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本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)
広告特集 企画・制作
朝日新聞社メディア事業本部
スマートフォンがあれば、ろう者が画面越しの手話通訳者を通して目の前の人とも会話ができる遠隔手話サービス。一部の企業や自治体での導入が進み、2025年に日本で初めて開催される、世界の聴覚障害者アスリートが集うスポーツの祭典「東京2025デフリンピック」でも活用される予定です。このサービスの普及に取り組む鬼木笑さんと、ろう当事者の森本有加さんは、「遠隔手話サービスは新しい一つの選択肢になる」と話します。ろう者の暮らしや手話通訳の仕事にどんな可能性が生まれるのか、聞きました。
鬼木笑(おにき・えみ)さん
1983年、東京都生まれ。民間企業の秘書からアナウンサーに転身。NHK新潟放送局 キャスター・リポーターを経て、2018年4月からフリーアナウンサー、2023年にプラスヴォイスに入社。新潟市に在住しリモート勤務も併用し、「手話リンガルアナウンサー」としても活動する。
森本有加(もりもと・ゆか)さん
1988年、埼玉県生まれ。先天性感音性難聴で2歳からろう学校に通い、高等部までろう学校で学ぶ。ろう学校教員を経て、2022年にプラスヴォイスに入社。個人向け遠隔手話サービス「えんかく+(プラス)」の設立に携わり、広報活動も担当している。夫はハンマー投げのデフリンピアン(ろう者のアスリート)の森本真敏さん。
遠隔手話サービスは、スマホやタブレットなどを使って、ろう者と聴者の双方のやり取りを画面越しの手話通訳者が同時通訳するシステムです。通訳者が同席せずとも、目の前の人や電話先の相手らとタイムラグなく話せることが特徴で、銀行などの企業や自治体が窓口業務などに導入するケースが増えています。
このサービスを提供する企業のひとつが、ICTを用いた意思疎通の支援事業を展開するプラスヴォイスです。鬼木笑さんと森本有加さんは、同社のコンサルティング事業部に所属し、サービスの普及に取り組んでいます。
鬼木さんの前職はアナウンサー。「耳の聞こえない人の取材をきちんとできるようになりたい」と思ったのが、手話を学ぶきっかけだったと振り返ります。2022年に手話通訳者全国統一試験に合格し、在住する新潟県の登録手話通訳者になりました。同時に、「手話リンガルアナウンサー」としても活動していた鬼木さんは、プラスヴォイス社長の三浦宏之さんとの出会いを機に同社に入社。遠隔手話サービスの可能性を感じるようになったといいます。
鬼木さんは、中でも特に災害時の利用に可能性を感じているといいます。災害により情報の入手がさらに困難になるろう難聴者にとって、手話通訳者が現地に駆けつけられなくても、安全にコミュニケーションを取ることができるからです。
しかし、2024年元日に起きた能登半島地震では、その効果が十分発揮されない場面があったと鬼木さんは指摘します。遠隔手話サービスは、ろう難聴者と聴者の対話をつなぐことが目的ですが、被災地の高齢者の中には、遠隔手話通訳の利用はもちろん、スマホ自体になじみのない人もおり、画面の中にいる通訳者を自分の会話相手だと思ってしまうケースもあったといいます。
「遠隔手話サービスを一つの選択肢として日常から使い慣れていることが、災害時の安心、安全、命を守ることにつながります。自分の命と情報保障のためにも、被災地のろう難聴者のニーズを含めて考えていく必要があると思います」
森本さんも災害時の遠隔手話サービスに重要性を感じています。例えば台風や地震などの災害が起きた際に流れる地域の防災無線は、ろう難聴者には届きません。森本さん自身、そのような放送があることを入社後に知ったといいます。「ろう難聴者だけではなく、聴者にも遠隔手話サービスの存在を知ってもらえれば両者のコミュニケーションのハードルは下がりますし、避難所でのろう難聴者の孤立を防ぐ可能性も高まるはずです」
遠隔手話サービスは、ろう難聴者の働き方を広げる可能性もあります。森本さんは昨年1人で出張に行った時のことをこう振り返ります。「メールで、私がろう者であること、遠隔手話サービスを使用するので会話に問題ない旨を伝えた際、先方はあまりご理解をされていない様子でした。『本当に大丈夫だろうか……』といった心情が伝わってきました」
