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本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)
広告特集 企画・制作
朝日新聞社メディア事業本部
東京大学先端科学技術研究センターで、意思疎通支援の仕事に携わる春野ももこさんと佐藤晴香さん。春野さんは指点字通訳者として40年近いキャリアを持ち、佐藤さんは手話通訳者として幅広く活動しています。研究支援や学術通訳という専門性の高い仕事に就いた経緯や、「通訳」という仕事に対する思いなどを伺いました。
春野ももこ(はるの・ももこ)さん
1958年生まれ、東京都出身。指点字通訳者。学際バリアフリー分野を研究する盲ろう者の福島智東京大学先端科学技術研究センター特任教授の通訳として、同センターに派遣社員として勤務。福島さんが大学院に進学した1987年から、通訳支援をはじめる。弱視の障害がある。
佐藤晴香(さとう・はるか)さん
1997年生まれ、千葉県出身。手話通訳士。2021年、東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野の熊谷晋一郎研究室に、学術専門職員として入職。手話やろう文化を考えるプロジェクト「めとてラボ」や、デフ水泳の手話通訳スタッフとしても活動する。
東京・駒場にある東京大学先端科学技術研究センター(以下、「東大先端研」)は、理工学系の最新技術からバリアフリーといった社会システム分野まで、幅広い研究活動で知られています。その特色の一つは、研究者や研究分野が多岐にわたること。目と耳の両方に障害がある全盲ろう者の福島智特任教授も所属しています。
福島さんがリアルタイムで情報を取得する手段のひとつが、自分の指を「点字タイプライター」の六つのキーに見立て打ってもらう「指点字」です。春野ももこさんは、福島さん専属の指点字通訳者の一人で、キャリアは約40年の大ベテランです。現在は週2〜3回ほど出勤し、他の通訳者と分担して研究会や会議などで通訳を務めるほか、テレビ番組やインターネット上のコンテンツなどの内容を文字に起こすなど、福島さんの情報収集を支援しています。
春野さんが指点字通訳者になったのは、大学生だった福島さんとの出会いがきっかけでした。所属していた視覚障害の学生団体に、後輩として参加してきた福島さんとコミュニケーションを取るために指点字を学び、その後、本格的に福島さんの通訳を担当するようになりました。
「盲学校で点字は習得していて、点字タイプライターもなじみがありました。相手の手に触れて伝える指点字は初めてでしたが、意外とスムーズに会話できたのは覚えています」
盲ろう者で大学進学したのは福島さんが初めてで、本人自身と周囲の支援者が、文字通り手探りで勉強や生活をサポートする体制を築いていきました。春野さんも大学や行政側と交渉する場などに通訳として同行する中で、盲ろう者が置かれている厳しい現実を知り、意思疎通や情報を保障する重要性を実感したと、振り返ります。
福島さんが地方の大学に勤務していた4年間は通訳から外れましたが、2001年に東大先端研に助教授(当時)として着任して以降、専属通訳を続けています。「福島先生が大学院時代までは、通訳といってもどこか学生気分のところがありましたが、大学教員となればそうはいきません」
研究内容の専門性はもちろん、学生を指導し、大学を管理・運営する教員として大きな責任も伴います。「福島先生がご自分で考えて話を進めるために、あらゆる情報を正確に伝えなければなりません。大学は毎年新しい先生が赴任し、新しい研究分野にも対応する必要があるので、慣れるということがありません。それでも日々、『今日はどんな現場になるのかな』とワクワクする気持ちもあります」
手話通訳士の佐藤晴香さんは、障害当事者らが自身の困りごとを起点に研究する「当事者研究」を専門とする熊谷晋一郎教授の研究室(以下、「熊谷研」)で、学術専門職員として勤務しています。聴覚障害がある研究室メンバーの情報収集や研究のため手話通訳を担当するほか、研究会や各種会議での手話通訳や文字通訳を手配するコーディネート業務が主な仕事になります。
佐藤さんと手話の出会いは、大学の手話サークルが始まりでした。「高校までは部活動の水泳と勉強しかしてこなかったので、何か新しいことに挑戦してみたかったんです」。そこでもっとも大きな影響を受けたのは、ろう者の友人ができたことでした。「知れば知るほどカルチャーショックの連続。たとえば、聞こえない人は目から得る情報量が自分より圧倒的に多い。身体感覚の違いによって生まれる認識の差がとても興味深く感じました」
大学で受けた日本手話の授業で、日本語とは文法も違う別の言語だと知り、さらに興味が募ったそうです。「私の場合、福祉やボランティアの観点ではなく、音声以外でしゃべる人たちや、ろう文化に対する関心から、手話の世界に入りました」
佐藤さんは手話講習会などには参加せず、ネットで検索して、ろう者の集まりを見つけたり、友人のつてなどで交流の場に参加したりして、直接コミュニケーションを重ねていったそうです。「聞こえない人に通訳してあげる、助けてあげるといった感覚が苦手で、当時は手話通訳という仕事にも関心がありませんでした」と苦笑いします。
