名は「弄鏃(ろうぞく)長面公」、伊予守から「いよ」など 出典:福井市立郷土歴史博物館所蔵
徳川慶喜のあだ名は「剛」「天下剛情公」など 出典:福井市立郷土歴史博物館所蔵
島津久光のあだ名は「芋」「大芋老公」など 出典:福井市立郷土歴史博物館所蔵
りりしい表情の織田信福。20歳ごろの撮影とみられるという=ひ孫の英正さん提供 出典:朝日新聞
刀を差した状態の織田信福。ひ孫の英正さんは「侍を気取ったのかも」=英正さん提供 出典:朝日新聞