しかし、遠隔手話サービスを使った出張先での商談は、互いにスムーズにコミュニケーションが取れ、先方からも「すごいですね!」と好意的な反応をもらったそうです。「今後、遠隔手話サービスが当たり前になれば、聴者の戸惑いも少なくなり、ろう難聴者の働き方も広がる可能性があります。対面と遠隔、どちらの通訳がよいというのではなく、それぞれのメリットを生かし、広い選択肢を持てることが大事だと思います」
ろう者と手話通訳の関係について、森本さんはこんなエピソードを紹介してくれました。ろう学校の教員として働いていたとき、教員の大多数は聴者であり、通訳をしてもらう度にお礼を伝えたり、自分のために時間を費やしてくれることに対して申し訳ない気持ちを抱いたりすることが多かったと振り返ります。
転機になったのは、「気を遣ってゆっくり話さなくてもいい。 自分のペースの手話で話してもらって構わないよ」というプラスヴォイスで働く手話通訳者から言われた一言でした。
「その言葉を聞いた時、自分はこれまで相手が読み取りやすいよう、無意識に手話のスピードを調整していたことに気づきました」と森本さん。相手がプロの通訳であれば、余計な気遣いは無用。手話という「言語」の使い手同士、対等な関係でコミュニケーションが成立する手応えを感じたそうです。
また近年、通訳をAIが担う研究が進められていますが、「ろう者と聴者の互いの文化の違いや個人の背景などを踏まえて行う手話通訳は、ろう者の文化や歴史を学び、通訳者自身も同じような葛藤や経験をしたことのある通訳者でないと難しい面もあると想像します」と森本さんは話します。さまざまな職業が今後AIにとって変わるという見方もありますが、「手話通訳はろう者から長く求められるのではないでしょうか」と指摘します。
現在、鬼木さんと森本さんが取り組んでいるのが2025年11月に東京で開催されるデフリンピックにかかわるプロジェクトです。旅行会社のJTBと共に、世界各国からやってくる選手たちの送迎や試合会場への移動の際に、遠隔手話サービスを提供できるよう準備を進めています。
遠隔手話通訳が普及していない国への対応策、国際手話ができる人員の確保などの課題はありますが、「初めて来日する選手やスタッフの皆さんに、遠隔手話通訳を体験してもらえることを楽しみにしています」と森本さん。
また、ふたりが立ち上げに携わったサービスの一つに「えんかく+(プラス)」があります。病院の診察や役場での手続きなど公的な利用以外で、ちょっとした日常会話や私用など気軽に使えるのが特徴です。
森本さん自身は引っ越しした時、「えんかく+」を使って、近所へあいさつ回りに行ったそうです。「引っ越してきたばかりですがよろしくお願いします」といった簡単なやり取りをスマホでしていると、画面からの話し声を聞いた他の近所の人たちが興味を持ち、徐々に集まってきたそうです。
「これまでは筆談が主流だったので、周りからは何を話しているか分からず、どうしても1対1でのコミュニケーションになりがちです。『えんかく+』の利用により声を聞いた人が近寄ってきて、自然に話の輪が広がるというのは、ろう者にはなかなかできない経験だと思います。」
こうした井戸端会議のようなコミュニケーションも含めて大切だと考える森本さんは、多くの人と関わる中で「聞こえる人の中にも伝えることが苦手な人は意外といることに気づいた」ともいいます。「手話を覚えたことで自分の気持ちをスムーズに伝えられてうれしい、と話す人にも出会いました。伝えるという手段は多岐にわたりますが、まずは自分の『伝えたい』という気持ちを大事にして欲しいと思います。その表現方法の一つとして、手話を学ぶ人が増えるといいですね」
遠隔手話サービスの普及は、手話通訳者という仕事や働き方を広げる可能性もあります。オンラインでの業務は、地方在住でも移動や勤務時間に制限があってもフレキシブルな対応ができるメリットがあると、鬼木さんは言います。
「わたし自身、手話に触れたことで世界が広がりました。その一方で、自分の未熟さも同時に知りました。自己の成長のためにも、意思疎通支援の世界に一歩踏み込んでみてはどうでしょうか」と鬼木さん。「スマホの中に手話通訳がいて、いつでも呼ぶことができる――こうした認識が世の中に広まれば、ろう難聴者とも分け隔てなく暮らしていける感覚が、より強まるのではないでしょうか」
【本インタビューの手話通訳は伊藤奈央さん(対面)、二瓶七穂さん(遠隔)が担当しました】
本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)