それでも手話が上達するにつれ、知人に頼まれイベントなどでの通訳業務にあたることが増え、2021年のパラリンピック東京大会では、開閉会式に出演するパフォーマーの手話通訳を担当しました。「これからどうしていくか、あらためて手話通訳者という仕事を考えるきっかけになった」と振り返ります。その後、東大先端研で手話通訳者を募集していることを知人経由で知り、応募したといいます。その2カ月後に、手話通訳士の合格通知を受け取りました。「熊谷研に入り、より手話通訳という仕事が好きになりました。その場に参加する人たちと通訳者が、ともにフェアな関係や環境を作っていける体制があり、実践できるのが素晴らしいと感じます」
学術通訳の難しさについて、春野さんは、点字や指点字の特性で難解な専門用語を伝える限界について指摘します。
「漢字を使えず五十音でしか表現できない指点字では、専門性が高く、しかもハイスピードな先生方の会話にはなかなかついていけません。そのため、最低限どの言葉を打てば意味が通じるかを常に考える必要があります。専門用語が出てきても指がスムーズに動くように、事前に資料などを読み込むなど準備も不可欠です。それでもわからないことは多く、今ももがいていますね」
佐藤さんも「大学は、まだ知られていないことや、誰も考えていないことを思考する場なので、通訳者が調べるにも限界があります。そもそも研究者と同じ思考レベルに達することはできないというジレンマもあり、どうやって学術分野の手話通訳技術を上げていくかは共通の課題だと思います」と話します。
一方、音声認識による文字起こしや、音声と点字で情報を出入力できる点字ディスプレイなど、ICTの進化によって新たなサポートも生まれています。通訳の役割も変わってくるのでしょうか?
「スマホのような感覚で使える点字端末の登場は、盲ろう者の生活に画期的な変化をもたらしています。でも、たとえば講演会で話題や口調によって会場の雰囲気が変わるようなニュアンスを伝えるには、人による通訳のほうが向いていると思います」と春野さん。
佐藤さんも「文字通訳があれば手話通訳はいらないと思っている聴者は多いですが、ずっと文字だけ見続けるのはしんどいですし、あくまで文字通訳は音声日本語を文字としての日本語で保障するものであり、手話通訳とは大きく異なるものです。視覚言語である手話でも情報が取得できるという選択肢があること、当事者が自分のニーズやその時の体調に応じて、その場で選べることが大事だと思います」と話し、二人とも、ICTと人の役割を理解し、使い分けていく必要性を指摘しました。
熊谷研に入職して約2年、佐藤さんは手話通訳の奥深さを実感していると語ります。
「手話通訳はろう者のためだけにあるのではなく、聴者にも必要なものです。手話通訳者は、現場に単発で入ることも一般的にはまだ多いですが、定期開催の会議や宿泊を伴う現場など、手話通訳者やコーディネーターが継続してかかわることも多々あります。すると、よりよい情報保障のための提案や、それぞれのちょっとした本音が、手話通訳者や参加者からぽろっと出てくることもあります。コーディネーターとしても、手話通訳者としても、通訳を介したフェアな場づくりのために、その場にかかわる全員で協力し合えるような関係性が生まれているとき、やりがいを感じます」と話します。「聞こえない人と聞こえる人の世界の捉え方の違いや文化的な背景の違いをつなぐ役割を、手話通訳者として目指していきたいです」
意思疎通という仕事に関心を向けてほしいと、佐藤さんはこんなメッセージを贈ります。
「同じ場所にいて、同じものを見ていても、それぞれの捉え方がこんなに違う!ということをおもしろがれる人が増えるといいなと思うんです。違いを楽しむことは、他の人と一緒じゃないといけないと考えたり、自分と誰かを比べたりしていると、なかなか難しいですよね。まず、相手のどこが自分と同じで違うのかを知りたいという好奇心を大事に育んでいってほしいな、と思います。手話通訳は今ではボランティアではなく専門職なのだと、より多くの方々にご認識いただけるようになれば、手話通訳者を目指す方も増えるのでは」
盲ろう者支援の現状について、春野さんは「まだ盲ろう者の通訳・介助員は少ないです。体制がもっと充実し、孤立しがちな盲ろうの人たちが社会とつながれるようになってほしい」と話します。また、福島さんのように障害者であり研究者という存在がもっと増えてほしいとも願っています。「合理的配慮として必要な通訳や介助を得ながら、独自のメッセージを社会へ向けて発信していく。それが制度や社会の意識を変える大きな原動力になるはずです」
全国に視覚と聴覚両方の障害者手帳を持つ人は約1万4千人いるとされますが、支え手を増やすためにもまず、手話を手で触って読み取る触手話や、指に点字を打つ指点字で会話をする人たちがいることを広く知ってほしいと、春野さんは訴えます。
「盲ろうの人たちとの会話が特別なのは、相手との “触れ合い”が生じることです。指点字や触手話はもちろん、お互いの身体に触れ合うことで気持ちを伝えたり確認したりする人たちがいます。それは声や目では体験できない感覚です。全国各地には『盲ろう者友の会』があり、盲ろう当事者の方と交流できる場もあります。触れ合うことで成り立つコミュニケーションの面白さをぜひ体験してほしいと思います」
本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)